📉7】─1─世界に冠たる日本の教育は昔の話で現代では破綻している。~No.12No.13 ② 

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 2022年9月22日 MicrosoftNews RskutenNewsinfoseek「世界に冠たる「日本の教育」が粉々に、幼稚園バス死亡事故の背後にあるもの―華字メディア
 華字メディア・日本華僑報は21日、「幼稚園バスの園児死亡事故の背後にあるもの」とする記事を掲載した。著者は蒋豊編集長。
 華字メディア・日本華僑報は21日、「幼稚園バスの園児死亡事故の背後にあるもの」とする記事を掲載した。著者は同メディアの蒋豊(ジアン・フォン)編集長。
 5日、静岡県牧之原市の認定子ども園・川崎幼稚園に通っていた3歳の河本千奈ちゃんが通園バスに5時間余りにわたって置き去りにされ、熱射病で死亡した。
 記事は、「世論の圧力を受け、幼稚園は事件後に記者会見を行った。社会に対してはぎりぎりの形式的な説明をしたことになるが、事件の悪質さは世界で認知されている良質で愛のある日本の就学前教育という隠れみのを粉々にしてしまったと言えるだろう」とし、「実は、日本で(今回のような事件が起こるのは)初めてではない」と指摘。過去に大阪、埼玉、福岡などの幼稚園でも児童が取り残される事件・事故が起きており、さいたま市のある認可保育施設では、2019年と2021年の2度にわたって園児を通園バス内に置き去りする事故が起きていたことを紹介した。
 記事は、「これまで“優等生”とされてきた日本の就学前教育の華やかな見掛けの裏にどのような『忘れ去られた片隅』があるのか、疑問に思わずにはいられない」として、日本の就学前教育が抱える問題点を挙げた。
 第一に、「慢性的な人手不足が日本の就学前教育の安全の質を侵食している」とし、事件当日は人手不足により、幼稚園の理事長兼園長が臨時で幼稚園バスを運転していたことに言及。「理事長が臨時運転手をしていたことがネット上で話題になり、人手の確保をめぐり非難や懸念の声が上がっていた」と述べた。
 車内の安全装置などを手掛ける商社・三洋貿易が幼稚園・保育園で送迎を担当する職員267人を対象に行った調査で、全体の7.9%に当たる21人が「バスに園児を残したまま車を離れたことがある」と回答したほか、その原因について70%が「担当者や職員の意識が低いから」、50%が「人手不足だから」と回答していた。
 記事は、「日本では、入園できずに待機しなければならない児童の問題が国家レベルの厄介な課題となっており、高齢化、少子化を背景とした労働力不足、就学前の施設の人手不足の悩みを色濃く反映している。そして、幼稚園バスに幼児が置き去りにされ死亡するという事件は『人手不足』の一つの側面である」と述べた。
 第二に、「責任意識の希薄さと有効な仕組みの欠如という“2つの甘さ”」を指摘。警察の調査によると、川崎幼稚園は登園、朝の会、クラス活動、給食の少なくとも4回は千奈ちゃんの不在を確認する機会があったが1回もしなかったという。
 記事は、「多くの保護者が批判しているように、最も基本的で簡単な乗降者数の確認を車に付き添うスタッフが逐一行っていれば、このような悲劇はきっと起こらなかったはずだ。日本の幼稚園バスで同種の事件が何度も発生しているのは、肝心のスタッフの責任感のなさを反映している」と述べた。(翻訳・編集/刀禰)」
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🐞10〗─1─プーチンが“すべて暴露”した「地球環境問題」と「脱化石燃料」の不都合すぎる真実。~No.34No.35No.36 

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 2022年9月23日 MicrosoftNews 現代ビジネス「プーチンが“すべて暴露”した「地球環境問題」と「脱化石燃料」の不都合すぎる真実
小島 健輔
 ロシアによるウクライナ侵攻で1989年来の束の間の平和が崩れて東西冷戦に逆戻りし、グローバル化のボーナスがことごとくオーナスに転じたばかりか、西欧消費国側が仕掛けた脱化石燃料のリープフロッグ謀略もパラドックスと化した感がある。
 いまや温暖化など環境問題の解決に向けた脱化石ブームのウラで起きていた“不都合な真実”がすべてめくられた――。では、誰が何のために何をしていたのか。そんな世界中にはりめぐされた「複雑系の因果関係」をレポートするのが、流通ストラテジストの小島健輔氏だ。
 不都合な真実を暴露した photo/gettyimages© 現代ビジネス 不都合な真実を暴露した photo/gettyimages
 インフレとカントリーリスクが世界を席巻
 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、1989年11月9日の東西ベルリンの壁崩壊に発する東西冷戦の終結という現代史における束の間の平和をいとも簡単に葬り去った。
 プーチンが開いたパンドラの箱には、東西冷戦終結以来、溜まりに溜まった東西間・南北間・貧富間・先進消費国対後進資源国の格差と矛盾が詰め込まれていた。
 33年間にわたって世界が享受して来たデフレと経済成長というグローバル化のボーナスが一瞬にして急激なインフレとカントリーリスクというオーナスに転じ、西欧消費国側が化石燃料供給国側(OPEC+ロシア)に対して仕掛けた脱化石燃料というリーフプロッグ謀略のプロパガンダも同時に崩れた。
 ウクライナ戦争がロシアと西欧諸国(NATO)の代理戦争と化して総力消耗戦となり、化石燃料と火薬の大量消費で二酸化炭素が爆発的に発生している。
 兵器とインフラの消耗で巨大な有効需要が生まれているのは、正しく戦争が即効的な有効需要政策であることを実証しており、西欧消費国側が仕掛けた化石燃料インフラの強制償却というリープフロッグ謀略の必要性にも疑問符が付いた。
 西欧消費国側は償却するはずの化石燃料インフラに頼るか原発に頼るかの選択を迫られており(日本も同様)、脱化石燃料のリープフロッグ謀略はパラドックスと化した感がある。
 ※リープフロッグ(カエル跳び)現象…インフラ蓄積の薄い新興国は償却負担が軽く、技術革新による設備更新が加速度的に進むこと。固定電話網の普及以前に携帯電話が普及し、ATMの普及以前にスマホのネット決済が普及した中国の事例が引き合いに出されることが多い。
 地球温暖化はリープフロッグのプロパガンダ…?
 西欧消費国側が仕掛けた二酸化炭素を元凶とする地球温暖化説は、化石燃料文明の既存インフラを全面償却して、クリーンエネルギー文明を構築する巨額投資で停滞する西欧経済を活性化せんとする世紀のリープフロッグ大謀略だった。
 産業革命以来のインフラ蓄積の厚い西欧消費国は途上国のようなリープフロッグ現象が期待できず、戦争に匹敵する大規模な既存インフラ償却という有効需要政策を必要としていた。
 リーマンショックに対策して先進各国の中央銀行が大量供給した低金利資金も大半がBRICsに流れ、中国やインド、ブラジルやロシアの急激な経済成長をもたらして習近平プーチンの権力獲得に貢献し、今や西側世界はその清算を強いられている。
 「SDGs」の大合唱のウラで…
 もとより地球温暖化説も二酸化炭素元凶説も科学的裏付けの怪しいプロパガンダであり、気候学者や地質学者など専門家の多くは疑念を呈している。
 地球温暖化説は時間の物指し次第で逆(寒冷化)とも取れる未検証な説で、数十年というレンジでは温暖化に見えても数千年というレンジでは顕著に寒冷化しており、最終氷河期終了(1万1600年前)以来の最暖期だった8000年前に比べると平均気温は2度から3度、水面も4〜6メートル低下している。
 二酸化炭素元凶説も産業革命以降の工業発展によるものではなく8000年前の焼畑農耕に発すると見る学者も多く、生態系が繁栄するにも一定レヴェルの二酸化炭素濃度は必要だ。
 地球史を振り返れば現在の二酸化炭素濃度は低く、生態系を活性化させ自然の自浄力を高めるには現在より多少高い方が望ましいという見方もある。
 科学的には怪しい二酸化炭素元凶地球温暖化説がSDGsの潮流に乗って西側世界の大合唱となっていったのは、行き詰まった西欧文明を既存インフラの強制償却によって再生せんとする政財界の利害が一致したからで、敢えて逆らうメリットは学者や化石燃料資本などに限られたからと思われる。
 ICEV(内燃機関動力車)からEV(電気動力車)へ全面転換することが社会全体のエネルギー効率を高め環境を改善するか冷静に検証すれば極めて怪しいが、トヨタ自動車など現実を見た理性の声もポピュリズムの大合唱にかき消されつつあるのが現実だ。
 欧米のポピュリズムがどれほどのものか、ディーゼル信仰から一転してのEV信仰は検証なきカルトと言っても良いだろう。
 脱化石ブームとは何だったのか photo/iStock© 現代ビジネス 脱化石ブームとは何だったのか photo/iStock
 分断と対立には誰にもメリットが無い
 現代史を振り返れば、第二次大戦の荒廃からの復興ボーナス(人口増とインフラ再建)が73年のオイルショックで終わって停滞期に入り、89年のベルリンの壁崩壊を契機とするグローバル化ボーナス(コストダウンと市場拡大)で新たな発展を享受したものの、08年のリーマンショックを契機に先進国経済が伸び悩む一方、BRICs諸国は爆発的に成長して力関係が激変した。
 世界市場は拡大を継続したもののグローバル化はインフレ輸出というオーナスに転じ、コロナとウクライナ侵攻で分断と対立の東西冷戦に逆戻りし、劇的なインフレとカントリーリスクというオーナスが西欧諸国に繁栄の清算を強いている。
 そんな中で化石燃料文明のインフラを強制償却してクリーンエネルギー文明を構築するというリープフロッグ大謀略は過ぎた重荷となり、専制国側に加えてOPECなど産油国側も対立関係に追いやるリスクとコストに耐えなくなった。
 消耗する大国
 ウクライナ侵攻のNATOによる代理戦争化、経済制裁と資源制裁の応酬でロシアもNATOも消耗しており、西欧側は化石燃料文明のインフラを強制償却する必要も余裕も失ったのではないか。
 © 現代ビジネス ウクライナの悲劇は終わっていない photo/gettyimages
 ロシアや中国など専制国VS.米国を軸とする西欧先進国という対立の構図はインフレとカントリーリスクが増大するだけで、化石燃料インフラを強制償却する余裕が無くなった以上はどちらにもメリットが無い。
 一刻も早くウクライナに平和が戻って再び世界にデタントが訪れ、分断と対立の構図が解消されることを願うばかりだ。
 さらに連載記事『レジ袋有料化は「エコ」じゃない…? 日本人は知らない「不都合な真実」』では、日本で巻き起こった“レジ袋有料化”の不都合な真実についてレポートしよう。
 (株)小島ファッションマーケッティング代表 小島健輔」
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⛻24〗─1─築城名人の藤堂高虎の築城術は世界とつながっていた。~No.103No.104No.105 

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 2022年9月19日 YAHOO!JAPANニュース GQ JAPAN「日本の城の到達点を示す徳川幕府の城は、藤堂高虎を通じて世界とつながっていた──世界とつながっている日本の城 第19回
 二条城も正方形を基準にした単純な縄張り(東南隅櫓と東大手門)。
 “築城三名人”と呼ばれた藤堂高虎。彼の功績をあらためて振り返る。
 【写真を見る】ディテールをチェック!
 鉄砲伝来によって大きく変わった日本の城
 天文元年(1543)、大隅国(鹿児島県)の種子島に漂着した異国船に2人のポルトガル人が乗っていた。島主の種子島時尭は彼らが所有していた2丁の鉄砲を入手し、家臣に操作法と製法を学ばせた。歴史の教科書でもおなじみの鉄砲伝来である。
 伝来した年代については諸説あるほか、これより前に鉄砲は伝わっていた可能性も指摘されているが、細かい話はともかく、戦国時代の日本に鉄砲が伝わった影響はきわめて大きかった。それまでの日本では、戦争に使われるのは槍や弓が中心だった。とはいえ弓矢は使いこなすには訓練が必要なのに対し、鉄砲は遠距離から敵を狙え、あまり訓練しなくても使えて、殺傷力が弓矢の比ではない。
 あるものが有効だとわかったときの日本人の対応力には、目を見張るものがある。戦国時代の中期から後期で、大規模な合戦が相次いだ時期だったため、大名たちは鉄砲の製造や確保を急ぎ、たちまち日本各地で使われるようになり、その間にいったい何十万丁が製造されたのかわからない。日本に存在した鉄砲の数は、当時のヨーロッパのどの国が保有していた数より多かった、という説まであるほどだ。
 こうして、戦法も兵の一騎打ちから、鉄砲隊をそろえた集団戦法へと変わっていった。有名なのは天正3年(1575)の長篠の合戦で、織田信長が日本で初めて大量の鉄砲を組織的に使って、武田の騎馬軍団を壊滅させた。もっとも近年は、信長が大規模な鉄砲隊を組織したのは事実でも、それは決定的な勝因ではなかったという説が有力視されているが、戦術が大きく変化したことはまちがいない。
 当然、城の築き方も変わる。戦国時代の中ごろまでは、城といえば、守りやすくて攻めにくい山城が中心だった。しかし、当時の火縄銃は鉛弾を銃口から入れる仕組みで、山の上から敵に銃口を向けると弾が落ちてしまうので攻撃できない。
 それに、鉄砲を中心に据えた戦いでは大兵力が有効なので、多くの兵站を収容できるスペースと、それを囲む広い堀や高い石垣こそ役に立つ。石垣による防御線も、複雑に折れ曲がっているよりは直線的なほうが鉄砲で攻撃しやすい。このため、比較的まっすぐな塁上に土塀や多門櫓などを築き、壁面に鉄砲を撃つための狭間が設けられるようになった。
 一方、鉄砲で攻撃されることを考えると、塀や櫓の壁を厚くする必要がある。また、広い堀や高い石垣は、敵を寄せつけなくても、門から簡単に侵入できるようでは仕方がない。そこで、敵がまっすぐ侵入できないように、門に非常に凝った防備をほどこすようになっていった。
 いま各地で目にする近世城郭の多くは、こうして鉄砲の使用を前提に、急速かつ大規模に変化したのちの城だ。つまり、日本の城は鉄砲を通して「世界とつながった」ために、われわれが通常、城といわれて思い浮かべるような姿になったといえる。そして、こうしたスタイルを導入し、完成させたのが、築城の名人として名高い藤堂高虎(とうどう・たかとら)だった。
■長崎と朝鮮半島で学んだ藤堂高虎の築城術
 高虎といえば、7人の主人に仕えた変節漢と揶揄されることもあるが、外様大名でありながら晩年の徳川家康が最も信頼を寄せた人物でもあった。その高虎が築城の名人となるに当たって重要だったと思われるのが、以下の2つの「世界とつながる」経験だ。
 ひとつは天正15年(1587)。九州平定を終えた豊臣秀吉は、6月19日に突然、伴天連追放令を発布し、カトリックの宣教師たちに20日以内に国外へ退去せよと命じた。このとき秀吉は、イエズス会に寄進されていた長崎などを接収する役を負った上使として、弟の秀長の家老だった高虎を長崎に派遣。高虎はそこで毎日、夜話会を開いては外国人も呼び、西洋の新知識を吸収し、西洋の城のありようについても学んだようだ。
 もうひとつは文禄元年(1592)の朝鮮出兵である。壱岐船奉行を命ぜられた高虎は、輸送船団の指揮と護衛、補給線や基地の警備にあたり、李舜臣の船団に攻撃されて被害を受けた。さらには慶長2年(1597)にふたたび出兵した際には陸上戦にも参戦し、加藤清正の救出にも貢献した。この実戦経験で水軍技術を学んだうえ、築城技術をたしかなものにしたと思われる。
 そして、高虎は徳川家康、続いて二代将軍秀忠や三代将軍家光からも厚い信頼を得て、徳川幕府による築城を一手に引き受けることになる。江戸城の縄張りを任されたほか、豊臣家を包囲するために徳川家の命で築かれた丹波篠山城兵庫県)や丹波亀山城京都府)を設計した。名古屋城(愛知県)にも関わり、二条城(京都府)も担当し、豊臣家が滅ぼされたのちに、徳川大坂城大阪府)を縄張りしたのも高虎だった。それは豊臣大坂城に盛り土をしたうえで、はるかに高い石垣と広い堀で囲んで築かれた。
 ということは、鎖国政策を推し進めた徳川幕府による城は、高虎の「世界につながる」経験と識見を土台に築かれている、という皮肉な話にもなる。そして、高虎が「高虎流」というべき築城術の原型を構築したと考えられるのが、慶長7年(1602)に着工された今治城愛媛県)だった。
■正方形をベースに高石垣と広い堀で囲んだ高効率の城
 今治城は海岸部に築かれ、堀には海水が引き入れられた海城で、いまも堀にはコイではなく、タイやボラが泳ぐ。本丸と二の丸からなる主郭部は、ほぼ正方形に近いかたちで、広いところは60メートル近い広大な内堀で囲まれている。かつてはさらに中堀、外堀が囲んでいて、いずれも正方形が基準の単純な構造だ。
 正方形を基準にした縄張りは、丹波篠山城や二条城、そして名古屋城にも継承され、徳川家が平地に城を築く際のスタンダードになった。要は先述したように、構造はむしろ単純にして、たくさんの兵站を収容できるようにしたほうがいい、という逆転の発想だ。構造が単純なら工期が短くて済み、コストも抑えられる。それでも、高い石垣と広い堀で囲めば敵は攻撃できない、というわけだ。
 とはいえ、出入口が脆弱では敵の侵入を許してしまう。そこで高虎は、厳重な枡形虎口を導入した。枡形とは塁で囲まれた四角い平面を設け、そのうちの2辺に位置をずらして門を設けた出入口のこと。敵は城内にまっすぐ侵入できず、守る側とすれば、敵を枡形内に閉じこめて殲滅することができる
 今治城の内郭の正門である鉄門は、枡形の4辺のうち3辺を多門櫓で囲んだ厳重な枡形虎口で、江戸城や徳川大坂城の城門の原型になった。
 かつては、平地に築かれた城は軍事的に不利だとされた。しかし、高虎流の城なら不利になることはない。そう認識されたのだ。統一政権ができ、交通の要衝に城を築く必要がますます高まるなか、高虎はますます重宝された。そして、徳川大坂城の広大な堀と高い石垣が、高虎流の城の究極的な発展型といえるだろう。
 豊臣大坂城を痕跡が見えなくなるまで埋め立てたうえで、その跡地に元和6年(1620)から寛永5年(1628)にかけて築かれた徳川大坂城。そのころ、すでに武家諸法度によって城の新築が原則禁じられていたばかりか、修理するだけでも届け出ることが義務づけられていた。以後、日本の城は発展を止めてしまう。「世界とつながって」いた高虎が設計した徳川大坂城は日本の城そのものの到達点だった。
 香原斗志(かはら・とし)
 歴史評論
 早稲田大学で日本史を学ぶ。小学校高学年から歴史オタクで、中学からは中世城郭から近世の城まで日本の城に通い詰める。また、京都や奈良をはじめとして古い町を訪ねては、歴史の痕跡を確認して歩いている。イタリアに精通したオペラ評論家でもあり、著書に「イタリア・オペラを疑え!」(アルテスパブリッシング)等。また、近著「カラー版 東京で見つける江戸」(平凡社新書)が好評発売中。」
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💫5}─5─なぜ熱帯地方は多様な生命であふれているのか?〜No.49No.50 ④ 

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 2022年9月18日 MicrosoftNews GIGAZINE「なぜ熱帯地方は多様な生命であふれているのか?
 © GIGAZINE 提供熱帯の地域には多種多様な生命があふれており、例えば熱帯雨林は面積が地表のたった2%なのに動物や植物の種の50%がそこに生息していると言われています。カラフルな生き物や奇妙な見た目の動物など、熱帯にさまざまな生き物がいる理由について、科学系ニュースサイトのLive Scienceが解説しました。 Why is there so much biodiversity in the tropics? | Live Science https://www.livescience.com/why-so-many-species-in-tropics 有名なドイツの探検家であるアレクサンダー・フォン・フンボルトが1807年に、「熱帯に近づくほど構造の多様性、形の優雅さ、色の混合の度合い、生命が持つ若々しさや活力が増していく」と報告するなど、熱帯には多様な生物が住んでいることが古くから知られています。
 © GIGAZINE 提供
 アメリカ・プリンストン大学のアンドリュー・ドブソン教授によると、「生物多様性の緯度勾配」として知られているこの現象を説明する仮説は、大きく分けて次の3つあるとのこと。
◆1:エネルギーが豊富だから この仮説は、熱帯地方の日照時間が長く太陽光エネルギーが豊富なため、降水量や土壌の栄養分が多いことも相まって植物の成長が促され、それが生態系を支えているという説です。進化論の観点から見ると、植物の繁殖が盛んであればあるほど動物の多様性も高まるとのこと。 その理由についてドブソン教授は「植物が多様になると植物を食べる生き物も増えて、特定の植物を食べるスペシャリストやさまざまな植物を食べるゼネラリストなどが生まれます。そして、そうした草食動物を食べる肉食動物もスペシャリストやゼネラリストになっていくのです」と説明しています。
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◆2:氷に閉ざされないから 2つ目の仮説は、熱帯地方は大規模な凍結に見舞われにくい環境であるため、生物種が長い時間をかけて進化することができたという考え方です。現代の生物のほとんどは過去2億年の間に発展してきた種ですが、その間に何度か氷河期を経験しています。 氷河期が訪れて、北極や南極の氷が拡大するとそれまでその地域で栄えていた生命はいなくなってしまいますが、氷河期になっても凍り付かない熱帯に住む生物はその間も進化と多様化を続けることができます。
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◆3:環境収容力が高いから 環境収容力とは、ある環境に生息できる生き物の量のことです。この仮説では、熱帯地方にはより多くの資源があるのでより多様な動物が生息すると説明しており、そういう意味ではエネルギーが豊富なことを理由にしている1つ目の仮説と関連性があります。 しかし、チェコにあるプラハ・カレル大学の生態学者であるデビッド・シュトルヒ教授によると、熱帯では新たな生物種が誕生する種分化が進む一方で、絶滅も頻繁に起きているとのこと。なぜなら、狭い地域で多くの生物が生存競争を繰り広げるとそれぞれの種の集団は小さくなり、絶滅のリスクが増すからです。 このことから、熱帯地方は生物の種の「ゆりかご」であると同時に、多くの古い種を保存している「博物館」であるとも言われており、この点は2つ目の仮説でも支持されています。もちろん、これまでに熱帯に登場したあらゆる種がまだ生存しているわけではありませんが、種分化と絶滅の速度が均衡を保っていることから「熱帯はその環境収容力によって多様な生態系を支えている」という考え方が生まれると、シュトルヒ教授は話しました。
© GIGAZINE 提供
 これらの仮説が提唱されている生物多様性の緯度勾配ですが、実は普遍的なものではなく、例外もあります。その1つが、極寒の南極にいる豊富なエサを食べて繁栄しているペンギンです。また、広葉樹との競争に敗れる形で寒冷地に広がっている針葉樹といった例もあります。このように、熱帯ではなく寒冷な気候への適応を強いられることで生まれる多様性もあると、シュトルヒ教授は指摘しています。 さらに、熱帯に近いほど多様性が増すという法則とは逆に、赤道から遠くなるほど多様になるタイプの生き物もいます。それは、寄生虫です。前述の通り多くの種の生き物がひしめいている熱帯では、特定の種の個体数が少なくなる傾向があるため、もし宿主が絶滅してしまったら寄生虫も道連れになります。 一方、緯度が高い地域では熱帯地方より多様性は低い代わりに個体数は多いため、寄生虫から見れば環境収容力が高いことになります。このように、全体的な生物多様性が低い地域でも特定の分野では他の地域より多様な生態系を育む「種分化ポンプ」の役割をすることがあるとドブソン教授は話しました。」
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⛻23〗─1─企業は多数派である中流階層の賃金を上げない。家計を苦しめる円安の諸物価高騰。~No.100No.101No.102 

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 現代日本、現代企業では、忠臣蔵は存在しない。
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 2022年9月18日 MicrosoftNews 東洋経済オンライン「日銀がこの円安を止めないのは大企業が潤うから 中小零細や庶民はあえぎ賃金も上がらないのに
野口 悠紀雄
 賃金が安定的に上昇するようにならない限り金融緩和をやめないのであれば…(写真:yama1221/PIXTA)© 東洋経済オンライン 賃金が安定的に上昇するようにならない限り金融緩和をやめないのであれば…(写真:yama1221/PIXTA
 物価高騰が企業業績に与える影響は、企業規模によって大きく異なる。規模の大きな企業の利益が増大する半面で、零細企業の利益は減少している。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第77回。
 天国と地獄
 昨年秋以降、資源価格が高騰し、それに円安が加わって、輸入物価が高騰している。
 【グラフなど】日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない
 これは企業の原価を上昇させる。ところが、企業はこのすべてを売上高に転嫁することができないため、窮地に陥っていると報道されている。小さな飲食店などで、これが深刻な問題になっていると言われる。
 ところが他方で、上場企業の業績は好調だ。とくに資源関係の企業の純利益は史上最高だと報道されている。
 法人企業統計調査のデータ(金融機関を除く)を分析すると、以下に示すように、物価高騰の影響は、企業規模によって天国と地獄の差があることがわかる。
 企業全体の業績は好転
 図表1は、企業の売上原価などについて、2022年4~6月期の計数を2021年同期と比較したものだ。
 2022年4~6月期 企業の売上高などの対前年同期比© 東洋経済オンライン 2022年4~6月期 企業の売上高などの対前年同期比
 全企業について見ると、売上高の増加率(7.2%)は、売上原価の増加率(7.7%)を下回った。それにもかかわらず、粗利益(売上高―売上原価)は、5.7%増加した。
 これは、図表2に見るように、売上高の増加額(22.6兆円)が原価の増加額(18.1兆円)を上回ったからだ。
 2022年4~6月期 企業の売上高などの対前年同期増減額© 東洋経済オンライン 2022年4~6月期 企業の売上高などの対前年同期増減額
価格転嫁がどの程度なされたかは、売上高や原価の「増加率」ではなく、「増加額」で判断したほうがいいだろう。
 売上高の増加額が原価の増加額より大きければ、粗利益は増加する。そして、賃金や利益を増やすことが可能になる。その意味で、企業は、売上原価の上昇を売上高に転嫁したと言える(なお、売上高や原価の変化が、数量の変化によるのか、あるいは価格の変化によるのかについては、後述する)。
 図表1、2の「全規模」の数字を見る限り、企業の業績は好転している。
 物価上昇に伴う原価の上昇を売上高に転嫁できずに苦しんでいる企業が多いと言われるのだが、そうした状況は、この数字からは見られない。
 従業員給与・賞与の伸びは2.6%にとどまったので、営業利益や経常利益が13.1%、17.6%という非常に高い伸びになった。
 これで見る限り、資源価格高騰や円安は、企業にとって望ましい影響を与えている。
 他方で、賃金はあまり伸びず、消費者物価は上昇している。
 したがって、以上で見た限りでは、円安・物価高騰によって、企業の状況は好転しているが、消費者の状況は悪化しているということになる。
 地獄に突き落とされた零細企業
 ところが、状況を企業規模別に見ると、以上で見たのとは著しい違いが見られるのである。
 とくに悲惨なのが、資本金が5000万円未満の企業だ。
 資本金2000万円以上~5000万円未満では、売上高増加額と原価増加額がほぼ同程度だ。その結果、営業利益や経常利益が減少している。また、従業員数も減少している。
 資本金1000万円以上~2000万円未満では、売上高も原価も、そして粗利益も営業利益も減少している。従業員数の減少率は4.6%という高い値だ。
 資本金が1000万円以上~5000万円未満の企業の従業員数は1249万人であり、法人企業統計調査がカバーする企業の総従業員数3246万人の38.5%を占める。このように、全体の中で無視できない比重を占めている企業の状況が、このようなものなのだ。
 日本には、これより規模の小さい企業もある。また個人企業は法人企業統計では把握していない。こうした企業は、いま見た資本金1000万円以上~5000万円未満の企業と同じ状況、あるいは、それより悪い状況に陥っていると考えられる。
 以上で見た規模以外の企業についての状況は、つぎのとおりだ。
 どの資本金階層においても、売上高の増加額は原価の増加額より大きい。その結果、付加価値が増大している。つまり原価の上昇は、売上高に転嫁されている。
 この傾向がとくに著しいのは、資本金1億円以上~10億円未満と5000万円以上~1億円未満の企業だ。ここでは、売上高の増加率が原価の増加率を上回っている。その結果、粗利益、営業利益、経常利益の増加率が2桁になっている。5000万円以上~1億円未満では、営業利益が50%を超える高い伸び率を示している。
 企業規模によって影響が違う理由
 このように、最近の物価上昇による影響は、資本金階層によって大きく違う。
 なぜ企業規模によって大きな違いが生じるのだろうか?
 それは、企業間の取引は、経済理論で想定しているような完全競争市場(多数の参加者による競争的な市場)において行われるのではなく、少数の関係者によって行われ、価格が決められるからだ。
 その場合、特殊な技術などで差別化できる能力を持っているのでなければ、大企業が強い立場にあり、零細小企業はそれに従わざるをえない。
 零細小企業は、価格面で譲歩しても、取引を獲得できることのほうが重要と考えるだろう。下請け企業の場合には、とくにこうしたことになる。
 もちろん、こうした関係は、平常時においても存在するものだ。ただ、経済環境が変化しなければ、やむをえないものと考えられることが多い。しかし、今回のように価格が急激に変わる場合には、大きな問題を引き起こす。
 以上では、売上高や原価の総額の変化を見た。この変化が、売上高や仕入れの数量の変化によるのか、あるいは価格の変化によるのかは、以上で見た数字からはわからない。
 ただし、売上高の増加率も、売上原価の増加率も、ほぼ10%程度だ。売上高や仕入れの数量が10%も増加したとは考えられないので、図表1、2に示す増加の大部分は、価格の上昇によるものと考えられる。
 しかも、10%という数字は、企業物価の上昇率とほぼ等しい(2022年4月頃の企業物価の対前年比は、10%程度だった)。このことから推測すると、数量はあまり増えず、価格高騰によって売上高や原価が増加しているのだろう。
 賃金は今後も上昇しないだろう
 図表1に見るように、企業の業績によらず、賃金は大幅には引き上げられていない。とりわけ、 大企業の利益が著しく増加しているのに、賃金はさして上がっていない。このことが問題だとする見方が多い。
 ただし、これは、これまでも見られた現象であり、今回が初めてではない。しかも、傾向的に賃金分配率(粗利益に占める賃金の比率)が低下しているわけでもない。それは、企業利益が落ち込むときにも、賃金はほぼ一定の水準に維持されてきたからだ。このことは、2020年にも見られた。企業利益が激減する中で、賃金はほぼ一定の水準に維持されたのである。
 日本銀行は、賃金が安定的に上昇するようにならない限り金融緩和をやめないとしているが、賃金上昇率がこれまでの傾向から顕著に高まるような事態が起こる可能性は低い。だから、「賃金が上昇しないかぎり」というのは、「いつまでも金融緩和を続ける」というのと、ほぼ同義だ。
 以上で見たように、価格高騰の影響は、企業規模によって大きな違いがある。苦しんでいるのは零細小企業だ。それに対して、規模の大きな企業は、原価を売上高に転嫁しており、業績は好転している。
 歴史的な円安が問題だと言われながら、日銀は金融緩和政策を堅持するとしている。これは、大企業が円安で利益を得ているからだろう。」
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💫10}─1・F─ネアンデルタール人の絶滅の原因は人口激減とホモ・サピエンスの流入増であった〜No.76No.77 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2022年9月18日 MicrosoftNews ダイヤモンド・オンライン「【ホモ・サピエンスが絶滅させた】“「永遠の雪」の民”が残した「驚きの遺伝子」とは?
ヘンリー・ジー,竹内薫
 © ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo: Adobe Stock
 地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。
 旅好きの人類
 人類は、旅好きだったようだ。
 まず、アラビア南部からインドに広がった10万6000年前から9万4000年前にかけて。次に、8万9000年前から7万3000年前、東南アジアの島々に到達した。
 5万9000年前から4万7000年前までは、アラビアとアジアへの移動が特に盛んで、オーストラリアにも上陸した時期だ。
 徹底的に占領する
 そして最後に、4万5000年前から2万9000年前までは、高緯度地域を含むユーラシア大陸全域を徹底的に占領し、アメリカ大陸へもためらいがちに足を伸ばし、アフリカへの再移動がおこなわれた時期だ。
 出会いと争い
 だが、これは人間がその時期以外はじっとしていたということではない。このような時期は、気候が晴れやかで、移動にもっとも適していたのだ。
 広がった人類が分裂した時期もあった。たとえば、トバ噴火の直後の寒冷で乾燥した時期には、アフリカの人類と南アジアの人類が切り離された。
 その後、1万年ものあいだ、両者がふたたび相まみえることはなかった。移動する人類は、その道中でほかのホモ属と出会った。
 邂逅の結果はさまざまだった。あるときは、違いを感じた部族同士が争うこともあった。
 ネアンデルタール人との交配
 また、あるときは、遠くから来た「いとこ」として迎え入れ、つまるところ、最初の見かけほどには違いがないことに気づいた。
 彼らは物語を伝え合い、婚姻により絆を深めた。現代人はレバント地方でネアンデルタール人と出会い、交配した。
 その結果、アフリカ人だけを祖先とする人々を除き、現代人は、多かれ少なかれ、ネアンデルタール人のDNAを受け継いでいる。
 皮肉な運命
 東南アジアでは、移動する人類が、デニソワ人の遺伝子をヒトの遺伝子プールに加えた。
 彼らは、山岳地帯に住んでいた人々の子孫で、その後長いあいだ低地に順応していた。
 デニソワ人の遺伝子は現在、彼らが生まれた山奥から遠く離れた、東南アジアの島国や太平洋の人々に伝わっている。
 現代のチベット人が「世界の屋根」の薄い空気のなかで不自由なく生活できるようにしてくれる遺伝子は、「永遠の雪」の民からの餞別だったのだ。
 しかし、このデニソワ人は、ホモ・サピエンスという大きな流れに完全に吸収され、3万年前には種としては消滅した。皮肉な運命だといえよう。
 ホモ・サピエンスを撃退
 4万5000年前、現代人は、東はブルガリアから、西はスペイン、イタリアまで、いくつかのルートでヨーロッパに入り込んだ。
 ネアンデルタール人は、25万年前からヨーロッパで優勢で、ホモ・サピエンスの侵入をことごとく撃退していた。
 しかし、今度は急激に減少し、4万年前までには、この氷河時代の覇者は、ほぼ絶滅してしまった。
 絶滅の理由とは?
 その理由はいろいろと議論されてきた。彼らは現代人と争ったのかもしれない。彼らが現代人と交配していたことはたしかだ。
 繁殖速度がわずかに速く、本拠地から遠く離れた場所でも生息可能だった現代人を前にして、さしたる争いもなく消え去った可能性もある。
 最終的に、スペイン南部から北極圏のロシアまで、現代人はあふれ返っていた。
 少なすぎた人口
 遠く離れた最後の砦に隠れていた、残りのネアンデルタール人は、同種のみで繁殖するには、あまりにも数が少なくなり、散り散りの状態だった。
 ネアンデルタール人の人口はもともと少なかった。
 小さくなるにつれ、近親交配や事故による影響が大きくなった。
 ネアンデルタール人の絶滅
 どんな人間社会にも、小さすぎて存続できなくなる時期がやってくる。
 人がいなくなることほど、集団を確実に絶滅へと導くものはない。
 結局のところ、侵略者と交配するほうが簡単だったのだ。
 ルーマニアの洞窟から出土した4万年前の人間の顎の骨のDNAから、その持ち主の曾祖父がネアンデルタール人だったと判明している。
 (本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)」
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超圧縮 地球生物全史
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 ネアンデルタール人の絶滅の原因は、豊かな安住の地にこだわり未開地・不毛地への移動を嫌い、そしてホモ・サピエンスに比べて人口が少なかったからである。
 宗教神話における、神の祝福を受けた男女2人、オスメス2匹で種は増えて発展するはウソである。
 種が増え発展するには、一定数量の個体数が必要である。
 つまり、全てには寿命が存在する。
 ネアンデルタール人が死滅したのは、個体としての寿命が尽きたからである。
 当然、日本民族にも寿命が存在する。
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🌌42}─3─日本の若者が気候変動への意識が低いのは災害への慣れすぎが原因。~No.209No.210 ㉙ 

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 2022年9月15日18:12 MicrosoftNews ニューズウィーク日本版「日本の若者、世界でも「気候変動への意識」が低いのは「災害への慣れすぎ」が原因?
 <フランスなどでは「気候変動を原因とする若年層の不安症」が社会問題化しているが、日本ではまだまったく話題になっていない>
 DAVID MAREUILーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES
 最近、フランスのメディアによく出る新しい単語がある。Éco-anxiétéといい、気候変動による不安、気候不安症、エコ不安症などと訳せるだろう。はっきりとした定義はないけれど、要するに「気候変動による災害や環境問題が原因で不安、絶望、ストレス、無力感を感じる症状」だ。特に子供や若年層が感じることが多い。
 【動画】ムール貝、異常な熱波で自然調理されてしまう
 調べてみたところ多くの国で同じような現象が起きているが、日本ではあまり話題になっていないようだ。例えば、日本経済新聞の記事のデータベースで探せば、「気候変動」の文字が出てくる記事は8348件あったが、「気候不安」は0件だった。「エコ不安」も0件。東京新聞の記事データベースにもなかった。朝日新聞のデータベースには1件あったが、それはアメリカで起きている現象を紹介する記事だった。
 つまり、日本の大手メディアはまだ日本での「気候不安」「エコ不安」について何も報じていない。また、2021年夏にイギリスのバース大学が10カ国の若者を対象に国際調査を実施したときも、そこに日本は含まれていなかった。
 「気候不安症」は日本にまだ現れていないのか。それともメンタルヘルスケアの分野でまだ気付かれていないのか。いずれにせよ、日本では気候変動の問題に対する意識が、ヨーロッパに比べたら低いのではないかと思う。
■今まで想像もしなかった災害が目の前に
 フランスの場合は特に今年、気候変動の悪影響は将来ではなく、既にいま表れていると気付いた国民が多い。異常な気象が相次いだからだ。
 例えば、パリでも40度を超える高温を記録し、雨が降らなすぎて普段は深い川を歩いて渡ることができるようになり、今まで経験のないほどの暴風や雷、見たことがない規模の山火事などが起きた。そういった状況のなか、変動を肌で感じた若者は非常に強い不安を覚えて、無力感や絶望、場合によっては鬱病に近い状態に陥ってしまった。
 つまり、今まで想像もしなかった災害が目の前にあるという恐怖心を抱いている。日本は明らかに違う。気候変動の悪影響を受けていないとは言えないが、ずっと前から大規模災害がたびたび起きている国だから、その変動を感じていない可能性がある。地震津波、台風、火山の噴火など、フランスにはない現象が昔からあるので、何か災害が起きても「異常」と思わない日本人が多いのかもしれない。
 地震津波、火山の噴火や台風は人間の活動が引き起こす現象ではないが、猛暑日が多くなることや大雨などは昔からの災害とは違う。その違いに対する意識が足りないのではないかと思う。
 災害増加の原因が自分にあると考える若者たち
 人間の活動によって気候変動が起き、その気候変動により新たな災害が増える。人間(自分)に責任があるから、海外の若者は不安を感じる。日本でも数十年前から環境意識の高まりがあり、いろいろな取り組みが実現したのは事実だ。だが、気候変動の深刻さをもっと意識しながら、さらに積極的に次の対策を取ってほしい。
 もし、気候不安症で悩んでいる外国人の若者が日本に来たらショックを受けるだろう。プラスチックの幅広い利用とその量、使い捨ての品物の種類とその量、過剰な冷房の使用、広告やチラシのような紙の無駄遣いなどが明らかで、節電も不十分だ。
 気候変動に対する政治家の意識も低い。いまだに政府の政策は「消費」が柱で、何を消費するかはそれほど気にしない。日本の若者もいつか「気候不安」を感じるようになると思うが、その時には遅すぎるかもしれない。不安は良い意味で「行動」につながる可能性があるが、逆に無力感から諦めることもあり得る。後者にならないように、いま大人が動くべきだ。
 西村カリン
 KARYN NISHIMURA
 1970年フランス生まれ。パリ第8大学で学び、ラジオ局などを経て1997年に来日。AFP通信東京特派員となり、現在はフリージャーナリストとして活動。著書に『不便でも気にしないフランス人、便利なのに不安な日本人』など。」
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 諫山創「人はいずれ死ぬ。ならば人生には意味がないのか?死んだ仲間もそうなのか?あの兵士たちも、無意味だったのか?いや違う‼あの兵士に意味を与えるのは我々だ‼あの勇敢な死者を‼哀れな死者を‼想うことができるのは生者である我々だ‼我々はここで死に、次の生者に意味を託す‼」(マンガ『進撃の巨人』)
 同じ自殺行為といっても、カミカゼ特攻とイスラムテロリストの自爆テロとは根本的に意味が違う。
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 映画・スペック「生と死を峻別する事に意味はない。
 他者が認ずれば死者とて生命を持ち、
 他者が認ずる事なければ生者とて死者の如し」
   ・   ・   ・   
 西行法師「何事の おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる」(伊勢神宮参拝して)
   ・   ・   ・   
 イザベラ・バード「わたしは死んだ過去の時代の霊魂が私の背後に近づいてくる、と感じた」(伊勢神宮参宮して)
   ・   ・   ・   
 H・P・ラヴクラフト「人類の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である」
 人類は、恐怖に打ち勝つ為と真理を究める為に宗教を編み出した。
 最強の恐怖とは「死」であり、究極の真理とは「生」である。
   ・   ・   ・   
 マンガ「アシュラ」 原作 ジュージ秋山
 私は お前に教えられた。
 それは
 命喰らわずして生きられぬ人の性(さが)である。
 海に生まれた命を奪い
 野山に育つ命を奪い
 人は生きて行く。
 罪を背負い
 それでも与えられた命の限りを生きようとあがく。
 だからこそ 
 この世は美しい。
   ・   ・   ・   
 日本の本音。日本列島の裏の顔は、甚大な被害をもたらす雑多な自然災害、疫病蔓延、飢餓・餓死、大火などが同時多発的に頻発する複合災害多発地帯であった。
 日本民族は、弥生の大乱から現代に至るまで、数多の原因による、いさかい、小競り合い、合戦、戦争から争乱、内乱、内戦、暴動、騒乱、殺人事件まで数え切れないほどの殺し合いを繰り返してきた。
 日本は、煉獄もしくは地獄で、不幸に死んだ日本人は数百万人あるいは千数百万人にのぼる。
 災いをもたらす、荒魂、怨霊、悪い神、禍の神が日本を支配していた。
 地獄の様な日本の災害において、哲学、思想、主義主張そして奇跡と恩寵を売る信仰宗教(啓示宗教)は無力であった。
 日本民族の「理論的合理的な理系論理思考」はここで鍛えられた。
 生への渇望。
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 日本の甚大な被害をもたらす破壊的壊滅的自然災害は種類が多く、年中・季節に関係なく、昼夜に関係なく、日本列島のどこでも地形や条件に関係なく、同時多発的に複合的に起きる。
 それこそ、気が休まる暇がない程、生きた心地がない程であった。
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 仏とは、悟りを得て完全な真理を体得し正・善や邪・悪を超越し欲得を克服した聖者の事である。
 神には、和魂、御霊、善き神、福の神と荒魂、怨霊、悪い神、禍の神の二面性を持っている。
 神はコインの表裏のように変貌し、貧乏神は富裕神に、死神は生神に、疫病神は治療神・薬草神にそれぞれ変わるがゆえに、人々に害を為す貧乏神、死神、疫病神も神として祀られる。
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 日本の自然は、人智を越えた不条理が支配し、それは冒してはならない神々の領域であり、冒せば神罰があたる怖ろしい神聖な神域った。
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 日本の宗教とは、人智・人力では如何とも抗し難い不可思議に対して畏れ敬い、平伏して崇める崇拝宗教である。
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 現代の日本人は、歴史力・伝統力・文化力・宗教力がなく、古い歴史を教訓として学ぶ事がない。
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 日本を襲う高さ15メートル以上の巨大津波に、科学、哲学、思想、主義主張(イデオロギー)そして奇跡と恩寵を売る信仰宗教・啓示宗教は無力で役に立たない。
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 助かった日本人は、家族や知人が死んだのに自分だけ助かった事に罪悪感を抱き生きる事に自責の念で悶え苦しむ、そして、他人を助ける為に一緒に死んだ家族を思う時、生き残る為に他人を捨てても逃げてくれていればと想う。
 自分は自分、他人は他人、自分は他人の為ではなく自分の為の生きるべき、と日本人は考えている。
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 日本民族は、命を持って生きる為に生きてきた。
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 日本で中国や朝鮮など世界の様に災害後に暴動や強奪が起きないのか、移民などによって敵意を持った多様性が濃い多民族国家ではなく、日本民族としての同一性・単一性が強いからである。
 日本人は災害が起きれば、敵味方関係なく、貧富に関係なく、身分・家柄、階級・階層に関係なく、助け合い、水や食べ物などを争って奪い合わず平等・公平に分け合った。
 日本の災害は、異質・異種ではなく同質・同種でしか乗り越えられず、必然として異化ではなく同化に向かう。
 日本において、朝鮮と中国は同化しづらい異質・異種であった。
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 日本民族の感情は、韓国人・朝鮮人の情緒や中国人の感情とは違い、大災厄を共に生きる仲間意識による相手への思いやりと「持ちつ持たれつのお互いさま・相身互(あいみたが)い」に根差している。
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 松井孝治「有史以来、多くの自然災害に貴重な人命や収穫(経済)を犠牲にしてきた我が国社会は、その苦難の歴史の中で、過ぎたる利己を排し、利他を重んずる価値観を育ててきた。
 『稼ぎができて半人前、務めができて半人前、両方合わせて一人前』とは、稼ぎに厳しいことで知られる大坂商人の戒めである。阪神淡路大震災や東日本震災・大津波の悲劇にもかかわらず、助け合いと復興に一丸となって取り組んできた我々の精神を再認識し、今こそ、それを磨き上げるべき時である。
 日本の伝統文化の奥行の深さのみならず、日本人の勤勉、規律の高さ、自然への畏敬の念と共生観念、他者へのおもいやりや『場』への敬意など、他者とともにある日本人の生き方を見つめなおす必要がある。……しかし、イノベーションを進め、勤勉な応用と創意工夫で、産業や経済を発展させ、人々の生活の利便の増進、そして多様な芸術文化の融合や発展に寄与し、利他と自利の精神で共存共栄を図る、そんな国柄を国内社会でも国際社会でも実現することを新たな国是として、国民一人ひとりが他者のために何ができるかを考え、行動する共同体を作るべきではないか。」
   ・   ・   ・   
 日本の自然は、数万年前の旧石器時代縄文時代から日本列島に住む生物・人間を何度も死滅・絶滅・消滅させる為に世にも恐ろしい災厄・災害を起こしていた。
 日本民族は、自然の猛威に耐え、地獄の様な環境を生きてきた。
   ・   ・   ・    
 日本民族は、旧石器時代縄文時代からいつ何時天災・飢餓・疫病・大火などの不運に襲われて死ぬか判らない残酷な日本列島で、四六時中、死と隣り合わせの世間の中で生きてきた。
 それ故に、狂ったように祭りを繰り返して、酒を飲み、謡い、踊り、笑い、嬉しくて泣き、悲しくて泣き、怒って喧嘩をし、今この時の命を実感しながら陽気に生きていた。
 「自分がやらなければ始まらない」それが、粋でいなせな江戸っ子堅気の生き様であった。
 江戸時代は、自助努力のブラック社会であった。
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 田代俊孝(仁愛大学学長)「『人は死ぬ』という厳然たる事実を、誰しも普段の生活では見て見ぬふりをしているものです。しかし、自分がいずれは『死すべき身』だということを意識すれば現在の生への感謝が生まれ、生きる気力が湧いてくる。つまり天命、死というものを知ることによって人生観が変わる。祖父母、父母、そして自分と、連綿と続く流れのなかで思いがけず命をいただいたのだ、と気づくのです」
 植島敬司(宗教人類学者)「人生は自分で決められることばからりではありません。不確定だからこそ素晴らしいのです。わからないなりに自分がどこまでやれるのか、やりたいことを追求できるのかが大事で、それが人生の豊かさにつながるのだと思います」
 平井正修(全生庵住職)「コロナ禍に襲われるずっと以前から人類は病に悩まされてきました。病気やケガで自由な身体が動かなくなり、人に介抱してもらうと、当たり前のことのあるがたさに気づきます。何を当たり前として生きていくのか、それは人生でとても大切なことであり、すべての人に起こる究極の当たり前が、死なのです」
 「現代では死というものが過剰に重たく受け止められていますが、そもそも死はもっと身近にあるものです。考えようによっては、現世に生きているいまのほうが自分の仮初(かりそめ)の姿とさえ言える。
 最終的には、誰もが同じところへと生きます。みんなが辿る同じ道を、自分も通るだけ。そう思えば、死も恐れるものではありません」
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 日本文化とは、唯一人の生き方を理想として孤独・孤立・無縁、わび・さび、捨てて所有しないを求める、「何も無い所」に時間と空間を超越し無限の広がりを潜ませる文化である。
 それが、日本人が好む「色即是空、空即是色」である。
 日本文化は、中国文化や朝鮮文化とは異質な独立した特殊な民族的伝統文化である。
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 日本の宗教とは、虚空・虚無という理想の境地に入る為に自己や自我など自分の存在を肯定も否定もせず、ただただ「はかなく無にして消し去る=漠として死を見詰める」事である。
 それ故に、日本文化や日本の宗教は男が独占していた。
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 日本民族の伝統的精神文化は宮仕えする男性の悲哀として、行基西行、一休、鴨長明兼好法師芭蕉葛飾北斎など世捨て人・遁走者、隠者・隠遁者・遁世者、隠居、孤独人・孤立人・無縁人への、求道者として一人になりたい、極める為に一人で生きたいという憧れである。
 如何なる時も、オンリーワンとしてナンバーワンとして我一人である。
 そして日本で女人禁制や女性立ち入り禁止が多いのは、宗教的社会的人類的民族的な理由によるジェンダー差別・女性差別・性差別ではなく、精神力が弱い日本人男性による煩わしい女性の拘束・束縛からの逃避願望である。
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 女性は、子供を産み、子供を育て、末代まで子孫を増やしていく、つまり「命を喜びを持って育み、有を生みだす」存在である。
 日本における女性差別は、「死を見詰めて無を求める男」と「命を生み有りに生き甲斐を感じる女」、ここから生まれた。
 つまり、男尊女卑と一口で言っても現代と昔とは全然違う。
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 日本民族心神話において、最高神天皇の祖先神である女性神天照大神で、主要な神の多くも女子神である。
 日本民族は、あまた多くの女性神に抱かれながら日本列島で生きてきた。
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