🦋6〗─10・C─1990年の「出生率1.57ショック」から人口激減が始まった。~No.27 

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 バブル時代とは、女性の時代であった。
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 月刊 基礎知識
◆チャイルド・ショック  child shock
 本誌1982収録。以下、
 出生児数の急速な減少によって、幼児を対象とした幼稚園では園児数が減少し、閉鎖のやむなきに至った園もあり、そのほか、乳幼児を対象とした産業が危機を向かえるなど、ショックを起こしている現象に対して、マスコミが印象を強く与えるために作った日本製のことばである。
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◆1.57ショック
 本誌1992年版収録。以下、
 出産率は第2次ベビーブーム期の1973(昭和48)年をピークに下がりはじめ、「多産多死から少産少死へ」と変化。88年には合計特殊出生率は1.66人。イタリア、西ドイツとともに世界でも最低水準の長男・長女社会となっている。厚生省は「これからの家庭と子育てに関する懇談会」を設置、90年1月末に報告書をまとめた。内容は「深刻で静かなる危機」と危機感を示し、「企業活動のための家庭生活」から「家庭生活のための企業活動」への転換、子育ての男女協同化が可能になるような環境整備を求めている。
 すでにこの時点で、各方面の論議をよんでいたところへ、90年6月、89年の人口動態統計で合計特殊出生率が1.57人まで落ち込んだことが発表されると、政財界を中心に高齢者扶養の負担増大や社会の活力低下の懸念から、1.57ショックが起きた。
 出生率低下の原因は、教育や住宅事情などによる経済的・精神的負担、出産・育児と仕事の両立の困難さなどがあるが、女性の晩婚化(平均初婚年齢25.8歳、89年)、シングル志向(25~29歳女性の未婚率は85年現在31%)も大きな原因である。一方、女性の意識は、「国が直接出生率増加の音頭をとる」ことには8割が反対(毎日新聞全国家族計画世論調査、90年6月)しており、きわめて冷静である。90年にはさらに1.53人になった。96年には1.48%まで下がると推計されている。
→1.53ショック
→1.50ショック
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 2018年4月7日 日本経済新聞「1.57ショック
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 ひとりの女性が生涯に生む子供数の理論値を示す合計特殊出生率が1989年(平成元年)に1.57まで下がったことを指す。厚生省が人口動態統計として公表した90年6月、丙午(ひのえうま)66年の1.58を下回ったことが判明した。出生率が2.07を下回った国は総人口を保つことが不可能になる。人口問題の研究者の間では話題になったが、日本経済がバブル景気に浮かれていたこ...
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 2022年6月4日 朝日新聞デジタル記事「あのショックから30年、止まらぬ少子化「一つの施策で回復しない」
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 久永隆一 石川友恵
 日本人の人口は11年連続で減少
 2021年に生まれた日本人の子ども(出生数)は81万1604人で、過去最少となった。政府が少子化を課題として捉え始めたのは1990年。前年の合計特殊出生率が1・57となり、戦後最低だった66年の「ひのえうま」の1・58を下回ったからだ。「1・57ショック」と騒がれた。
 その後、少子化対策の計画もつくり取り組むが、30年以上が経つ今も歯止めがかからない。
 「カナダは出産無料」子育て費用はだれが負担? 東大教授の答えは
 「仕事か子育てか」の二者択一 早急に見直しを 識者が政府に提言
 内閣府の国際調査(21年発…
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  2023年3月24日 産経新聞「「1・57ショック」から30年 少子化対策は難局
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 年間出生数と合計特殊出生率の推移
 少子化は政府の長年の課題となってきた。重大な問題として初めて認識されたのは平成2年、前年の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子供の推定人数)が過去最低だと分かった「1・57ショック」のときだ。以来30年余り、政府は名称を変えつつ、対策を講じてきたが効果は見られず、行き詰まり感は強い。
 「子供を持ちたい人が、安心して子供を産み育てられるような環境を整備」「社会の構成メンバーが協力していくシステムを構築」-。「1・57ショック」をきっかけに政府が平成6年に策定した初の総合少子化対策「エンゼルプラン」に掲げられた課題は今と変わらないものが多い。
 同プランは保育サービスの拡充を重視。11年には雇用環境の整備などを追加した「新エンゼルプラン」も打ち出した。待機児童対策や幼児教育・保育の無償化も進めた。
 待機児童数は昨年4月時点で約3千人とピーク時の9分の1に減少。育児休業制度も拡充された。だが、昨年の出生数は初めて80万人を割り込み、少子化に歯止めはかかっていない。
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さいたま記念病院
 戦後のベビーブームは戦勝国にも敗戦国にも起きました。
 戦勝国アメリカ、フランスは1945年の終戦からまもなくベビーブームとなりました。敗戦国の日本では団塊の世代が生まれました。
 問題はそのあとです。出生数を3つの国で比較したのが図1です。1900〜2010年の時間軸をおおよそ合わせてあります。
 第二次世界大戦後を見ると、アメリカでは比較的長い間ベビーブームが続き、ブームのあとも緩やかに上昇しています。フランスではベビーブームは比較的小さく短いもののブームのあともほぼ横ばいに推移し、緩やかに減って、また緩やかに増えています。日本は2国に比べ極めて短い間に団塊の世代が生まれ、その後、団塊二世で増えたものの急激に減少して今なお下降しています。
 この差は何によるのでしょうか。
 移民の有無が1つの要因だろうと思います。しかし、それだけではないように思います。日本の急減、すなわち少子高齢化はなぜ生じたか、を解析する必要があります。
 日本経済新聞が2009年11月9日に掲載した記事があります(図2)。「少子高齢化なぜ対策後手に?」という疑問に対して解説した記事です。その答は「経済対策に追われ、改革遅れる」です。本文から引用します。
 「迷信で出産が避けられた丙午(ひのえうま)の1966年よりも合計特殊出生率が低くなったのが89年。「1.57ショック」と呼ばれ、少子高齢化対策の必要性が認識されるようになり、国は育児休業の法制化や保育所整備を進め始めた。でも90年代前半にバブル経済が崩壊、その後は足元の景気対策を優先せざるを得ない状態が続き、改革が遅れた。」
 経済専門の新聞が、経済優先こそ少子化の元凶であることを認めているのです。
 そもそもバブル経済が異様でした。そのバブル経済が崩壊したら、景気対策に追われて少子化が進んだというのです。経済至上主義は、少なくとも少子化対策には馴染まない考えだと分かります。
 アメリカやフランスでは必ずしも経済至上主義ではないという話が伝わってきます。日本でも、団塊の世代誕生の教訓からすると、経済至上主義ではなく、生きる喜びさえあれば少子化は自ずと解消するのだと思います。
 「少子化は国の存亡にかかわる」と主張しながら「経済対策のエンジンを最大限にふかす」と叫ぶ政治家を私は理解できません。
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 2024年6月号 WiLL「13歳からの性   マス青山
 第14回 性欲の平成史2:1990年代の始まり
 バブル時代の終焉と残り香
 日経平均株価の大暴落で幕を開けた平成2年、すなわち1990年は、東西ドイツの統一など冷戦終結があるかと思えば、8月2日のイラクによるクウェート侵攻など現在まで及ぶ不安定な世界の始まった年でもあった。
 ……
 株価暴落したとはいえ、バブリーな生活の残りが香は、まだ数年続いたように思われる。漫画家の中尊寺ゆつこ(故人)が描いた『オヤジギャル』、つまり牛丼を一人食い、疲れたら栄養ドリンクを一気飲み、競馬やパチンコに没頭した、おっさん風味の女性が流行語になり、男性に関しても、女性の『足』となり車で送迎する『アッシーくん』、女性に食事を奢るだけの『メッシーくん』、高価な品物をプレゼントするだけの『ミツグくん』などが現れたとされるもっとも金欠の筆者には、いずれも関わりのない話であった。
 大学院に入学してからも筆者は暗中模索の、悶々とした時期を過ごした。そんななか6月9日、厚生省(現・厚生労働省)は日本の合計特殊出生率が過去最低の1.57となったことを公表した。いわゆる『1.57ショック』であり、これは流行語になっただけでなく、現在に至る少子化『問題』の発端ともなった。
 『産めよ増やせよ
 この頃の新聞記事を調べてみると、なかなか興味深い。6月12日、当時の大蔵大臣・橋本龍太郎(後の首相)が『出生率の低下は、女性の高学歴化が原因』とい趣旨の発言をしたところ、『炎上』したのである。同日夕刻の坂本三十次内閣官房長官能登選出の衆議院議員)の記者会見で、日本在住の米国人の女性記者が『蔵相発言は、日本政府の正式の見方ですか』と問い質したところ、坂本長官は女性の高学歴化は少子化の『たくさんの原因の一つかもしれません』と述べた。すると、その女性記者は『それでは産めよ増やせよという政策をとるのか』と詰め寄ったが、長官は『日本の女性は、なかなかね、政府が「産めよ増やせよ」と言ったって、そんなに簡単に、生んだり増やしたりしないと思いますよ』と答えた(読売新聞、1990年6月13日)。
 この発言の面白さは、出生率過去最低という事実が明らかになると同時に、第二次世界大戦中、国家が女性に出産を強要したとされる『産めよ増やせよ』政策の再来に警戒する声が、おそらくはリベラルな立場の人間から発せられていたということである。官房長官の発言は、女性の高学歴化は少子化の『たくさんの原因の一つ』かもしれず、日本の女性は、政府が『産めよ増やせよ』推進したところで簡単に従ったりはしないと述べただけで、実はかなり冷静な対応である。にもかかわらず批判側は、相手が言ってもいない『藁(わら)人形』をこしらえて、それに基ずいて批判のトークを上げる『藁人形論法』を用いているように思われる。
 このやり方は功を奏し、日本の少子化対策は、直接的な出産促進政策よりも、保育サービスなどの子育て支援や、男女平等参画、ワークライフバランスといった福祉的な政策に限定されていった。それらの政策自体が悪いわけではないが、そのやり方で実効的な少子化対策ができるのはずもない。その萌芽(ほうが)は、少子化が社会問題となる初発(しょはつ)の時点から組み込まれていたのだ。
 有害コミック問題
 とはいえ1990年の筆者は、そのような議論に深入りすることなく、鬱々(うつうつ)としたまま夏休みを迎えた。夏休みの間に、『過激な性描写コミック』を批判する有害コミック問題が発生していた。
 8月には東京都生活文化局が『東京都女性問題調査研究報告 性の商品化に関する研究』を刊行、マンガ誌の性的行為や場面描写の内容分析を行い、『(マンガの)半数にセックス描写』(『朝日新聞』の見出し)という形で報道され、9月には、和歌山県田辺市で『コミック本から子どもを守る会』が結成され、性描写マンガの追放運動が全国的に展開されはじめた。それは、『有害コミックから子どもを守れ』という悪書追放運動の系譜に、『(女性の)性の商品化』というフェミニズムの視点が相乗りしたものであった(中河伸俊・永井良和編『子どもというレトリック』青弓社・1993年)。
 ……
 ポルノ研究の幕開け
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 それから筆者は、性の商品化やポルノグラフィに関する文献を集め初め、片っ端から読んだ。なかでも1980年代にアメリカでポルノ規制を推進したアンドレア・ドウォーキンの〝Pornography:Men Possessing Women〟(1981年)や、ポルノグラフィと犯罪の因果関係に関するアメリカ合衆国政府のミース委員会報告書を読み漁った。後者では、ポルノグラフィが与える悪影響が『科学的』な知見とともに指摘されるようになっており、それに対してフェミニズム的な『性暴力・性差別』批判が乗っかるような形になっている。
 フェミニストらのポルノ批判
 日本では、『行動する女たちの会』の中心人物だった船橋邦子(フェミニズム政治運動か)のポルノ批判と、これを批判する小浜逸郎(評論家)の論争が展開されており、筆者の研究もこのあたりからはじまるのが良さそうだと思われた。
 船橋邦子のポルノ批判は、『ポルノグラフィとは女性を差別し、侮蔑した表現であり、女のからだを傷つけ、侵す性暴力である』、『男女の支配─被支配の関係を表現するものとしてのポルノグラフィ、性暴力としてのポルノグラフィ』という表現に集約される(『ポルノ文化と性暴力』『現代思想』18─1:148~149頁・青土社・1990年)
 それを性行為の描写だけではなく、『女性を人間として対等に扱っていない』広告やCMの類いもターゲットにするものだった。
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 ポルノとは何か
 小浜の言葉遣いは哲学的で実在的であり、現在でも完全に理解するのが難しい面がある。
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 この溝は、現代における『萌え絵』をめぐるフェミニズム活動家と、アニメファンとの対立においても再現されているように思われる。
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 そんなふうにして、筆者の1990年は暮れていった。
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 2024年5月号 WiLL「〝バブル〟よいとこ、一度はおいで 
 オールディーズ研究家 文 恩藏 茂
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 戦闘服に身を固めた女たち
 東京では毎日パーティーのようだった。若い世代に限ってみれば、バブルの影響を最も大きく受けたのは女性だった。新語部門銅賞に選ばれた『オヤジギャル』とは中尊寺ゆつ子氏の漫画に登場する女性のことである。朝食は駅の立ち食いソバ、電車の中でスポーツ紙を広げ、ユンケル黄帝液を飲みながら株を売り買いし、夜はオヤジの聖域である居酒屋に押し寄せる。その姿はまさしくバブル期の女性と重なる。
 彼女たちのワンレン・ボディコン、特大の肩パッドのファッションは、まるで女の戦闘服のようだった。彼女たちが街をのし歩く様(さま)は、威風あたりを払う迫力があった。
 飲み歩いて終電がなくなれば、電話で男を呼び出し、クルマで家まで送らせる。男は玄関の前でお役御免。見返りをいっさい求めず、ひたすら運転手としてご奉仕するのが『アッシーくん』である。なぜか新語大賞には『アッシーくん』しか選ばれていないが、その仲間に『メッシーくん』『ミツグくん』がいた。ひたすら食事をおごるだけの男がメッシーくん、洋服やアクセサリーを貢(みつ)がされるのがミツグくんである。
 この頃のバレンタインデーやクリスマス時期の都内一流ホテルの府屋は若いカップルにすべて押さえられ、予約がとれなかった。男からのプレゼントの定番はティファニーのオープンハートックレス。クリスマス・シーズンには女性に貢ぐため、銀座四丁目のティファニーの前に行列ができた。それから40年後の今日、わが国がジェンダーギャップ指数が先進国の中で最下位であるとか、女性が虐げられている国といわれているが信じられません。
 ……
 不適切にもほどがある
 バブルの絶頂の中で、昭和天皇崩御手塚治虫(2月9日死去)、松下幸之助(同4月27日)、美空ひばり(同6月24日)といった戦後日本を牽引してきた人たちが昭和に殉死するかのように相次いで亡くなった。国際的のペレストロイカ、東欧革命。ベルリンの壁崩壊という歴史の転換点となる大事件が続いた。
 翌1990年、海部俊樹内閣の下で大蔵省が不動産融資総量規制の行政指導を行った。地価の高騰、土地への投機を抑えるために、金融機関の不動産向け融資を規制したのである。『歌う不動産王』と呼ばれた千昌夫読売ジャイアンツの『投げる不動産屋』桑田真澄選手ら、巨額の借金を抱えて破産する人が相次いだ。
 土地で儲けた人が大半なのに、それ自体を規制したのは大きな間違いだった。
 『週刊新潮』1991年2月17日号の『夏彦の写真コラム』で、山本夏彦氏は『大蔵省は地価をあがるだけあがらせておいて、ようやく不動産屋に貸すなと言った。地価はたちまち下落した』と書いている。
 ……
 かくして、日本の『失われた30年』 が始まるのだが、ちょっと待った。
 ボディコンで体の線を強調して男を挑発し、アッシー、メッシーとして奴隷のように扱い、プレゼントを貢がせるのは、コンプライアンスの観点からして『セクハラ』ではないのか。中年男の武田鉄矢がプロポーズ断る浅野温子をつけまわし、ダンプカーの前に飛び出して『僕は死にまっしぇーん』と恐喝まがいに叫ぶのはストーカー行為そのもではないか。不適切にもほどがある。
 だが、バブル期にはそんなことを言う人は一人もいなかった。現代の若い男女の関係の希薄さを見ても、それだけでいい時代だったといえるのではないか。金があればいちいち人のすることに目くじらをたてたり、他人の粗探しをしたりすることもない。株価の上昇に続いて、春闘では満願回答が相次いだ。さあ、バブルはもうすぐそこ・・・かもしれない。
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 1990年から、親が子供の、大人が子供の犠牲になる事を拒否する家崩壊の時代が始まった。
 そして、家・家族は伝統文化の家族全員で助け合う大家族主義から西洋文化の親の面倒を見ない核家族主義へと変貌した。
 2020年頃には、子供が一人暮らしの老いた親を見捨てる家族崩壊の時代が始まっている。
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文化マルクス主義者であるエセ保守やリベラル左派は、少子高齢化による人口激減時代を作り、出生率上昇による人口回復を潰し、外国人移民(主に中国人移民)で人口回復を図るように、メディアや教育を使って活動している。
 メディアや教育がオジさん化からシニア化によって左傾化が続く限り、日本の回復はなく、日本人の未来はなく、子供達の夢も希望もない。
 何故なら、少子高齢化社会とは人口的に少ない若者や子供を犠牲にする事を前提にしているからである。
 彼らは、「日本に軍国主義を復活させない、神話的民族主義を撲滅する」事を大義としている。
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 家庭内暴力の増加と共に親が子供を、子供が親を殺す尊属殺人も増え始め、それは古代から護られ受け継いで来た日本式伝統的家文化の崩壊の兆しでもあった。
 その傾向は、敗戦後、特に1980年代前後から始まっていた。
 同時期に、「ただ人を殺したい」という衝動による無差別的な通り魔殺人事件も増え始め、閉鎖的日本社会の荒廃の兆しでもあった。
 それは、将来に夢や希望を持てた一億総中流時代の崩壊で、裕福な勝ち組と貧困の負け組による新たな格差時代の到来でもあった。
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 日本が左傾によるオッさん化・オバさん化する世相の中で、子供や若者を犠牲にする少子高齢化による人口激減が始まった。
 若い女性や少女は、高学歴・高収入・高身長の三高を男性判定基準として貧乏で見栄えしない若い男性を相手とせず、使用している下着を売った小銭を稼ぐから勝ち組と浮かれた中年男性に近付いて金を貰う愛人願望のパパ活を始め、男性を籠絡し家庭を崩壊させ社会的地位から転落させていた。つまり、小指を立てて「これの為に家庭や仕事を失いました」という自虐的テレビCMである。
 戦後民主主義教育を受けた女性・少女達は、大人の言う事を聞かず、道徳や常識に囚われる事なく、自分の思うまま好きなように欲望に従って素直に生き始めた。
 つまり、現代の女性にとって男性は利用するだけの存在で、それ以上でもそれ以下でもない異性である。それは、子供に対しても同じで、母原病に対する反動で「毒親」が増えている。
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 日本の戦後史は、アメリカ発左傾的女性解放運動としてヒッピー、フェミニズムウーマンリブジェンダー、LGBTで動き、出生率低下による人口激減へと向かう歴史でもあった。
 つまり、アメリカが日本に仕掛けた反日天皇謀略で、その源流はフランクリン・ルーズベルト(政治的)、国際的ユダヤ人(経済的)、アメリカ・キリスト教会(宗教的)、ソ連・国際的共産主義勢力(軍事的)の「日本国衰退・日本民族消滅」に辿り着く。
 現代のエセ保守とリベラル左派は敗戦利得者として、国際的な対日謀略に協力し実行している。
 エセ保守やリベラル左派とは、日本を動かしている超エリート層と言われる超難関校出の高学歴な政治的エリートと進歩的インテリ達である。
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⚡37】─4─日本沈没はまだまだ止まらない。トヨタもソニーも勝てない理由。~No.162 

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 2024年5月27日 MicrosoftStartニュース 現代ビジネス「日本沈没はまだまだ止まらない…!トヨタソニーも、アップル、テスラ、アマゾンに「勝てない理由」を徹底的に考えてみました!
 鈴木 貴博(経営戦略コンサルタント
 この記事では
 ソニーグループ株式会社
 SONY
▼-0.63%
 トヨタ自動車株式会社
 TM
▲ +0.99%
 タイワン・セミコンダクター・マニュファクチャリング
 TSM
▲ +1.85%
 日米を比較して見える「日本の沈没」
 経済評論家の鈴木貴博です。
 「どうすれば日本経済は再び成長できるのか?」というのは、私が一番頻繁に訊かれる質問です。
 この問題、複数の要因が噛み合っている単純な問題ではないのですが、そのうちのひとつの要因として「日本には80年代のような世界経済をけん引する企業がほとんどなくなった」という問題があります。
 ソニーの社長・会長として70年代~80年代に世界を席巻した盛田昭夫氏(1921~1999)Photo/gettyimages
 ソニーの社長・会長として70年代~80年代に世界を席巻した盛田昭夫氏(1921~1999)Photo/gettyimages
 © 現代ビジネス
 いい会社はたくさん存在するけれど凄い会社はほとんどなくなった。そのことを理解するためにアメリカの誇るマグニフィセントセブンと、それと対比する日本の優良企業7社を対比して、どこが違うのかを考えてみたいと思います。
 マグニフィセントセブン、つまり凄い7社とはアップル、エヌビディア、アマゾン、グーグル、テスラ、メタ、マイクロソフトの7社です。面白いことに製造業3社、小売業社、サービス業3社という形で業種は分散しています。
 それに対抗する日本の7社の選び方には多少苦労しますがこの記事ではソニー東京エレクトロン、セブンアンドアイ、ソフトバンクG、トヨタリクルート三菱商事を挙げてみましょう。それぞれ対比してみるとどのような違いが見えてくるでしょうか?
 なお、各社の時価総額は日本時間5月20日時点で算出しました。
 ソニートヨタ時価総額で惨敗のワケ
1 ソニーグループ(時価総額16兆円)vs.アップル(同453兆円)
 どちらの企業も、そのジャンルではプレミアムなブランド価値のある家電製品メーカーです。
 1990年代にはむしろソニー時価総額の方が高く、あのまま行くと世界のIT家電市場はソニーが席捲するのではないかと言われたほどの存在感がありました。現在でもソニーはミラーレス一眼レフカメラ、ゲーム機の分野では世界的な存在感があるとともに、映画、音楽分野でも世界市場を相手に高収益を上げています。
 商品力でアップルに引けを取らないソニーだが…Photo/gettyimages
 © 現代ビジネス
 野望という観点でもこの2社はとてもよく似ています。驚くべき製品によって世界を変えていこうという気概では、ソニーはアップルに負けている気がしません。
 ただ時価総額を比較すると、ずいぶん格差が広がったものだと感じざるをえません。ひとつ大きな差を挙げるとしたら、アップルはパソコンが支配する世界をスマホで壊したということが現在の地位を生んでいます。
 そしてスマホを壊す次のデバイスを生み出す企業が未来のアップルを超える会社になるとすれば、自動車、ペットロボットなど野望ある製品に力を入れているという観点でソニーには期待できるかもしれません。
 壊滅した日本の半導体メーカー
2 東京エレクトロン時価総額17兆円)vs.エヌビディア(同、354兆円)
 どちらも半導体業界でその存在がなければ業界が立ち行かなくなるほどの重要企業です。
 いずれも完成品メーカーであり、どちらも高収益企業である。ここまでが類似点です。一方で違いとしては、エヌビディアは半導体の完成品メーカーであり、東京エレクトロン半導体の製造機器のメーカーだという点です。
 米エヌビディアのような半導体完成品メーカーは、日本にはいなくなった…Photo/gettyimages
 © 現代ビジネス
 もっとわかりやすく言えば、東京エレクトロンは台湾のTSMCのような製造会社が顧客です。そのTSMCが顧客としているのがエヌビディアなので、カネの流れとしてはエヌビディアがTSMCに支払ったマネーが、TSMCから東京エレクトロンに製造機械の購入代金として流れる構造です。
 問題はこの半導体バリューチェーンの中で、製造機械メーカーの取り分がわずかでしかないという点です。エヌビディアの具体的な商品で考えてみましょう。
 エヌビディアの主力商品であるH100という半導体チップは、約500万円で売られています。エヌビディアは売上高純利益率56%という企業ですから、そもそも売上の半分以上は利益です。
 では、エヌビディアからTSMCに払われる製造原価はというとわずかに25万円程度と価格の20分の1です。そのTSMCの製造原価に占める東京エレクトロンの製造機械の減価償却費は、さらに数分の1から数十分の1ということになります。
 このことから、「取り分が小さい割には時価総額東京エレクトロンは健闘している」とも言えるのですが、逆に言えば90年代の日米半導体交渉の結果、日本の完成品半導体メーカーが壊滅的になくなってしまったことがこの差を生んでいるとも言えそうです。
 さて、つづけて、トヨタvs.テスラ、セブンアンドアイvs.アマゾンなどこの続きを見ていきますが、そこから見えてくるのは、必ずしも劣っていない日本企業でも、アメリカ企業に途方もない差をつけられた3つのポイントです。
 この3つさえクリアできれば、日本企業もまたいつの日か世界を席巻できる日が来るかもしれません。逆に言えば、それが出来ないから日本はアメリカ企業に大きく溝をあけられたともいえるのです。
 では、それは何か。後編「トヨタもセブンも時価総額でみんな惨敗…!それでもなお、20年後も一流であり続ける「日本唯一の巨大企業」の名前」でじっくりお伝えしていきましょう。
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🐟26〗─1─桜など在来植物を枯らす病害虫は中国や朝鮮半島からの侵入か?~No.106No.107No.108 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 日本の樹木は海の外から侵入してくる病虫害に襲われて立ち枯れ、生命力と繁殖能力の高い外来種樹木は生息環境に適応し日本固有の在来種樹木の生息地域を奪い、駆逐し、増殖して、日本の環境を破壊し自然を作り変えていく。
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 古代から、猛毒を持った害虫・細菌・ウイルスは中国や朝鮮から日本に侵入し、日本全国へ感染を広め、パンデミックによつて夥しい日本人の命を奪っていた。
 歴史的事実として、日本は被害者であって加害者ではない。
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 2024年5月25日9:50 YAHOO!JAPANニュース 埼玉新聞「大調査の結果を公表、被害は832カ所に 中国や朝鮮半島から侵入か 特定外来生物クビアカツヤカミキリ「さらなる対策必要」 発生市町村は6年で4倍以上
 被害を受け根元にフラスが散らばる県北の桜=2023年11月(県環境科学国際センター提供)
 桜などの樹木の枯死を招く特定外来生物クビアカツヤカミキリの拡大に歯止めがかからない状況となっている。県環境科学国際センター(埼玉県加須市)は、県民から情報提供を募る「クビアカツヤカミキリ発見大調査」の2023年度の結果を公表。人気の花見スポットがある川越市北本市など13市町で新たに被害が報告され、県内の被害箇所数は22年度の約1・4倍の832カ所に増加した。
 被害が報告された県内市町村は22年度より14カ所多い36市町。報告が多かったのは熊谷市(153カ所)や本庄市(97カ所)、草加市(90カ所)。新たに報告された市町の中で最も多かったのは嵐山町(20カ所)だった。川越市秩父市では、幼虫が排出する「フラス」ではなく、成虫のみがそれぞれ1カ所で確認された。一方、前年度に成虫のみ1カ所で確認された滑川町では、23年度は37カ所に拡大した。
 何が起きた?!憩いの水辺に異変 古代蓮、今年は「全滅」 川越・伊佐沼、特定外来種の食害原因か
 クビアカツヤカミキリはもともと中国や朝鮮半島ベトナムに生息し、日本には輸送資材に紛れ込んで侵入したとみられている。桜などバラ科の樹木の樹皮に卵を産み付け、幼虫は木を食べながら侵入する。ふんや木くずが混ざったフラスが根元に積もり、被害の目印となる。
 食害が進行した樹木は枯死する場合がある。防除には、成虫を見つけたらすぐに補殺することや、農薬の注入、成虫の拡散防止のため樹木にネットを巻き付けるなどの方法がある。同センターは新たに被害が報告された市町と連携して現地での確認や防除を検討するという。
 県民から情報提供を受け付ける発見大調査は2018年度から行われ、今回で6回目。成虫が発生し、被害が増える6~8月に行われた。被害が報告されたのは18年度に8市だったが、6年間で4倍以上となった。
 同センターの担当者は「一般の人からの報告なので、見つかっていない被害が出ている可能性もある」としつつ、「被害が広範囲に及んでいることは確か」と説明。「ネットでの防除では対処が追いつかない。補殺を含め、さらなる対策を考えなくてはならない」と危機感を強めている。今年も大調査の実施を予定しており、期間中以外でも被害を発見した場合は写真や場所などの報告を求めているという。
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 2023年9月6日 YAHOO!JAPANニュース 埼玉新聞「サクラの名所がピンチ! 埼玉・久喜で新たに68本の食害被害を発見 高校生らスマホSNS活用で発信も
 クビアカツヤカミキリの被害について発表する高校生=2日午後、埼玉県久喜市菖蒲町のショッピングモール「モラージュ菖蒲」
 埼玉県久喜市清久町でサクラの名所として知られる清久工業団地内のサクラの木計68本にクビアカツヤカミキリによる被害が出ていたことが分かった。市内在住の高校生13人が調査、発見し、2日、結果を発表した。
 ワークショップは市、日本大学が連携し「次世代を担う若者に市の環境情報を届けたい」(同大学理工学部田島洋輔助教)と6月から実施したもの。環境への関心を促そうと取り組んだ調査によって、逆に自治体が大規模な被害を知ることにつながった。
 クビアカツヤカミキリが食害したサクラ、ウメ、モモなどの樹木は枯死や倒木の危険を伴う。県内では、2013年以降、被害が拡大し、自治体が被害の発見、報告を呼びかけている。
 ワークショップでは、生徒が大学生とともに地域の環境問題について学習。7月下旬、実際に清久地域で、クビアカツヤカミキリの被害について調査した。
 生徒は、被害木やクビアカツヤカミキリの成虫、排出する糞(ふん)と木くずが混ざった「フラス」などを多数発見。スマートフォンで計205枚の写真データを撮影した。それまで複数箇所の被害しか認められていなかった地域で、新たに68本の被害木を確認した。スマートフォンの位置情報機能を使い、被害マップを作成した。
 2日、市内のショッピングモールで開かれた発表会で、生徒は「清久さくら通り」沿いに被害木が集中していると調査結果を発表した。交流サイト(SNS)を通じて情報を発信したことも報告。「今後は継続的に調査し被害抑制を図りたい。調査ボランティアを募り、現地調査の質的向上を目指したい」とまとめた。
 ワークショップに参加した県立久喜北陽高校の増田渉太郎さん(17)は「普段見ているサクラが危ない状況で守りたいと思った」、同久喜工業高校の渋井優輝さん(17)は「ワークショップに参加し情報を共有することが大切」など感想を話した。
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2021-01-10
🎍2〕─1─倭国大乱(弥生の大乱)は気候変動で食べ物がなくなったからであった。環濠集落は城。146年〜189年。~No.2 
2021-03-23
🎌2〕─1─万世一系の男系父系天皇は心柱論。世界最古の法隆寺五重塔。〜No.2No.3No.4 
2022-01-16
🎍16〕─3─聖徳太子の第1回宗教改革とは日本の仏教国家化と仏教寺院の総合病院化であった。~No.48 
2024-01-22
🎍25〕─2─6世紀半ばに感染症天然痘」は朝鮮から日本に伝来した。『古事記』『日本書紀』~No.76 
2021-03-29
🎍29〕─2─聖武天皇は自然災害の「責めは予(われ)一人にあり」との詔を宣布した。自然災害は神の天罰。~No.91 
2018-04-21
🗾2〕─2─日本民族日本人は、性善説ではなく、性悪説でも性強説でもなく、気弱・軟弱・ひ弱な性弱説である。~No.5No.6No.7 @ 
2018-07-16
🎍29〕─1─天平9(737)年の疱瘡(天然痘)大流行(パンデミック)。死屍累々の死の島国日本。~No.90 @
2023-11-30
🎍29〕─3・B─奈良時代に100万人以上が病死した経済を回復させたのが『墾田永年私財法』である。 ~No.92 
2024-04-22
🎍45〕─2─天然痘平安時代の人口の30%前後が死亡。正暦4年(993)。~No.142 
2024-05-04
🎍45〕─3─平安時代の深刻な衛生問題。平安京は不潔で疫病が蔓延していた。~No.143 
🎍45〕─1─平安時代は魔界の時代で、都大路には無数の死体が転がる地獄であった。安倍晴明。~No.141 @ 
2024-02-06
🏹4〕─2─鎌倉時代に日本総人口の3分の1が死に絶えた。寛喜の大飢饉と念仏宗教。〜No.9 
2021-11-21
🏹14〕─1─感染症と災害、飢饉、元寇に苦しんだ武家政権鎌倉時代。〜No.35No.36No.37 
2020-01-30
🏹8〕─1─末法の地獄から日本を慈悲仏教で救おうとした鎌倉新仏教。~No.20・ 
2020-06-16
☱6〕7〕─1─日本は朝鮮の疫病感染爆発を封じ込め朝鮮人の生命を守っていた。〜No.12No.13 
2020-06-27
💖5)─5─日本人は朝鮮人アイヌ人を感染症から救っていた。江戸時代。~No.18No.19No.20No.21 
2020-05-08
☱9〕10〕─1─大正8年のコレラ日本陰謀説。英字紙による反日フェイクニュース。〜No.16No.17No.18No.19 ② 
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 国立公文書館
 天下大変
 資料に見る江戸時代の災害国立公文書館年表資料一覧ホーム
 流行病 飢饉 火災 風水害 地震と噴火
 平穏な生活を破壊し多くの人命を奪ったのは、地震・噴火・火災・水害そして飢饉だけではありません。江戸時代にはまた痘瘡とうそう(疱瘡ほうそうとも。天然痘)、麻疹(ハシカ)、風邪(インフルエンザ)等の折々の流行によって、短期間に想像を絶する数の人命が失われました。
 天然痘が多数の幼い命を奪い江戸時代の平均寿命を引き下げていた事実はよく知られていますが、インフルエンザも、劣らず猛威を振るっています。享保元年(1716)、江戸の町で流行した風邪はインフルエンザと推定され、ひと月で8万人以上を死亡させたと記録されています。
 面白いのは流行の年によって風邪に異なる名が付けられたこと。明和6年(1769)に流行した風邪は「稲葉風」と呼ばれ、安永5年(1776)の風邪は「お駒風」。ほかに「谷風」「ネンコロ風」「ダンホ風」「琉球風」「アメリカ風」というのもありました。江戸の人々は、数年おき(長くても十数年おき)に襲いかかる風邪(インフルエンザ)の流行に異名を与えることで、その悲惨さを記憶に刻もうとしたのでしょう。江戸末期にはコレラという新種も加わります。コレラ安政5年(1858)に大流行し、各地でパニックを引き起こしました。
51. 安政箇労痢ころり流行記51. 疫毒えきどく予防説(『視聴草』続8集の3)
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 HITACHI
 江戸時代の意外な話
 第5回 江戸時代の感染症
 新型コロナウィルスの感染症は、3年以上経ってもなかなか終息する気配がない。こうした感染症パンデミックは歴史上たびたび発生し、多くの人びとの命を奪ってきた。江戸時代も同様で、風邪、インフルエンザ、麻疹(ましん)、赤痢、梅毒といった感染症が波のように何度も襲った。あの5代将軍徳川綱吉も、麻疹によって命を落としている。
 ただ、最も致死率が高かったのは天然痘である。当時は疱瘡(ほうそう)や痘瘡(とうそう)などと呼ばれ、多くの乳幼児が犠牲になった。たとえ健康を回復しても、顔にひどいあばたが残ることも少なくなかった。
 しかも発症したら、効果的な治療法は存在しない。寛政10年(1633)刊行の志水軒朱蘭(しすいけんしゅらん)著『疱瘡心得草』を紐解くと、「疱瘡にかかったら酢、酒、麺類、餅類、脂っこいものは食べてはならない」といった根拠のない迷信が記されている。
 だから人びとは感染しないよう、子どもに疱瘡絵をお守りに持たせた。疱瘡絵とは、鍾馗(しょうき、厄除けの神様)や源為朝といった強い武将を赤一色で描いたもの。疱瘡は疫病神(疱瘡神)がもたらすとされ、武将の絵が厄除けになると信じられていたのである。
 だが、19世紀になると、この状況が変わる。1798年、イギリスのジェンナーが、牛にも天然痘に似た感染症(牛痘)があり、感染した牛の膿(牛痘苗)を人体に入れると水疱性の発疹が現れるものの、彼らは決して疱瘡に罹患しないことを知り、牛痘種痘法を考案したのだ。
 まもなく日本にもその知識が伝わり、やがて佐賀藩主の鍋島直正が長崎在住の佐賀藩医・楢林宗建(ならばやしそうけん)にオランダ人から牛痘苗を手に入れるよう命じたのである。
 そこで、宗建は出島のオランダ商館長に依頼し、嘉永元年(1848)、商館医モーニッケがバタビアから運んできた牛痘苗を子どもに接種したが、水疱は現れずに失敗に終わった。しかし、宗建は諦めず、翌年、今度はモーニッケから痘痂(とうか、牛痘苗でなく瘡蓋〈かさぶた〉)を手に入れ、3人の乳児に接種した。すると、1人に水疱が現れたのである。これが日本初の牛痘種痘法の成功例であり、なんとその乳児は宗建の子・建三郎だった。宗建は次々と乳児に種痘を行い、水疱が現れた子どもたちを痘苗として佐賀へ送った。藩主の直正は領民が接種を恐れぬよう、嫡男の淳一郎に牛痘を接種。これにより藩内では急速に種痘が広まったのである。
 長崎ではさらに痘苗の植え継ぎが行われ、越前藩、薩摩藩水戸藩などに運ばれて多くの領民に接種がなされた。いずれも松平春嶽島津斉彬徳川斉昭など名君がいる藩だった。このように藩主のリーダーシップのもと、当該藩の接種が進んだが、例外として幕領である大坂でも、庶民の多くが牛痘を接種した。これを実施したのは、蘭学塾「適塾」を営む緒方洪庵だった。
 長崎の痘苗を京都の日野鼎哉(ていさい)や越前の笠原良策が入手したことを知った洪庵は、頼み込んで苗を分けてもらい、大和屋喜兵衛(豪商で薬種問屋)の協力で家を借りて除痘館(じょとうかん、種痘所)を設け、無償で種痘を始めたのである。施設の開所にあたり、洪庵は喜兵衛と日野葛民(かつみん、鼎哉の弟)と3人で「種痘は仁術のため。謝礼を受け取ることもあろうが、個人の利益とせず、仁術を広めるための費用にしよう」と誓いあった。そして、町医者たちにも種痘免状を与え、大坂各地に分苗所(除痘館の支部)をつくらせていった。
 だが、しばらくすると、除痘館に人が全く来なくなってしまう。というのも「牛痘を接種すると健康を害する」という流言が広まったためだった。
 それでも洪庵は疱瘡の病没者を無くすため、貧しい人びとに米や銭を与えて来館を促したり、各地で種痘の効能を説いたのである。こうした苦労の末、ようやく信用を得ていったのだった。ただ、種痘をさらに広めるには、幕府の公認が必要だと考えた洪庵は、大坂町奉行所に「除痘館を公的な施設にしてほしい」と嘆願した。だが、許可が全く降りる気配はない。それでも彼は諦めず、何十度も嘆願し続けた結果、とうとう除痘館を開いてから9年後の安政5年(1858)に幕府の公認を得られたのである。これにより、除痘館に人びとが集まるようになり、その2年後、除痘館をさらに広い屋敷に移転させた。
 幕府はこうした功績を高く評価し、文久2年(1862)に洪庵を奥医師(将軍家侍医)として江戸へ招き、西洋医学所の頭取に任じた。が、残念ながら翌年、洪庵は54歳の若さで亡くなってしまった。「道のため」「人のため」「国のため」。それが洪庵の口癖だったという。
 このように江戸時代にも、政治的リーダーシップを発揮した名君や優れた医師が、感染症から多くの人びとを救ったのである。
 [河合 敦 記]
 参考文献
 深瀬泰旦著『わが国はじめての牛痘種痘 楢林宗建』(出門堂)
 緒方洪庵記念財団除痘館記念資料室編『緒方洪庵の「除痘館記録」を読み解く』(思文閣出版
 『御触書天保集成 下』(岩波書店
 酒井シヅ著『絵で読む江戸の病と養生』(講談社
 石島弘著『水戸藩医学史』(ぺりかん社
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⚡48】─2─液晶のシャープは時代遅れ的 “世界の亀山モデル戦略”で失敗し終焉を迎えた。~No.235No.236No.237 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2024年5月17日 YAHOO!JAPANニュース ダイヤモンド・オンライン「シャープはどこで間違えたのか、ついに「液晶のシャープ」終焉の要因とは?
 シャープがテレビ用液晶パネルの生産を終了すると発表した。日本国内からテレビ用の液晶パネル工場が消える。“液晶のシャープ”と名を馳せた時代から一転、経営危機に陥り、ついにかつての稼ぎ頭を手放すことになった。栄枯盛衰の歴史を振り返る。(やさしいビジネススクール学長 中川功一)
 【画像で見る】経営危機後、なぜ液晶を手放さなかったのか
● 「テレビ用液晶パネル」国内生産終了へ
 液晶のシャープ――。
 1998年~2007年に代表取締役社長を務めた町田勝彦氏は、「オンリーワン経営」「日本のものづくりを極める」といった印象的な言葉で組織を鼓舞し、液晶事業を拡大した。
 この結果、シャープは液晶技術で世界に先んじ、ソニーパナソニックと並ぶ家電のトップブランドとなった。
 そんなシャープは、パナソニックなど国内メーカーがテレビ用液晶パネルから撤退をしていく中でも、唯一、堺に建設した巨大な工場で液晶パネルの生産を続けていた。
 だが、それ以上に莫大な生産能力を持つ海外企業との競争の中で苦戦。直近では、22年度から2期連続で最終赤字に陥っていた。
 そしてついに24年5月、シャープはテレビ用液晶パネルからの生産撤退を決定したのである。
 いったい、シャープはどこで道を間違えたのか。
● 2022年、シャープは堺工場を再び傘下に
 実は筆者は、2019年に出版した著作『戦略硬直化のスパイラル』(有斐閣)で、シャープが最初の経営破綻危機に陥る14年までの歴史を分析している。
 その中では、町田氏という偉大な経営者の影響が色濃く、社長交代後も町田路線を否定することができずに、液晶の市況悪化とともに業績を悪化させていったことを指摘した。
 その後、シャープは台湾の大手エレクトロニクスメーカーである鴻海精密工業の傘下に入り、経営再建に道筋をつけた――ように思われた。
 業績不振の原因たる堺工場を切り離し、プラズマクラスターなどの技術で知られるスマート家電や、ICT機器の生産で、新たな方向に踏み出したはずだった。
 だが、よほど液晶パネルが諦め切れなかったらしい。
 22年、シャープは海外ファンドに売却していた堺工場を買い戻す。だが、この判断が結局、命取りとなる。
 22年度、シャープは堺工場の不採算が主原因で、2600億円もの最終赤字に陥った。翌年も結局赤字となり、ついに2024年、堺工場の生産停止の判断が下されることになったのだ。
 一度は決別したはずの町田・液晶路線。なぜ、シャープは再び液晶に回帰しようとしたのか。
● 売り上げの半分を占めた液晶関連事業
 その理由は、シャープのセグメント別売上高を参照すると、透けて見えてくる。
 「ブランド事業」は、シャープブランドで消費者向けに販売している製品事業だ。
 スマートライフは、いわゆる白物家電。22年度は4687億円を売り上げている。8Kエコシステムというのは、テレビ、レコーダー、ビデオカメラなどの製品だが、ほぼテレビ事業だと言ってよい。これが5918億円。ICTは通信関連機器で、3258億円だ。
 下段の「デバイス事業」とは、BtoBで企業向けに販売している部品事業だ。ディスプレイデバイスは7599億円と、全てのセグメントで最大だ。残りは、電子部品事業であるエレクトロニックデバイスが4755億円となっている。
 22年度の売り上げは2兆5481億円、その半分以上の1兆3517億円をディスプレイとテレビという液晶関連事業がつくっている。
 何のことはない、シャープは依然として、「液晶のシャープ」だったのだ。
● シャープが液晶に回帰したワケ
 さらに、22年度までの過去3年で各事業の売上高や営業利益がどう推移したかを見てみよう。当時の経営陣の目にシャープの事業がどう映っていたのかが、より一層鮮明になる。
 皆さんが経営者だったら、どの事業を有望であるとし、注力しただろうか。
 恐らく、皆さんは8Kエコシステム(液晶テレビを中心とした事業)を柱にしようと考えるのではないか。明確に売り上げを伸ばしており、利益も安定して出している様子が見て取れるのは、この事業だけである。
 町田体制と決別してスタートしたスマートライフ、ICT、エレクトリックデバイスはそれぞれに会社の将来の屋台骨とするには力不足だ。
 スマートライフはしっかり稼いでくれる事業だが、会社の未来を開いてくれる事業にはなりづらい。いわゆる白物家電だから、技術的にも大きな革新は起こりにくいし、爆発的に市場が伸びることが想定しづらいからだ。
 ICT、エレクトロニックデバイスは売り上げの規模も十分ではないし、収益性もふるっているとはいえない。
 問題のディスプレイデバイスはどうか。この事業は、打ち捨てておくには大きすぎた。
 ディスプレイデバイス事業の売り上げ規模は、他の事業を圧倒している。そのため、利益・損失の面で与える影響も大きく、この事業の成否が全社の業績を決定づけてしまう。
 手元にあるからには、この事業にこそ、経営リソースを注がねばならない。その結果として、この事業が安定的に収益を生むようになれば、経営は安定する。
 また、ディスプレイは、自社テレビに用いられる中核部品だ。テレビを今後の柱とするならば、ディスプレイを内製化し、そこから技術的な差別化やコストダウンをしていくというのは、自然にたどり着く発想だ。
 液晶テレビ事業に引っ張られるようにして、ディスプレイ――町田路線に回帰していくのは、合理的な判断の行きつく先として、この会社にとって自然な成り行きだったのである。
● 液晶以外の「希望の星」がなかった
 まとめてみよう。
 町田・液晶路線に決別した後、シャープに残ったICT・スマートライフ・エレクトロニックデバイスの各事業の中には、結局、大きく会社を飛躍させられるような希望の星がなかった。
 そんな中、依然として液晶テレビにはブランド力があり、安定的な売り上げを上げていた。かような状況の中で、再び液晶ディスプレイで勝負をしたいとシャープ経営陣が思ったとしても、それは無理からぬことだったのかもしれない。
 だとすれば、シャープのミスは、液晶ディスプレイの競争力を高められなかったことではない。
 むしろ、町田路線と決別したにもかかわらず、液晶以外の次なる有望製品を育てられなかったことが、現在の惨状を招いたといえる。
 シャープは結局のところ、“液晶のシャープ”から、脱せられなかったのだ。
 中川功一
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 5月22日 MicrosoftStartニュース ITmedia ビジネスONLiNE「衰退するシャープは「日本そのもの」か “世界の亀山モデル”が失敗パターンにハマった理由
 シャープの亀山工場はなぜ衰退したのか
 © ITmedia ビジネスオンライン
 「世界が驚く大谷翔平のショータイム」と日本中がお祭り騒ぎをしている横で、ひっそりと「世界が驚いたメイドインジャパン」が消えていくことが決まった。
 かつて「世界の亀山モデル」とうたわれた、シャープのテレビ向け大型液晶パネルの生産が2024年9月をもって終了することとなったのである。
 覚えている方も多いだろうが今から約20年前、シャープの国産液晶パネルは「世界に誇る日本のものづくりの象徴」だった。それはシャープの社史でもこんな風に自画自賛されている。
 「液晶パネルからテレビまでを一貫生産する亀山工場が稼働。日本でしかできない、世界最先端のモノづくりを実現し、ここでつくられる液晶テレビは、高品質の『亀山モデル』として人気を呼んだ」(シャープ100年史 「誠意と創意」の系譜 第10章)
 そんな「垂直統合型工場」でつくられた「世界の亀山モデル」は海外でも高く評価され、「米国では2002年上期において、2位の14.4%を大きく引き離す33.5%のシェア獲得に至った」(同上)こともある。
 ただ、本連載でも繰り返し述べているように、日本のものづくりメーカーが「わが社は世界一」と言い始める時というのは「衰退」が始まっていることが多い。
 「世界最先端」などは本来、第三者が評価すべきことだ。それをなりふり構わず自分自身で宣伝してまわる企業というのは、地道に評価を高める余裕がない。つまり、先が見通せず苦しいからなのだ。
●シャープはまるで「日本そのもの」
 シャープもご多分に漏れず経営が苦しくなっていく。垂直統合だけではやってられない、と生産した液晶パネルを海外メーカーにも外販するようになったが、それによって熾烈(しれつ)なコスト競争に突き進むこととなる。じわじわと衰退を続けるシャープは、2015年にはついに経営危機に陥り、翌年に台湾の「鴻海精密工業」の傘下に入ることとなる。
 その後、鴻海から送り込まれた戴正呉(たい・せいご)氏のもとで再建に乗り出して、2018年3月期には4期ぶりの最終黒字。2020年度決算でも最終利益が前年比3.9倍と大幅な増益となるなど「再建」を果たしたかのように見えたが、2023年3月期連結決算で買収以来初、6年ぶりの赤字へと転落した。
 そして2024年、ついに「世界に誇る日本のものづくりの象徴」であるテレビ向け液晶パネルが生産終了となったわけだ。
 こういう栄枯盛衰の流れを見ていると、つくづくシャープという会社は「日本そのもの」だと感じる。「失われた30年」で国力が衰退をしていく中で、外国人から観光やアニメが高く評価されたことで多少景気のいい話は聞こえてくるが、国力衰退には歯止めがかからない。国民の豊かさをはかる1人当たりのGDPは韓国に抜かれ、2023年にはついに台湾にも抜かれた。
 これはシャープも同じだ。「世界の亀山モデル」と自画自賛してから衰退が進むと、外国資本に買収されたことでいっときは持ち直すが、やはり衰退に歯止めがかからない。かつて「世界最先端」と胸を張ったテレビ向け液晶パネルは今や中国と韓国の「お家芸」にとって代わられた。
 では、なぜ日本もシャープも衰退が止まらないのかというと、実はどちらも同じ「失敗パターン」に陥っている。一言で言えば、「過去の栄光にしがみつくあまり、世界の急激な変化に対応できない」ということだ。
●分かりきっていた赤字転落の理由
 実は2023年3月期連結決算で、シャープが6年ぶりに赤字転落した理由は分かりきっている。それは経営危機で株の大半を手放していた、液晶パネルを生産する「堺ディスプレイプロダクト」(SDP)を、2022年6月にファンドから買い戻して完全子会社化したことだ。
 近年はSDPの業績が悪化し、減損損失を計2205億円計上。この低迷ぶりが2024年に入ってからも改善の兆しがなく、テレビ向け大型液晶パネルの生産が終了になったという流れだ。
 このSDP買い戻しという「経営判断」に対しては、かねてシャープの株主から厳しい批判が上がっていた。
 SDPは鴻海の傘下に入った時に、構造改革の一環として株の大半が手放された。つまり、シャープの業績の足を引っ張る存在だと見なされていたのだ。そこから時を経て、SDPはさらに厳しい経営環境に陥っている。
 SDP自身が公式Webサイトで「リーディングカンパニー」だと胸を張る大型液晶パネルは、世界市場では中国の京東方科技集団(BOE)や華星光電(CSOT)、韓国のサムスン電子LGディスプレイが幅を利かせているのだ。
 そこに加えて液晶パネルの市況自体も悪化。そんな最中にシャープはSDPを買い戻して完全子会社化したものだから株主は大激怒。「経営判断を誤った当時の経営陣は責任をとるべき」「これは株主への重大な裏切りではないか」と株主総会では厳しい声が続出したのだ。
●なぜシャープはSDPを買い戻したのか
 疑問なのは、なぜシャープは「SDP買い戻し」という「負けが見えている戦い」へのめり込んだのかということだろう。
 オフィシャルに語られている大義名分は「中国が米中貿易摩擦の最中にあることから(中略)SDPは米州市場向けのパネル供給において優位性が期待できる」ということだ。確かに、米国大統領選挙でトランプ氏が復権して同国が強硬に中国製品を排除した場合、BOEやCSOTの抜けた穴を、SDPが奪うというシナリオは考えられる。
 ただ、本質的なところでは、鴻海が「シャープの過去の栄光」にしがみついてしまったことが大きいのではないかと筆者は見ている。
 鴻海は買収してからも、ことあるごとにシャープというブランドを大事にすると明言してきた。売却されたシャープ本社を買い戻すと宣言してみたり、欧州でライセンスを売却していた会社から、やはりライセンスも買い戻したりするなどブランド戦略に力を入れていた。
 しかしそのような努力もむなしく、残念ながら「シャープ」というブランドの再興まで至っていない。海外の液晶パネル市場でかつてのような存在感を取り戻すこともできていない。
 そんな風に買収のシナジー効果がなかなか得られない鴻海をさらに焦らせたのが、ライバルである中国の家電大手・海信集団(ハイセンス)の動向だ。
●シャープを巡る因縁
 実はシャープは経営危機にあえいでいた2015年、米国でのテレビ自主生産・販売から撤退し、ハイセンスに「SHARP」「AQUOS」などのブランドを供与していた。それを鴻海の傘下に入ってから方針を変え、2019年にハイセンスとの契約を見直してブランドを取り戻していたのである。
 そこで鴻海としては、買収した「SHARP」「AQUOS」というブランドを1日でも早く立て直して、シナジー効果を得たいと動き出すわけだが、ほどなくして、鴻海が目指す「日本ブランド再生計画」を先に実行してしまう中国企業が現れる。
 そう、ハイセンスだ。
 これには鴻海の経営陣は焦ったはずだ。2016年に買収してからなかなか「液晶のシャープ」を復活させられないのに、ハイセンスは2018年に買収した「REGZA」の復活に成功。しかも若年層を中心に「ハイセンス」ブランドのテレビまで売れている。なんとか早く北米で結果を出さなくては――。そんな焦りが、経営陣の状況判断を誤らせて、赤字体質のSDPを買い戻すという暴挙につながったのではないか。
 もちろん、これはあくまで筆者の想像に過ぎない。ただ、このように過去の栄光や成功体験に固執するあまりに、冷静な状況判断ができなかった、というのは鴻海から送り込まれた呉柏勲(ご・はくくん)シャープ代表取締役社長も5月14日に認めている。
 「過去2年間で非常に大きな変化があり、対応が足りなかった」
 実はこれは失敗する組織の「あるある」だ。指導者層は議論と熟慮を重ねて「これがベストだ」と決断しているのだが、客観的にみると、過去の成功体験に引きずられて「変化」に背を向けていることがよくある。
●「輝かしい過去」は捨てられない
 冒頭で紹介した社史を見るといい。「日本でしかできない、世界最先端のモノづくり」と自分たちでうたっている。こんな「輝かしい過去」をそう簡単に捨て去ることができるだろうか。
 できるわけがない。そこでタイミングよく親会社の鴻海も米国市場に再挑戦せよと言ってくれる。既に中国や韓国のメーカーから大きく引き離されて、勝ち目がなくてもかつて世界を驚かした技術力こそあれば「液晶のシャープ」を復活できるはずだ――。そんな「勝機」が見えていたのかもしれない。
 このような失敗から立ち直るには、呉社長が述べたように「変化に対応する」しかない。液晶パネルを生産停止後、SDPはインド有力企業に技術支援をしたり、AIデータセンター関連などへの事業転換を図ったりするという。鴻海もシャープの黒字化を支援するため、次世代通信やAIの分野で協業を深めていくことを表明している。
●そろそろ本気で「世界の変化に対応」すべき
 これは前にも述べたようにそのまま日本にも当てはまる話だ。
 インバウンドや外国人労働者という「国外の力」によってどうにか持ち堪えているが、国力衰退に歯止めがかからないのは、われわれの社会がこの期に及んで「昭和の成功体験」を引きずって変化に対応ができていないからだ。いつまでたっても、裏金や利権など昭和から延々と続く政治システムや、「大企業春闘で賃上げムードを盛り上げる」などと中小企業が99.7%を占める日本経済にそぐわない経済政策から脱却できない。
 中国や韓国や台湾にさまざまな分野で抜かされても、「なんやかんやいって日本の技術力のほうがスゴいだろ、最近はアニメとか大谷翔平とかも世界で絶賛されているし」なんて呑気なことを言っている人も少なくない。要するに、「成功体験」にとらわれて冷静な判断ができていない状態だ。
 そろそろ「日本スゴい」の成功体験を忘れて、「日本ヤバい」という変化に対応していかないと、日本全体が、海外資本に助けられないと存続できないシャープのようになってしまうのではないか。
 (窪田順生)
   ・   ・   ・   

🐡12〗─1─首都直下地震の被害総額1001兆円と復興財源数百兆円。〜No.44No.45No.46 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 大災害が襲う日本とは、少子高齢化による人口激減、財政赤字2,000兆円以上、日本経済の低迷などによる国力を衰退させている劣化した日本である。
 衰退した日本では、災害復興を自国だけでは成し遂げられない為に、アメリカ・イギリスなど自由・民主主義諸国に頼るのか、中国共産党政府など権威主義全体主義諸国に依存するかで、第三の選択肢はない。
   ・   ・   ・   
 2024年5月19日 MicrosoftStartニュース AERA dot.「首都直下地震の被害総額「1001兆円」国家滅亡にも等しい「地獄絵」 仮住まい困難で都民の13人に1人が行き場なし
 野村昌二
 首都直下地震の被害総額「1001兆円」国家滅亡にも等しい「地獄絵」 仮住まい困難で都民の13人に1人が行き場なし
 © AERA dot. 提供
 首都直下地震が起きた時、経済と資産の被害総額が1001兆円に上るという試算が出た。仮設住宅やみなし仮設不足も浮き彫りに──。AERA 2024年5月20日号より。
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 年間の国家予算の10倍近い金額に上る。
 1001兆円──。
 首都直下地震が起きた時、復興までの20年間の被害総額だ。土木学会が3月に公表した。
 「建物の直接的な被害に加え、交通網の寸断で生産施設が止まり、損失が膨らみました」
 今回の報告書を取りまとめた同学会小委員会で委員長を務める、京都大学大学院の藤井聡教授(都市社会工学)は言う。
■全国各地で失業と貧困
 土木学会は土木・建設業の関係者、研究者などで組織される。2018年にも、阪神・淡路大震災(1995年)の復興に関するデータをもとに経済的被害は計778兆円に上るとの推計を公表していた。今回、東日本大震災(11年)のデータを踏まえ、最新の科学技術に基づき約1年半かけて計算し、報告書にまとめた。
 1001兆円の内訳は、道路や港湾の被災による経済活動の低迷によるGDP国内総生産)の損失を示す「経済被害」が954兆円、住宅被害などの「資産被害」が47兆円。
 その他、国や自治体の財政的被害として、復興事業費が353兆円かかり、税収が36兆円減少し、財政赤字が計389兆円に上るという。
 藤井教授は、国家滅亡にも等しいこの「地獄絵」を真剣に受け止める必要があると語る。
 「首都圏の多くの企業は倒産し、失業者と貧困者が溢れ、直接的な被害を受けるのは首都圏です。しかし、経済機構が集中する首都圏の経済産業が甚大な被害を受ければ、そうした企業と関連する各地の企業も連鎖的に倒産し、全国各地に失業と貧困が拡大していくことになります」
 今後30年以内に70%の確率で首都圏を襲うとされる「首都直下地震」。地震の規模を示すマグニチュードは7.3。最大震度は7。被害は多岐にわたるが、いま新たな課題として浮き彫りとなっているのが、仮設住宅の不足だ。
 首都直下地震の被害総額「1001兆円」国家滅亡にも等しい「地獄絵」 仮住まい困難で都民の13人に1人が行き場なし
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■13人に1人が「困難者」
 「東京だけでおよそ59万世帯、112万人が、都内では、公園や運動場などにつくる『仮設住宅』にも、アパートなど民間の賃貸住宅を借り上げる『みなし仮設』、さらには自分の資金で賃貸住宅の空き家を探しても入ることができなくなります」
 こう話すのは、『災害対応と近現代史の交錯』の著書がある、専修大学佐藤慶一教授(都市防災)だ。
 佐藤教授は、国の被害想定や住宅統計データなどを組み合わせ、首都直下地震が起きた際、東京都(島しょ部を除く)でどれくらいの「仮住まい困難者」が生まれるか、都の被害想定や国の統計を用いて試算した。
 その結果、最悪の場合、「全半壊・焼失」が都内全体で112万世帯に上った。これに対し、自治体が用意できるプレハブの仮設住宅は4万戸、みなし仮設を含めた賃貸住宅空き家が49万戸で、計53万戸分。全半壊世帯数から利用できる仮住まい数を引くと、59万世帯の住民が、仮設住宅も賃貸住宅も確保できない「仮住まい困難者」になることがわかった。59万世帯を人数に換算すると、約112万人。実に、都民の13人に1人が行き場をなくすことになる。
 最も多いのは足立区の18万2千人、次いで江東区大田区でいずれも15万9千人、世田谷区の15万6千人。こうした場所は、地震の揺れや火災による被害が多い場所だという。
 約100年前の関東大震災でも大勢の人が家を失った。当時の東京市の人口約255万人のうち、6割にあたる150万人が家を失い、同市外に避難した人は約100万人に及んだ。ただ当時は、東京に住む人は地方に実家がある人が多く、そこに避難することができた。
 しかし今は、地方に「故郷」を持たない人は少なくない。しかも、知らない土地に移り住む「疎開」は、仕事や子育て、地域とのつながりなどの関係で、簡単ではない。かといって仮設住宅やみなし仮設、自力で賃貸空き家に入居するにも限界がある。被災した危険な自宅での生活を余儀なくされる人が膨れ上がるだろうと、佐藤教授は見る。
 「住む場所が被災する可能性を知り、自分たちに何ができるか考えることが必要です」
■適切な財政投資が必要
 そして、「仮住まい不足の深刻な状況をイメージすると、住宅被害を軽減することがいかに重要か気づく」と言い、こう説く。
 「改めて、自宅の耐震化や、火災になった場合の初期消火のための消火訓練が重要です。分譲マンションの場合は、被災時の修理や建て替えなど合意形成の難しさが指摘されています。まずは、居住者の『連絡リスト』を整えておくことも大切でしょう。自治体は、仮設住宅など今できる対応を確実に運用できる準備に加えて、大量の仮住まい不足に対する追加的な検討や準備が求められると思います」
 京都大学大学院の藤井教授も、対策の必要性を強調する。
 「事前の対策をしっかり取ることで、首都直下地震の被害を約4割減らすことができます」
 関連するビデオ: 今後の大規模地震は? 日本地震予知学会の会長に聞く“警戒エリア” (テレ朝news)
 今後の大規模地震は? 日本地震予知学会の会長に聞く“警戒エリア”
 具体的には港湾や漁港の耐震強化や、住宅を震度6強から7の揺れでも倒壊しない「新耐震基準」を満たすよう建て替えること。中でも重要だというのが「道路」だ。元日に起きた能登半島地震でも、主要道路が被害を受け、一部地域で外部から救援救護ができない「孤立化」が生まれた。道路が強靱であれば災害による被害は小さく、復旧のスピードも速くなる。とりわけ首都圏は、道路が壊れると経済活動がストップする。高速道路や自動車専用道路といった高規格幹線道路を整備し、無電柱化を進め、橋梁の耐震補強が必要だという。
 「こうしたインフラの事前対策に公的支出として21兆円以上かけることで、復興年数を5年ほど縮めることができ、954兆円とされる経済被害のうち369兆円、およそ4割縮小できます」
 さらに、21兆円の投資によって既述した計389兆円の財政赤字も、復興費が137兆円、税収の減少が14兆円それぞれ圧縮され、計151兆円の財政効果があると、藤井教授は言う。
 「21兆円という数字だけ見ると、そんな巨額な投資はできないと思うかもしれません。しかし、被害総額1001兆円に比べれば、桁が二つも違います」
 長い目で見れば、防災投資は費用対効果が高く、国民経済が救われ、財政健全化の効果もあるとして、こう続ける。
 「リスクがある社会において、適切な防災投資は財政健全化のために必要。しかも、私たちの命が救われ、職場も街も経済も守られます」
 (編集部・野村昌二)
 ※AERA 2024年5月20日号より抜粋
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🐡11〗─1─巨大地震と富士山噴火で「日本の国力」が一気に低下する〜No.41No.42No.43 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 巨大災害は、少子高齢化の人口激減、財政赤字2,000兆円以上、経済低迷と貧困化などで国力が衰えた日本を襲う。
 深刻な問題は、災害直後の被害ではなく長期化する復興事業への影響である。
 現代の日本人は、自然災害の本当の怖さから逃げている。
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 2024年5月18日 MicrosoftStartニュース 現代ビジネス「巨大地震と富士山噴火で「日本の国力」が一気に低下する
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 2011年3月11日、戦後最大の自然災害となる東日本大震災が発生した。あれから13年、令和6年能登半島地震をはじめ何度も震災が起きている。
 しかしながら、これから起きうる大きな自然災害(首都直下地震南海トラフ巨大地震、富士山噴火)について本当の意味で防災意識を持っている人はどれほどいるだろうか。
 もはや誰もが大地震から逃れられない時代、10刷ベストセラーの話題書『首都防衛』では、知らなかったでは絶対にすまされない「最悪の被害想定」が描かれ、また、防災に必要なデータ・対策が1冊にまとまっている。
 (※本記事は宮地美陽子『首都防衛』から抜粋・編集したものです)
 災害は「連動」する
 地震大国といわれる日本だが、生活する人びとの危機意識はどんどん薄くなっていく。
 〈国や自治体は、それぞれの大地震や富士山噴火といった被害想定・避難計画の検討を重ねる。
 だが、はたして一つひとつは「単体」として起きるだけなのか。
 富士山の噴火は、南海トラフ巨大地震との連動が指摘される。
 そして、南海トラフ巨大地震の前後には首都直下地震が発生し得ると警鐘を鳴らす専門家にも私は出会ってきた。
 とはいえ、それらを総合的に想定したものは我が国には存在していない。〉(『首都防衛』より)
 自然災害
 富士山の噴火が襲ってくると…
 大地震の襲来だけではない。
 〈2023年3月には山梨、静岡、神奈川の3県と国などがつくる協議会が富士山の噴火を想定した新たな避難計画を公表した。
 避難の対象地域を6つのエリアに分け、気象庁が噴火警戒レベルを引き上げた場合などの対策を盛り込んでいる。
 ある総務相経験者は「二つの大地震に加えて、富士山の噴火が我が国を襲えば国力は大きく減退する。明日、生じるかもしれないと思って対策と準備を進めるべきだ」と危機感を強める。
 今、国や自治体は巨大災害への備えに本気で向き合おうとしている。〉(『首都防衛』より)
 『首都防衛』では、不気味に眠り続ける富士山と地震は連動するのか、危機襲来時はどのように行動すべきか、についても詳しく分析している。
 つづく「『まさか死んでないよな…』ある日突然、日本人を襲う大災害『最悪のシミュレーション』」では、日本でかなりの確率で起こり得る「恐怖の大連動」の全容を具体的なケース・シミュレーションで描き出している。
 関連するビデオ: 今後の大規模地震は? 日本地震予知学会の会長に聞く“警戒エリア” (テレ朝news)
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🍞12〗ー1ー農薬大国日本。世界中で問題視されている国産食品の不都合な真実。~No.48No.49No.30 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2024年5月16日 YAHOO!JAPANニュース マネーポストWEB「【国産食品の不都合な真実】世界中で問題視されている農薬が日本で堂々と使われる背景 食品添加物も世界と比較して規制が甘い現実
 生麺や餃子の皮に使われる保湿剤の「プロピレングリコール」は海外で使用に規制がかけられている(イメージ)
 4月2日、台湾のメディアは日本から輸入したいちご約472kgとキンカン約102kgの残留農薬が規定値を超えていたとして、すべて廃棄または積み戻しすることを発表した。国内でも、2月に福島県産の小松菜が、3月には高知県産のにらが、残留農薬の規定値を大幅に超過していたとして回収されている。
 【表】海外で使用禁止の国もある食品添加物
 現在、日本で認可されている農薬は4000種類以上に及び、使用量も世界的にみてトップクラスだという。国産食品が安心・安全を標榜するブランドだったのはいまや昔。われわれが気づかぬうちに、警戒すべき“危険食品”になり始めているのだ。【国産食品の不都合な真実・前後編の後編。前編から読む】
 農薬が多い作物は病気になりやすい
 世界各国が危険視しているにもかかわらず、日本では漫然と使用されている農薬のひとつとして、『本当は危ない国産食品』の著書があるジャーナリストの奥野修司さんは、除草剤「グリホサート」をあげる。
 「アメリカでは健康被害に関する訴訟がいくつも起きており、今年に入ってからも、グリホサートでがんになったと主張する人に対して、企業側に約23億ドルの支払いを命じる評決が出ました。日本では一部の団体が残留基準の見直しを要請しているものの使用規制はありません」
 日本が“寛容”なのは基準値だけに留まらない。立命館大学生命科学部教授の久保幹(もとき)さんが解説する。
 「農薬の扱いについても、諸外国よりかなり緩い。例えば塩素系の殺虫剤『クロルピクリン』はアメリカでは扱える人が限られているうえ、防護服に専用のマスクをつけてまくことが義務付けられていますが、日本では現状、厳しい制約なしに使うことができる。それゆえ使用法を誤って救急車で運ばれたり、命を落とすような事故も起きています」(久保さん・以下同)
 農薬まみれの作物は、外からの害にも弱い。
 「私たちの調査によって、農作物全体から抗酸化物質である『ファイトケミカル』が減っていることが明らかになっています。
 植物がファイトケミカルを作るのは、害虫などから身を守ることが目的であるため、農薬によって駆逐されれば生成する必要がなくなります。しかし、ファイトケミカルの少ない農作物は病気になりやすく、収穫後も腐りやすい。給食の国産小麦から基準値を超えたカビ毒が検出されたのも、農薬や化学肥料で育ったことも一因と考えられます」
 農作物をも弱らせ、世界中で問題視されている農薬が、なぜ日本では堂々と使われているのか。
 「日本における農業の発展は、農薬を作る化学メーカーのバックアップなしには実現しなかった。官民一体となって成長してきており、切っても切れない関係です。加えて、いちごやメロンなどにブランド名をつけて出荷するためには、定められた農薬を規定通りに使う必要があるのです。
 加えて日本人は見た目が整った虫のついていない野菜や果物を好む傾向にあり、有機栽培であっても形の悪い農作物には買い手が付きづらい。消費者のニーズに応えるためにも農薬が必要と考える作り手も少なくありません」
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 農薬大国日本って本当!?
 今雑誌などで特集している、「農薬大国日本」について調べました。
 世界で一番安全な作物をつくっている国はどこか。少なくともそれは日本ではない。拓殖大学国際学部教授の竹下正哲氏は「日本の農薬使用量は中国並みで、世界有数の農薬大国。と本に書いてあります。
 FAO(国連食糧農業機関)の統計によると、中国の農薬使用量は、農地1haあたり13kgという世界トップレベルの数値だ。だが、実は日本も11.4kgの農薬を使っており、中国とほぼ変わらない。日本も中国に劣らず、世界トップレベルの農薬大国なのだ。
 実はアメリカはずっと少なく、日本の5分の1しか使っていない。ヨーロッパ諸国も日本より低く、イギリスは日本の4分の1、ドイツ3分の1、フランス3分の1、スペイン3分の1、オランダ5分の4、デンマーク10分の1、スウェーデン20分の1となっている。EUは政策により意図的に農薬を減らしています。
 日本人の多くは「国産が一番安全」、そう信じていることだろう。しかし、それは間違った神話なのかもしれません。少なくとも、統計の数字だけを見るならば、日本は中国と並んで世界でも有数の農薬大国ということになる。農薬漬けと言ってもいい。アメリカの4倍以上、ヨーロッパの3〜20倍以上を使っています。
 近年、これまでに見られなかったような子どもの健康問題が危惧されています。 アレルギー、喘息など免疫疾患、肥満、糖尿病など代謝・内分泌系の異常、脳の発達に何等かの障害のある子どもが急増していることは、環境省の調査で確認されています。
 農薬使用量の多さと相関していると考えられるグラフがある。それが、発達障害の有病率を表したグラフだ。こちらも、日本と韓国がダントツのトップ。驚くべきことに、農薬の使用量と、発達障害の発生率は、関係している可能性が極めて高いのである。
 近年、EUで、ミツバチの大量死の原因として、使用が禁止された農薬がある。それが、イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムといった、ネオニコチノイド系農薬だ。
 このネオニコチノイド系農薬が、ミツバチだけでなく、人体に対しても影響を及ぼす、特に発達障害の原因となるという説を提唱しているのが、環境脳神経科学情報センター代表で、『発達障害の原因とメカニズム:脳神経科学の視点から』を上梓した、黒田洋一郎氏である。
 ヨーロッパの知り合いから聞いた話ですが、日本に渡航する際、このようなパンフレットを渡されたそうです。
 「日本へ旅行する皆さんへ。日本は農薬の使用量が極めて多いので、旅行した際にはできるだけ野菜を食べないようにしてください。あなたの健康を害するおそれがあります」と書いてあったそうです。
 「自分たちの体は自分たちで守る時代です」
 当店は、農家さんの顔が見える安心・安全な無農薬のお米や減農薬のお米を販売しています。明るい未来のためにも食の安全を見直してほしいと考えています。
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 PRESIDENT Online
 ビジネス | 『日本を救う未来の農業』
 #関税 #野菜
 2020/01/21 9:00
 「国産が一番安全だ」と妄信する日本人の大誤解
 日本は世界トップレベルの農薬大国
 竹下 正哲
 拓殖大学国際学部教授
 世界で一番安全な作物をつくっている国はどこか。少なくともそれは日本ではない。拓殖大学国際学部教授の竹下正哲氏は「日本の農薬使用量は中国並みで、世界有数の農薬大国。日本の農業は長期間の『鎖国』で、すっかり農業後進国になってしまった」という――。
 ※本稿は、竹下正哲『日本を救う未来の農業』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
 日本人は日本の農業を誤解している?!
 「日本の農業問題」というキーワードを聞いて、みなさんはどんなことを思い浮かべるであろうか? 農家の高齢化、担い手不足、農家の減少、耕作放棄地、低い自給率、衰退産業……。そういったキーワードが思い浮かぶのではないだろうか。ニュースなどを見ていると、必ずこういった論調で、危機が叫ばれている。
 しかし、実は高齢化や農家の減少、耕作放棄地、自給率などの問題は、どれもまったく問題ではない。少なくとも、どれも解決可能であり、表面的なことにすぎない。むしろ問題の本質はまったく別のところにある。というのも、その問題の本質に取り組むことができたなら、高齢化や農家の減少、耕作放棄地などの問題はひとりでに解決に向かうからだ。
 では、その問題の本質とは何か、を一緒に考えてみたいと思う。
 最初にみなさんに伺いたいのは、「世界で一番安全な作物をつくっているのは、どの国だろうか?」という問いである。裏返すと、「世界で一番危険な作物をつくっているのは、どの国だろうか?」という質問に変わる。
 もちろん、何をもって危険とするかについては、人によって違うだろう。確固たる基準が存在するわけではないが、ここでは、仮に「農薬(殺虫剤、殺菌剤、除草剤など)をたくさん使っている作物ほど危険」という基準から見てみることにしよう。一番農薬を使っている国はどこだろうか?
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 2021.07.20
 何年経ってから障害が…“農薬大国”日本の現実「見えない毒性」から身を守るためには? 「奥野修司/文春オンライン/2021年3月12日公開」をチェック!
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