📉26】─1─負の連鎖。コロナ禍が生む教育格差で国力が低下していく。〜No.53No.54 

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 2020年9月22日 産経iRONNA「「国力低下」 今そこにあるコロナ危機
経済協力開発機構OECD)の今年の成長率予測で、上方修正の欧米や中国とは裏腹に、低く据え置かれた日本。コロナ禍が続く中で懸念されるのが、教育現場の混乱や就職活動への悪影響が深刻化し、国力低下という将来の大きなダメージとなって跳ね返ることだ。第5回は、日本の「地盤沈下」の危機に関して考える。
 日本の将来を左右する、コロナ禍が生む教育格差という「負の連鎖」
 『iRONNA編集部』
 杉山崇(神奈川大人間科学部教授)
 麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)
 司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者)
 第2波の真っ只中にあるのではないか、という言葉が専門家の口から語られる中、日本の国内総生産(GDP)が新型コロナ禍の影響もあって戦後最悪の落ち込みを記録した。果たしてこれが底なのか、まだ下がるのかは誰にも分からない。
 新型コロナ禍によってさまざまな市民生活が制限されたが、その影響が数字として明確になってきたといえる。しかし、教育についてはもう少し長い目でどんな影響を生徒たちにもたらしたかを見守る必要がありそうだ。
 そして、心配になるのは日本の国力への影響だ。世界でどの先進国も新型コロナの影響であえいでいるが、まずは自国の現状を確認したい。
 梅田 杉山先生は新型コロナ禍で日本の国力が低下することを懸念しておられるそうですが、具体的にどのようなことを心配されているのでしょうか?
 杉山 一斉休校とその余波による、生徒の学力低下が心配ですね。特に公立校は、緊急事態宣言の前後から授業をしなかった。私立校の先生方は結構頑張ってオンライン授業をしていたようですが、公立でできたところは少なかったようですね。
 文部科学省は学習の遅れを正式に認めていて、政府も危機感を持っているのは間違いないですね。
 梅田 夏休みは期間短縮され、お盆明けに1学期の続きがあったり、2学期が始まりました。これで遅れた分を取り返せるのでしょうか?
 杉山 問題は学校だけの話ではないんです。家庭でする学習の習慣が崩れてしまったことが大きいですね。教育熱心な親は、家庭での学習習慣を崩さないよう頑張っていたと思うんですけど、それでも学習習慣が崩れる子はいます。そうなると、崩れた子供と崩れなかった子供との格差が広がることが考えられます。
 麻生 私は教育格差の連鎖がさらに深刻化するのではと懸念しています。もともと世帯年収や親自身の受けた教育水準が、子供の教育格差に連動する傾向があります。経済的に豊かな家庭で高い水準の教育を受けて育った子供が、社会に出て高収入を得られるようになる。そして親になったとき、わが子にも高水準の教育を受けさせることができますからね。
 全国一斉休校の要請があったのが年度末でしたから、その時点で授業をどこまで終えられていたかで差が生じます。また休校中や夏休みの課題にも地域や学校、学級で致し方ない差がある中、オンライン授業の有無や、親が子供の勉強を見たり教えたりする素養があるかどうかも、子供の家庭学習を左右しています。
 そもそも家庭学習に向く子と向かない子がいますし、発達特性のある子供たちを含め、どういう形であれば学習しやすいかに個人差があるのも事実です。
 基礎学力でいうと、公立校の小中生は大変ですね。ましてや小学校では2017年3月に改訂された学習指導要領が、ちょうど20年度から全面実施となるタイミングでしたから。移行措置として、直前2年間で先行実施する必要性がありますが、休校となった時点で、それを終えていた学校と終えられていなかった学校とがありました。
 梅田 新しい学習指導要領は大規模なものだったんですか?
 麻生 大きなところでいうと、小学校での外国語(英語)教科化ですよね。それに伴って、従来は中学1年生で履修していた内容を小学校高学年で学ぶといったように前倒しで難易度が高くなっていますし、授業時間数も増えています。
 そのほか新しい学習指導要領は、中学校では18年度から3年間の先行実施を経て、21年度に全面実施されます。高校でも19年度から3年間の先行実施が行われ、22年度からの全面実施となります。
 文科省は「生きる力」を掲げていて、今回は「主体的・対話的で深い学び」というアクティブラーニングを重視しています。知識と技能を身につけさせ、思考力、判断力、表現力を高めよ、ということです。学力向上はもちろん、実社会やグローバル社会で求められる力を育もうという方向性ですね。日本の国際競争力を高めることを目指してもいるのでしょう。
 社会で受け身型の指示待ち人間が問題視されましたが、学校教育の中でコミュニケーションを通じて、主体的な動きのできる人間に育ってほしい狙いがあるのではと考えています。ただ、今の学校教員も保護者自身もそうした教育を受けて育っていません。自分が経験していないことを教えるというのは、想像以上に難しいことだと感じます。
 学校が再開されてから、各学校とも前年度の未履修分を含めた休校期間中の巻き返しを図っていますが、教員から「子供たちの十分な理解度を図りながら進めていくことが困難だ」「つめこみ教育といわれても仕方ないが、そうするしかない」など悲痛な声を聞いています。それも、学校内の感染症対策や、新型コロナをきっかけにしたいじめや差別に配慮しながら進めているわけですからね。
 さらに、休校中から聞かれたのは「実技を伴う理科・社会、生活科はどうしようもない」というものです。
 学校再開後の弊害に関して具体例を挙げると、地域にもよりますが、社会科見学はほぼ中止となっていますし、理科の自然観察は本来4月に行うはずの授業が6〜7月にずれ込みました。しかし季節が変わっているので、予定通りの授業を行うことは現実的にできません。教員も映像や写真などの視覚教材を用いてフォローしてはいますが、やはり子供たちには理解が難しいようで、例年よりテストの点数が明らかに低かったそうです。
 梅田 よりによってこんな年に、ですね。結果論ですが。
 麻生 塾などでフォローできない家庭は、教育格差を突きつけられます。また、タイミングとして学年末や夏休み前後は転出入をする家庭も多いですよね。教科書も変わる、環境も変わる、前の学校でどこまで授業が進んでいたかなど、何重もの壁があるわけです。
 杉山 私はどちらかといえば、「学校教育だけで、そこまで人生の格差は生じないだろう派」なんです。キャリアコンサルタントとしての立場から見ると、大学のブランド力は社会人としてのスタートダッシュ時に役立ちます。ですが、ブランド力のある有名大出身なのに、スタートダッシュしないまま成果を上げずに終わってしまう人も結構いるんです。
 成果という点では、最後は学歴の格差ではなく、個人の才覚、仕事の才覚になると思うんですよ。だから偏差値中位の大学で教える面白さを感じています。「受験のランキングは仕事で逆転しよう」というところですかね。実際、私の所属する大学の卒業生たちは、社長や役員の数では全国で20位前後に入っていたりします。大学の規模とか偏差値を考えると、かなり頑張っている方ではないでしょうか。そこが面白いかな。受験での学力はそれほど高くなくても、仕事で挽回する人が好きです。
 梅田 それでは、あまり心配する必要もなさそうですが。
 杉山 いえ。本当の問題は国内での教育格差ではないんです。日本は「教育大国」と自分たちで信じていますが、実はそうではないんですよ。
 経済協力開発機構OECD)の「世界教育水準ランキング」で、日本は総合で40カ国中7位ですが、読解力となると真ん中あたりの15位になってしまいます。それに、何より怖いのは、1位が中国なんですよ。 
 中国の教育システムは、日本人が思っている以上に徹底していています。学力だけが国力ではないですが、少なくとも学力面では、日本の子供たちにはそれほどアドバンテージはないですね。
 特に、読解力は、文章をしっかり読める力ですから、この能力が弱いと契約書の締結で騙されてしまいかねない。今、中国は読解力が伸びているので、中国を相手に交渉する中で、中国側が複雑で分かりにくい内容の契約書を作ってきたら、自分たちに不利な内容だと読み取れない日本人がこれから増えるかもしれないんです。
 麻生 読解力は、学力だけでなく、生きていく上で基盤となる大切な力です。新しい高校の学習指導要領は、2015年にOECDが世界の15歳を対象に実施した学習到達度調査(PISA)で読解力が著しく低下したことを受けて導入され、2022年から全面実施となります。
 その要領では、「現代文」を「文学国語」と「論理国語」の選択科目に分け、論理国語で契約書や企画書、報告書、手順書や取扱説明書、業務メールなど、実社会を想定した実務的な内容を教えることになり、物議を醸しました。私もこの再編を問題視しています。
 中国勤務の弁護士など、周りの法曹関係者に聞くと、契約書を学校教育で取り上げることの危険性を指摘する人がいました。また、「生きる上で契約書に触れないことはないから、ある程度は教育しておくべき。しかし、文学国語を削るのは問題。文学は生きる上でもっと大切な他者の立場を考える想像力を高めるもの。情報化社会で論理的な読解力や思考能力を高めるなら、プログラミング学習や数学でやればよい」という声もあります。
 グローバル社会で生きていく上でも、まずは母語である日本語をしっかりと身につけ、日本文化を学ぶことの方が大切だと考えています。外国語はそのあとで十分です。
 梅田 では、高校から先の進路についてはどうしょうか? 実は、進学率が減少気味で就職率が増えているということはありませんか? それがイコール国力につながるとは思いません。
 杉山 大学・短大・高専・専門学校など高等教育機関への進学率は、日本では2019年で82・6%と、前年から1%以上伸びています。不都合な真実かもしれませんが、1回目の対談で説明したように、日本人遺伝子は同調圧力を生む遺伝子です。少数派になるより、多数派になった方が現在の日本では何かと有利になりがちなようですね。
 梅田 進学率こそ8割を超えていますが、中退してしまう生徒はどの程度いるのでしょうか?
 杉山 退学率は統計手法で変わりますが、概ね7%程度という結果もありました。今、大学・専門学校では退学率を下げるための取り組みをやっていて、私も心理検査の開発をしていますが、それも対策の一つですね。退学リスクなどを評価して、どのような指導をしたら本人の能力を伸ばせるかを見極めます。そこに危機感を持っている学校さんが多いのも実情です。
 梅田 専門学校は別として、大学に入れない子供もいるじゃないですか、家庭の都合や金銭面などの問題で。特に今年は新型コロナ禍により、仕事でダメージを負った両親も多く、塾や予備校の学費負担が大変です。
 杉山 これは私も結構問題だと思っています。原因が学力不振の子供は、決して頭が悪いわけではなくて、勉強のやり方が分からないし、勉強する習慣もついてないんです。
 勉強する習慣というのは、我慢する習慣なんです。勉強って、つまらなく感じることが多いじゃないですか。大学入試では、学力だけではなくて、どれだけ我慢できたかが求められるんです。要するに、入試は「ガマン大会」という側面もあるので、そこも見ているんです。我慢してやれる子だから、これからも我慢して社会の期待に応えて立派な社会人になるだろうというところを見極めているんです。
 私も成績の振るわない生徒の多い予備校の講師をやっていたことがあるから分かるんですけれど、ちょっと我慢すれば勉強はできるんですよ。問題はその我慢させる仕組みをどう作るか。今年は特に我慢する力を試される可能性が高いですね。
 梅田 それは、会社に入って「社畜」になる人間を育てるということですよね? 矛盾だらけの会社でも文句を言わない。
 杉山 大学が社畜候補を育てている部分はあるでしょうが、これからはただ従順な社畜だけでは、企業で生き残れません。
 withコロナを経て、これからはイノベーション(技術革新)力がすごく求められるようになるはずなので、社畜のフリをしつつ、イノベーションの力を少しずつ蓄えて、ここぞというタイミングで頭角を現したり、ブレイクする。そういう社会人像が、大卒の若い人たちに求められるようになっていくと思います。
 新型コロナ禍の話に絡めると、今後はオフィスワークが減る方向なので、会社で上司に言われたことをそのままやったり、マニュアルに沿って仕事するだけではなくなっていくでしょう。自分で課題を見つけ、ソリューション(課題解決)を作って、そこにみんなを巻き込んでいく。そういう力のない人は、これから仕事がなくなるかもしれません。
 麻生 自分で仕事を作っていくタイプ、極端に言うと職業を作っていくぐらいの人じゃないと生き残れない、というわけですね。
 梅田 そんな未来でも、やはり大学を出ることに意味はあるんでしょうか?
 杉山 日本で学生が大学に払っている金額は、学費だけでなくて、その大学のブランド価値を買っている面があると思います。
 麻生 私もそう思います。何を学んだかよりも、どの大学を出ているかということに価値が置かれている。就職にしても何にしても。でも、学んだ内容ではなくて、学部やゼミより、大学名の方が評価されているのは問題ではないかなと。
 杉山 そうですね。実際、「学歴フィルター」というワードが一時期話題になりましたけど、今もたしかにありますよね。長い目で見ると、大学のブランド力が物を言うのは、就職活動のときと、20代の間までですね。
 30歳を超えてくると、大学ブランド力の高い人はチャンスが多いことはみんな分かっているので、チャンスを上手にものにした人は評価されますけど、ブランド力の高い大学を出ている割にたいした実績を出していないと、評価が逆転してしまう。大学のブランド力を持て余し始める人が出てくるわけです。受験勉強ができると仕事ができるは別なので。
 麻生 勉強ができることと、本質的な頭の良さ、インテリジェンスというのは全く違うものだと思います。仕事のやり方も。
 梅田 今、みんな新型コロナに怯える異常な日々を過ごしているわけですが、学生はこの先心理的に影響が出たり、引きずっていくことにならないでしょうか?
 杉山 スペイン風邪パンデミック(世界的大流行)が起こったんですが、2、3年後にはみんな忘れている状態になったそうなんです。それにウイルスは人間社会に長くとどまっていると、どんどん弱毒化していく例も多いようです。
 私は「感染症の法則」と勝手に呼んでいます。簡単に言うと、毒性の強いウイルスだと宿主が活動できないし、殺してしまうので、感染力を失うんですね。結果的に人間社会から消えていくんです。
 新型コロナウイルスといいますが、では新型以外のコロナウイルスはどうなのかといえば、常在化しているんです。鼻風邪を引き起こす程度です。新型も最終的にはそのレベルの毒性になるのではないかと言われています。そうなると、数年後には新型コロナのことをみんな忘れてしまうかもしれない。
 これがトラウマになるかというと、ウイルスがトラウマになるのでなくて、ウイルスに対するリアクションや温度差が価値観の違いにつながるかもしれません。この価値観の違いが浮き彫りになって、新型コロナをめぐる考え方の違いから不信感を募らせていくのを懸念していて、人間関係が悪化したり社会不安にならないかが心配ですね。
 梅田 今年度に就職活動をしている学生はどうですか? かなり大変だと思えますが。
 杉山 就活している学生はとても不安がっています。対面面接を行っている企業さんもありますからね。オンライン面接でも部分的の場合もあるようです。
 麻生 感染症対策を講じた上とはいえ、この最中に対面面接を行う企業姿勢に不安を覚える学生もいます。売り手市場と言われていたのが、新型コロナの影響で一転厳しい就職活動を強いられた学生たちにとって、面接してもらえるのはもちろん有難いことです。でも、「この会社は大丈夫なのだろうか。仮に受かったとしても従業員を大切にする会社なのだろうか」という疑問を抱く人もいました。
 また、ビデオ通話で面接に臨んだ学生の話ですが、企業側がアイコンだけ表示されて、非常に話しにくかったそうなんです。面接担当者の表情が見えないし、声に出して相槌を打ってくれない担当者もいて、話すタイミングが掴みづらく、なにを求められているか、どこまで話せばよいか分からず戸惑ったそうです。そこで次の選考に進めなかったとなると、学生側はオンライン面接で力を発揮できなかったと思いたくなる。その心情は分かりますね。
 梅田 オンライン面接でその人となりを見抜けるかも不安が残りますね。
 杉山 採用する側は基本的に就活生にプレッシャーをかけて動揺させ、そのときにどういうリアクションをとるかを見ます。
 麻生 かつては「圧迫面接」という言葉もありましたね。
 杉山 今は分かりやすい圧迫をしませんけど、学生が困りそうな質問をするようですね。答えに困りそうな質問を考えるのが面接担当者の腕ですから。
 麻生 その状況から想定外の事態に臨機応変な対応ができるか、柔軟性、レジリエンス(強靭=きょうじん=性)など、仕事に必要な力が見えてくるんでしょうね。
 杉山 企業はそういう力が欲しいですからね。学生が準備してきた内容を聴くだけでは面接になりません。なかなか内定が出ない生徒は、本当にいつまでも出ないんですが、例年よりそういう学生の数が多いですね。
 それと、計画通りに採用活動を進めている企業と、計画を見直し始めた企業に分かれているようです。withコロナの社会が見通せないから、企業も慎重になっている部分は確かにあるようです。
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 次回はグローバル化した世界情勢の中で、日本が国力を落とさないための方策について考えたい。
 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。
 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。」
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