🌌7}─2─2022年の梅雨前線による東アジアの豪雨災害。日本、中国、インド、タイ。~No.32No.33 ⑤ 

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 2022年6月21日17:05 MicrosoftNews ウェザーマップ「東日本太平洋側 朝にかけて大雨の所も
 ©ウェザーマップ 22日午前9時の予想天気図。
 22日(水)は、梅雨前線が西~東日本付近から日本のはるか東にかけて停滞しますが、西日本付近の前線は次第に不明瞭となります。このため、西~東日本では雨が降り、雷を伴って激しく降る所もある見込みです。ただ、西日本の雨は次第に止む所が多くなり、九州では晴れ間の広がる所もあるでしょう。
 一方、三陸沖付近の高気圧がオホーツク海を南よりに移動する高気圧と次第に一つになります。このため、北日本には高気圧の縁を回る湿った空気が流れ込み、雲の広がる所が多く、太平洋側を中心に所によりにわか雨がありそうです。
 南西諸島は青空が広がりますが、湿った空気の影響で所によりにわか雨や雷雨があるでしょう。
 特に、東日本の太平洋側では、22日朝にかけて大雨となる所がある予想です。土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水に注意、警戒してください。
 (気象予報士・吉田 信雄)」
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 6月22日06:13 MicrosoftNews tenki.jp「静岡県で降り始めからの雨量100ミリ超の大雨 伊豆諸島では未明に非常に激しい雨
 © tenki.jp 提供 静岡県で降り始めからの雨量100ミリ超の大雨 伊豆諸島では未明に非常に激しい雨
 今朝(22日)は、関東や東海の沿岸部に活発な雨雲がかかり、静岡県では降り始め(21日午前11時)からの雨量が100ミリを超えている所も。伊豆諸島では未明に1時間に50ミリ以上の非常に激しい雨の降った所もあります。土砂災害に警戒してください。
静岡県で大雨 降り始めからの雨量100ミリ超
 今朝(22日)は、関東や東海の沿岸部に活発な雨雲がかかっています。
 未明には、伊豆諸島の利島や大島空港では1時間に50ミリ以上の非常に激しい雨静岡県松崎町東伊豆町稲取御前崎市では、1時間に40ミリ以上の激しい雨が降りました。
 特に静岡県では、降り始め(21日午前11時)から今朝(22日午前5時)までに、石廊崎で164.0ミリ、御前崎市で137.5ミリ、松崎町で116.0ミリと、平年6月の1か月の雨量の半分以上の雨が降り、大雨となっています。
 この後も夕方にかけて局地的に激しい雨が降り、大雨となる所があるでしょう。これまでの雨で地盤が緩んでいる所があります。土砂災害に警戒し、低い土地の浸水や河川の増水に注意・警戒をしてください。」
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 6月22日11:36 MicrosoftNews tenki.jp「九州 熱帯夜続出! 危険な暑さに警戒
 © tenki.jp 提供 九州 熱帯夜続出! 危険な暑さに警戒
けさ(23日)の九州は、ことし初めて、最低気温25度以上の熱帯夜となった所が続出しました。気温・湿度とも高く、きょう(23日)は、急に真夏がきたような危険な暑さとなりそうです。熱中症に厳重に警戒して下さい。
●寝苦しかった!
 九州では、昨夜(22日夜)からけさ(23日朝)にかけて、最低気温が25度を下回らず、ことし初めての熱帯夜となった所が続出しました。これは、大陸から朝鮮半島へと新たに延びてきた梅雨前線に向かって、湿った熱い夏の空気が流れ込んだことが原因です。けさ(23日朝)の最低気温は、福岡県糸島市で26.8度、鹿児島県指宿市で25.9度、佐賀県伊万里市で25.8度など、昨夜( 22日夜)は全般に気温が下がりにくく、大変寝苦しい夜となりました。
熱中症に厳重警戒!
 きょう(23日)の九州地方は、急に真夏がきたような、危険な暑さとなるでしょう。気温が高くても湿度が低ければ、汗が蒸発しやすいので、体に熱がこもりにくくなります。しかし、真夏のような蒸し暑さでは、汗をかいても体温が下がりにくく、熱中症の危険がより高くなってしまうのです。加えて、この時期は、まだ私たちの体が本格的な暑さに慣れていません。屋内でもエアコンを適切に使うなどして、無理のないように過ごしましょう。また、激しい運動は控え、汗をたくさんかいたときには、水分だけでなく、塩分や糖分もとるように心がけて下さい。」
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 6月22日12:01 MicrosoftNews SBS NEWS「梅雨前線の活動活発 石廊崎で175ミリ超 静岡県内も各地で大雨
 © SBS NEWS
 静岡県内では、6月21日夜から22日朝にかけて、梅雨前線の活動が活発になり、各地で大雨となりました。
 <伊部桜輔カメラマン>
 「12時半すぎです。降り続く雨が強くなってきました。雨粒の衝撃を感じます」
 静岡県内は停滞する梅雨前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込み、大気の状態が不安定になりました。
 特に、21日夜遅くから22日未明にかけては、1時間に40ミリ前後の激しい雨の降った所がありました。降り始めからの総雨量は、南伊豆町石廊崎で175.5ミリ、御前崎市で140ミリ、松崎町で121ミリ、東伊豆町稲取で105.5ミリに達しました。
 気象庁は土砂災害警戒情報や大雨警報を発表して、警戒を呼びかけましたが、すべて解除されました。」
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 6月22日19:45 産経新聞「中国南部などで豪雨被害 数百万人が被災
 【北京=三塚聖平】中国南部を中心に5月以降、豪雨による洪水や土砂崩れが相次いで起き、中国メディアなどによると22日までに計数百万人が被災した。広東省などでは1961年以降で最大となる記録的な雨量を観測しており、中国当局は今後も大雨が続いて洪水などが起きる恐れがあるとして警戒を強めている。
 中国南部を中心に先月から断続的に大雨が降り続いており、広東省のほか、福建、湖南、江西の各省や広西チワン族自治区などで豪雨被害が発生している。広東、福建の両省と広西チワン族自治区では、5月1日から6月15日までの平均の降水量は621ミリに達した。この時期としては約60年ぶりの最多の雨量だという。
 中国当局は、大雨により河川の水位が上昇しており、各所で洪水の恐れが高まっているとして警戒を発している。
 今後も大雨が続く可能性があり、各地の当局が警戒態勢を敷いている。広東省韶関(しょうかん)市は豪雨被害を防ぐため、市内の企業に営業停止を求めている。このほか、各地で公共交通機関の停止が広がっているとみられ、経済活動に与える影響も懸念されている。」
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 6月22日19:46 MicrosoftNews 読売新聞「中国南部で記録的な大雨、600万人被災か…建物浸水・農地は冠水
 © 読売新聞 21日、中国広東省韶関市で、被災した住民を避難させる救助隊員ら=ロイター
 【瀋陽=川瀬大介】中国南部で5月以降、記録的な大雨が続き、洪水や土砂崩れなどの被害が相次いでいる。国営新華社通信によると、21日正午までの24時間に広東省福建省など5地域の113河川で洪水が発生した。中国メディアは、各地の被災者は計600万人以上と推計している。
 新華社によると、広東省福建省広西チワン族自治区では5月1日から6月15日までの平均降水量が621ミリに達し、この時期としては1961年以来で最大を記録した。
 各地では建物の浸水や農地の冠水被害が多発している。中国メディアによると、広東省では20日午前までに20万人以上が避難対象となり、被害総額は約17・5億元(約356億円)に上る。
 一方、河北省や山東省など北部では高温が続き、干ばつによる農作物への影響も出ている。」
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 6月23日09:52 MicrosoftNews tenki.jp「モンスーンの影響でインド・タイなど5月から大雨 24日~25日は日本で大雨の恐れ
 © tenki.jp 提供 モンスーンの影響でインド・タイなど5月から大雨 24日~25日は日本で大雨の恐れ
 先月5月中旬からインド付近を南西モンスーンが北上を始めました。南西モンスーンやモンスーントラフの影響で、インドやタイ、中国南部で大雨になっています。日本では24日から25日にかけて大雨の恐れがあります。
●南西モンスーンやモンスーントラフの影響 インド・タイ・中国南部で大雨
 先月5中旬からインド付近を南西モンスーンが北上を始めました。
 チベットの北側は、季節が夏に向かうころ、太陽の日差しが照り付けるようになり、気温が上がります。この時期は、インド洋は海面水温が陸地よりも低く、風の流れが、インド洋からユーラシア大陸に向かいます。これが季節風、いわゆるモンスーンです。この風は南西モンスーンと呼ばれ、インド洋から雨雲の元である暖かく湿った空気を大陸に持ち込みます。南西モンスーンと東風の貿易風がぶつかる場所でも、モンスーントラフが形成されて、雨雲が発生、発達しやすくなります。
 南西モンスーンやモンスーントラフの影響で、インドやタイ、中国南部で、5月から大雨になっています。
 5月の降水量は、インドのコジコーデで523ミリ、バングラデッシュに近いインドのチェラプンジで2403ミリ、中国の広東省で406ミリで、いずれも平年5月ひと月の2倍を超えました。タイのプラチュアップキンカンでは334ミリで、平年5月ひと月の3倍を超えました。
 6月は、インドのチェラプンジで14日に日降水量812.0ミリ、15日に674.0ミリを観測するなど、降水量が多い状態が続いている所があります。
●日本付近の前線に南西モンスーンの暖かく湿った空気も流入
 日本では、6月中旬に本州付近に前線が停滞しやすくなりました。前線に向かって、南西モンスーンの暖かく湿った空気と、太平洋高気圧の周辺を回る暖かく湿った空気が流れ込むようになりました。九州や四国、本州は長雨の季節に入っています。
●24日~25日 日本で北海道付近を中心に大雨の恐れ
 24日は、低気圧が前線を伴って、日本海を発達しながら東北東へ進む見込みです。25日は、低気圧は北海道の北を進むでしょう。前線や低気圧に向かって、南西モンスーンと太平洋高気圧の周辺を回る暖かく湿った空気が流れ込みます。24日から25日は、北海道付近は雨が降り、大雨の恐れがあります。東北から九州では日の差すことがありますが、雨雲が発生、発達しやすく、局地的に雨や雷雨があるでしょう。前線の南北の動きによっては、日本海側を中心に前線の発達した雨雲がかかる可能性もあります。大雨になる恐れもあります。」
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 6月23日17:05 MicrosoftNews ウェザーマップ「北海道では土砂災害に警戒
 © ウェザーマップ 24日午前9時の予想天気図。
 24日は、日本海の低気圧に向かって南から暖かくて湿った空気が流入し、西~東日本は日本海側を中心にくもりや雨となるでしょう。東日本の太平洋側は概ね晴れる見込みです。すでに梅雨明けの発表があった沖縄や奄美は晴れるでしょう。
 一方、北日本は雨が降り、特に北海道では雷を伴って激しく降る所もありそうです。土砂災害等にも警戒してください。
 最高気温は、北海道と沖縄で平年並みの他は平年より高くなる見込みです。
 週末以降は全国的に平年より高い気温が続く予想です。西日本や東日本だけでなく、北日本でも日中30℃を超える暑さとなる日がありそうです。体調管理には十分注意してください。
 (気象予報士・饒村 曜)
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🍙34〗─8─日本の少子化と人口激減はGHQと加藤シヅエが原因の人災。~No.233No.234 

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 2016年1月5日 先見創意の会「日本の少子化は、GHQによる〝人災〟だった
 何かと厳しい話題が多い少子化問題にあって、久々に明るいニュースが飛び込んできた。年頭あたって公表された厚生労働省の推計によれば、昨年(2015年)の年間出生数は100万8,000千人で、前年を4,000人ほど上回る見込みとなったのだ。
 もちろん、「少子化に歯止めがかかった」というわけではない。今後、子供を産める若い女性の絶対数は激減し、出生数の大幅増加は望みにくいからだ。とはいえ、上昇に転じたことは素直に喜びたい。
 ところで、なぜ日本の少子化はこんなにも深刻化したのだろう。年間出生数が戦後最多だったのは、終戦間もない1949年の269万7,000人だ。70年も経たないうちに約3分の1に減った計算である。あまりに速い。
 古い文献にあたって行くと、意外な事実が浮き彫りになってきた。背後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の関与の跡が見つかったのだ。人工妊娠中絶や避妊による産児制限が日本に普及するよう巧妙に仕向けていたのである。
 戦後のベビーブームがわずか3年間で唐突に終わりを告げたことが、何よりの証拠だ。最終年の1949年と翌年の年間出生数を比較すると、一挙に36万人も減っている。戦後のベビーブームは「3年で終わった」のではなく、3年で終わらせた〝人災〟だったということになる。
 だが、人口の多寡が「国力」を左右した戦前・戦中においては、人為的に人口を減らす産児制限は〝禁断の政策〟であった。占領下にあったとはいえ当時の日本政府は拒絶反応を示した。「民族の自殺」であり、将来的な国家の滅亡につながると考えたからだ。国会で芦田均厚相は「一度出生率が減少する傾向になった場合には、いかなる民族でも、これを人口増加の傾向に回復することが困難である」と危機感をあらわにしている。第二次世界大戦が終わってもなお、日米間で人口をめぐる戦争が続いていたのである。
 詳細については、筆者の最新刊である『日本の少子化 百年の迷走 ――人口をめぐる「静かなる戦争」』(新潮社)にまとめたので是非、そちらをお読み頂きたい。本稿ではその一部を紹介することにする。
 GHQが「人口戦」を仕掛けたのは、食糧難にあえいでいた戦後の日本で人口過剰論が擡頭したためだ。これを放置すれば、「いずれ日本は軍事的野望を再燃させるか、共産国化に結びつく」と懸念したのである。
 だが、占領国が人口抑制策を押しつけることになれば、国際社会から厳しい批判を浴びる。そこでGHQは、日本人自身の手によって普及させるシナリオを描いた。
 目を付けたのが、戦前の産児調節運動家のリーダーであった加藤シヅエ氏たちだった。そのやりとりが、自叙伝『加藤シヅエ ある女性政治家の半生』(日本図書センター)に残されているので引用しよう。
 「ある日、ジープが家の前に停まりましたの。(中略)二世で、塚本太郎さんというGHQの民間情報教育局の方でした。家に上がっていらっして、こうおっしゃるの。『今日は実は、お願いに来ました』って。何事かと思いましたら、『日本に新しい民主主義の法律を作らなくてはならないので、御夫婦にいろいろな意味で相談相手になって貰いたい。非公式に顧問を引き受けて頂けませんか』とおっしゃいました」というのだ。
 GHQが加藤氏たちに期待したのは、産児制限の合法化だった。そのためには加藤氏を国会議員に押し上げる必要があった。これについても自叙伝に生々しく書かれている。
 「ある日、GHQの将軍が突然訪ねていらっしゃったんです。『どうしてあなたは立候補しないんですか』って訊かれましたので、『夫が立候補しているのに、私まで出るなんて考えられません』と申しましたら、『婦人参政権を与えよと言ったのは、あなたじゃないですか。戦前から運動を続けて来た張本人が、そんなことでいいんですか』って、懇々と説得なさるんです」というのだ。衆議院議員となった加藤氏たちは、産児制限を認める優生保護法を成立に漕ぎ着けた。
 産児制限が大きく普及したのは、日本政府が推進に転じてからだ。占領下の日本の悲願といえば国家主権の回復だが、サンフランシスコ講和会議を前にして政府内に「独立国になるには人口問題を自ら解決できることを国際社会にアピールする必要がある」との声が高まっていたことが背景にあった。
 日本政府の方針転換を受けて優生保護法に改正が加えられ、世界で初めて「経済的理由」でも中絶が認められる国になると、戦後のベビーブームはピタリと終わった。そして、主権回復から間もない1952年5月には、「経済的理由」に該当するかどうかの判断を医師に委ねる再度の法改正も行われ、日本は今日に至る長い少子化の歴史を辿ることになったである。
 GHQの働きかけは法改正だけではなかった。「少なく産んで、大事に育てる」という考え方を定着させて行ったのだ。産児制限はGHQの生活改善運動に乗って地域ぐるみの「新生活運動」の一環となり、日本人の価値観を決定的に変化させたのが新憲法であった。日本国憲法24条に「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」と盛り込んだことが、日本人の結婚や出産に対する考え方を大きく変えた。結婚は人生における選択肢の一つとなり、現在の未婚・晩婚ともつながっている。
 ベビーブームの終焉は、「中絶ブーム」の到来でもあった。1957年には10人の子供が生まれてくる間に7人は中絶されるという異常事態となった。これには、日本政府も動揺を隠せなかったが、妊娠をコントロールする術を知った国民の価値観を引き戻すことはできなかった。
 さらに、戦後の民主化教育で「産めよ殖やせよ」という戦前・戦中の人口増加策に対する国民の反発やアレルギーが醸成されていたこともあって、政治家や官僚たちが国民の結婚や出産といった政策に口出しすることをタブーとする雰囲気が政府内に出来上がって行った。「民族の自殺だ」と強く抵抗していた敗戦直後のような強い反対意見は次第に聞かれなくなったのである。
 ここまで、かなり大掴みながら、GHQの主導で始まった日本の少子化の流れを見て来た。そして今、安倍晋三政権は、歴代内閣が避けてきた「2060年に1億人程度の人口確保」という数値目標を掲げ、結婚や出産に関する国民の希望が叶った場合の「国民希望出生率1・8」を実現させるべく、取り組みを強化し始めた。人口が減り始め、もはや日本には時間的な余裕がなくなってきたということだ。
 目標の実現は簡単ではないだろう。だが、出来ない理由を探すだけでは何も変わらない。久々の出生数増のニュースに接したことを契機に、70年近くも前のGHQによる呪縛を解くことから始めたい。
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 河合雅司(産経新聞 論説委員)」
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日本の少子化 百年の迷走―人口をめぐる「静かなる戦争」―(新潮選書)
未来の呪縛 日本は人口減から脱出できるか (中公新書ラクレ)
マンガでわかる 未来の年表 (パルシィコミックス)

🍞2〗ー12ー世界の“食糧不足”でこれから「本当にヤバくなる国」の名前。~No.13  

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 2022年6月20日 MicrosoftNews 現代ビジネス「習近平も「震えている」…! 世界の“食糧不足”でこれから「本当にヤバくなる国」の名前
 中原 圭介
 「小麦ショック」のほんとうの怖さをご存じか…?
 インフレがいよいよ深刻になってきています。
 足元の消費者物価上昇率アメリカと欧州(ユーロ圏)が8%を超え、新興国のトルコにいたっては70%に達しようとしています。
 中でも深刻なのは小麦の価格です。
 3月には2008年2月以来の史上最高値を更新しました。米シカゴ商品取引所(CBOT)の小麦先物(中心限月)は、2021年初めに1ブッシェル6ドル程度でしたが、2022年2月には8ドル程度まで上昇、ロシアのウクライナ侵攻でついに14ドルを超えてしまったのです。
 その後は高値からの調整を挟み、足元では10~11ドル台で高止まりしています。
 ドイツのパン工房でも小麦価格の高騰に悩まされている Photo/gettyimages© 現代ビジネス ドイツのパン工房でも小麦価格の高騰に悩まされている Photo/gettyimages
歴史をさかのぼってみると、このような高水準のインフレ下では社会的に不安が高まりやすく、革命や動乱が起こることが多いものです。
 物価が勢いよく上がることによって、庶民が日々の生活に苦しくなってしまうからです。
 とくに、小麦などの穀物価格の高騰には注意を払う必要があります。
 インドでは「ナン」が作れなくなる…?
 小麦価格高騰の背景は、輸出大国であるロシア・ウクライナの両国で輸出が落ち込み、世界的に小麦の需給が逼迫するという懸念が広がったことです。ロシアの年間の小麦輸出量は世界全体の約2割(世界1位)、ウクライナは約1割(世界5位)と、両国合わせて約3割を占めるまでになっています。
 しかし、ロシアは小麦など穀物の輸出を制限し、世界的な食糧危機を煽ることで欧米の制裁解除を迫る方針です。
 「欧州のパンかご」といわれるウクライナでは、ロシアの侵攻による被害や住民の避難にともなって穀物生産が停滞しています。そのうえ、黒海地域の港がロシア軍によって封鎖されているため、海上輸送がまったくできない状況にあります。
 ウクライナとロシアは小麦の一大産地。供給扶南はますます深刻化している Photo/gettyimages© 現代ビジネス ウクライナとロシアは小麦の一大産地。供給扶南はますます深刻化している Photo/gettyimages
 ロシアやウクライナに代わる輸出国として期待されていたインド(生産量で世界2位)でも、小麦の国内価格が上昇したため、自国での供給を優先し輸出を停止する方針に転換しました。
 小麦はインドの家庭の食卓に欠かせないナンの原料となるので、インドが国内備蓄を重視するとしたのは致し方ないでしょう。
 小麦価格が高止まりする要因は、これだけではありません。他の生産国でも天候不順などによって供給が落ち込む懸念が強いのです。ロシアに次ぐ輸出大国であるアメリカでは、天候が思わしくないことから小麦の作付けが遅れており、輸出量が減る見通しにあります。
 アメリカがロシアやウクライナの穴埋めをすると期待が大きかっただけに、世界的に供給不安がいっそう広がりました。
 食糧パニック
 北半球と南半球は季節が逆になるので、例年であれば夏から秋にかけて北半球の国々の小麦の輸出が増えて、世界の需要を満たしています。
 それが今年にかぎっては需要を賄うことが困難となっているため、夏に向けて小麦価格が一段と上昇するだろうと危惧されます。
 小麦の価格高騰は、小麦を輸入に頼るアジアや中東、アフリカ諸国に大きな悪影響を及ぼします。生きていくためには欠かせない食糧は、いくら価格が上がったとしても需要が減ることはないからです。
 © 現代ビジネス フランス革命も食糧危機が発端だった Photo/gettyimages
 とりわけウクライナからの穀物輸入が多い中東や北アフリカでは、主食であるパンの品薄感が強まっています。
 ウクライナは近年、トウモロコシの輸出でも世界シェアのおよそ1割(世界4位)を占めるまでになりました。トウモロコシは家畜の飼料として使われるため、トウモロコシの供給不足は肉や卵の価格上昇にもつながります。
 小麦やトウモロコシを高値で買い付ける経済力がない国々では、今後数カ月のうちにウクライナ有事が解決しなければ、食糧パニックが起こるかもしれない深刻な状況にあるといえるでしょう。
 飢えがもたらす革命や動乱
 普通に暮らす庶民と呼ばれる人々は、たとえ不満を抱いていても、多少の生活苦は我慢するものです。
 とくに強権的な国々では、下手に政府に逆らってデモを起こしたりしたら、投獄されたり殺されたりするかもしれないからです。それでも人々が我慢できずに政府に逆らうとすれば、食糧難によって飢えが現実化する時です。
 歴史上で代表的な事例をみると、18世紀のフランス革命、20世紀の天安門事件、21世紀のアラブの春などが挙げられます。
 1789年にフランス革命が起こる直前の社会では、特権身分とされていた聖職者や貴族は全人口の2%にすぎなかったものの、土地の約40%を所有していました。残りの市民は重い税負担を課せられ搾取されていたので、現代とは比べものにならない凄まじい格差社会であったのです。
 しかし、それが革命の直接の原因ではありませんでした。
 革命の原動力となった大部分の貧しい市民は重労働・低収入で、小麦価格の高騰からパンが買えなくなったのです。当時は火山の爆発で天候不順が続き、小麦の収穫が激減したといわれています。ふだんはおとなしい庶民が飢えから革命を起こし、フランスを絶対王政から民主政へと根底から変革したというわけです。
 懸念が深まる中国
 1989年に中国で起こった天安門事件も、その原因は穀物価格の高騰にありました。たしかに学生が主導した民主化運動であることに間違いはありませんが、それはあくまで表面的な見方に過ぎません。
 その事件の根底には、年率で20%近いインフレによる民衆の生活苦や飢えに対する不満があったのです。
 なぜ中国政府が「財政赤字の対GDP比率を3%以内に抑える」という方針を堅持しているのかというと、インフレを過度に恐れているからです。日本政府に比べればはるかに財政に余裕があるにもかかわらず、天安門事件以後の中国の財政における方針では、「放漫財政によって物価高を招けば、社会が不安定になり共産党独裁体制の土台が揺らぐ」という懸念が共有されています。
 © 現代ビジネス 天安門事件以降、中国政府は物価高騰に神経をとがらせている Photo/gettyimages
 2011年に中東で起こったアラブの春のきっかけも、小麦価格の高騰によるものでした。
 主食であるパンの価格も高騰し、庶民は食べていくのが苦しくなったのです。
 北アフリカチュニジアで発生した反政府デモが当時のベンアリ独裁政権を倒し、それがエジプトのムバラク独裁政権リビアカダフィ独裁政権を崩壊させるまでに波及していきました。
 いま火種を抱える「国の名前」
 フランス革命天安門事件アラブの春の例からも分かるように、革命や動乱につながるような民衆の暴動は多くの場合、インフレによる生活苦が原因となってきました。
 とくにアラブの春は、2010年にロシアとウクライナ穀物輸出制限が大きく影響していました。
 いま、まさに中東や北アフリカで再び政情不安が高まっているといえるでしょう。
 国連食糧農業機関(FAO)によれば、ロシアとウクライナの両国からの小麦輸入シェアが50%を超える国々は、中東やアフリカを中心に26カ国もあります。
 両国からのエネルギーや穀物の輸出が減少したことで、食糧難や政情不安に陥る国々が徐々に増えつつあるようです。
 足元ではパキスタンスリランカ政権交代が起こり、イラクやペルーでも食糧高に抗議する大規模なデモが発生しています。
 リビアレバノンチュニジア、イエメン、ソマリアなどでは、食糧不足による人道危機を心配する報道がされています。
 © 現代ビジネス ロシアによるウクライナ侵攻が、食糧危機のリスクに拍車をかけた Photo/gettyimages
 原油天然ガスなどのエネルギー価格の上昇と連動して、食糧高が長期化するリスクが高まっています。そのうえ、ロシアによるウクライナ侵攻が、そのリスクに拍車をかける事態を招いています。
 その結果、新興国・途上国の政治を大きく変える地殻変動が起こるかもしれないのです。」
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⚡29】─2─日本の再生可能エネルギー発電事業を侵蝕する中国資本と中国製品。上海電力。~No.127 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 日本国内では、中国共産党が日本支配の為に仕掛けた目に見えない悪意の一帯一路構想が進行中である。
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 釜茹でで煮殺される眠ったカエルとは、身に迫っているリスクが理解できない危機感のない現代の日本人である。
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 現代の日本人は昔の日本人とは別人のような日本人である。
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 2022年7月号 Hanada「橋本徹と上海電力コネクション
 有本香
 なぜ上海電力が大阪で?
 『水の都』──。大阪は古くからこう呼ばれてきた。八百八橋といわれる水路が街中に張り巡らされ、その水運が〝商都〟の発展を支えてきたからだ。大阪を『水の都』たらしめてきたのは自然の力ではない。確認できる始まりは5世紀、仁徳天皇の御代にすでに堤防や排水路の工事を行ったという記述が『日本書紀』にある。
 大阪は我々の先人が血と汗を流して築いた街なのだ。その街の歴史を、いまの大阪の政治家の何人が知っているのか不安になる。というのも、この伝統ある大坂の水辺に近年、ヤバい風向きだかあだ。ヤバさのキーワードは目下、つぎの2つ。
 『上海電力』と『橋本徹』である。
   *   
 『一つの案件について、日に10件、多い日はそれ以上の問い合わせ電話が集中することは極めて稀(まれ)です』
 この言葉の主は大阪市会議員で自民党市議団の政務調査会長を務める前田和彦氏だ。極めて稀なほど、前田市議の事務所に問い合わせの多い案件とは、『上海電力』である。
 問い合わせが増えた背景には、4月下旬からたびたび、『上海電力』というキーワードがツイッターのトレンド入りしたことが関係している。
 弁護士の橋本徹氏が大阪市長だった2014年から、大阪市の南港咲洲(さきしま)にある市所有で、中国企業『上海電力』が『大阪市から誘致』(上海電力の表現)され、メガソーラー事業を行っている件だ。前田市議らへの質問問い合わせの大半は、最近、この事実を知って驚いた市民からだという。多くの人が『知らなかった』『なぜ上海電力が大阪で?』という驚きの反応とともに詳細を教えてと言っているようだ。
 電力という重要インフラな外資、よりによって中国の国策企業(上海電力は中国政府系五大電力の一つで事実上の国策企業)に握られることに恐怖を感じる国民が増えている。
 前田氏ら市議への問い合わせ以上に、ネット上には当の橋下氏に説明を求める声があふれ続けている。
 たまさか筆者は、先々月、先月と連続で、本誌に『橋本徹よ、「不戦」はプーチンに言え』という拙稿を寄せた。そのなかで、8年前にこの上海電力メガソーラーについて在阪局のテレビ番組で取材し取り上げたことにも言及した。最近、『上海電力』が注目されていることには、本誌拙稿も少々影響したかもしれないが、それ以上にいま、複数のジャーナリスト、YouTuberが本件について精力的に発信している影響が大きかろう。
 上海電力と橋本徹──。
 ……
 上海電力の怖い本音
 2014年、上海電力を取り上げたのは、7月1日放送の関西テレビスーパーニュースアンカー』だった。この放送にご留意いただきたい。約15分という地上波として長尺での特集で、取材は同年6月、おもな取材先は、大阪市の複数部局や経済産業省などの行政と、開業間もない『上海電力日本(株)』だった。
 現在、上海電力日本は、筆者や産経新聞の取材に一切応じない。彼らの好まないことを報じるせいだろうが、広報担当に取り次ぎさえしない上海電力の姿勢は、自由の国でビジネスをする企業としては異様だ。
 8年も上海電力は取材に積極的ではなかったが、粘る我々に対し、放送日前日にようやく、『完全オフレコ』を条件に取材に応じた。
 取材相手は、登記簿に名前のある上海電力の代表ではなく、同社の日本進出に尽力したフィクサーとされる在日中国人男性A氏だった。流暢な日本語を話すA氏は、『上海電力は日本の社会に貢献したいだけ。警戒ご無用』という綺麗事を並べ続けたが、一時間近く私がしつこく真意を質(ただ)すと、最後に本音を漏らした。
 『いずれ送電にも参入できる未来があるでしょう。インフラを通じて日本としっかり繋がりたいんです』
 これは危険だと感じた。
 『オフレコ』という紳士協定には若干悖(もと)るところありだったが、翌日の生放送では『上海電力はいずれ送電事業への参入を狙う腹積もり。人命に直結する送電事業まで中国企業の参入を許すことはリスクがある』とコメントして締めくくり、精一杯の警鐘を鳴らしたつもりである。
 『知らぬ存ぜぬ』の大阪市
 一方、このときの取材で、大阪市の担当部局はどう答えていたか。
 当時のメモを確認すると、『上海電力が参入したことは、竣工式の報道で始めて知りました』と、大阪港湾局営業推進室、計画整備部の二部署ともが答えたとある。
 しかし、これはおかしい。事業を限定した市有地貸付で、肝心の事業者主体が代わるほどの大きな変更があったのに、建設開始時点で大阪市に一言の断りもなかったなど、常識では考えられない。契約書の内容にもよるが、無断でこれほど大きな変更をしたら、市が事業の一時停止を求めても不思議でない、と公共事業に詳しい人々は口を揃える。
 この点について今年5月、あらためて大阪港湾局に話を聞いた。8年の間に2度の住民投票を経た大阪では、橋下氏肝煎(きもい)りの『都構想』は二度とも否決されたものの、なぜか港湾局のみが『府市統合』されていた。新組織の大阪港湾局の担当者は、筆者の問につぎのとおり答えた。
 『契約書に書かれているんですが、届出の義務としまして、相続または合併により賃借権の継承があったときは大阪市に届け出なければならないとなっています。上海電力参入について、この届出はされています』
 届出の正確な日付は?と重ねて問うと、少し間があって『平成25年(2014)7月31日』との返答があった。
 やはりおかしい。後追いで『届け出』さえすれば、事業主体が誰に変わっても構わないということなのか。
 ……
 一連の身代わり入札を巡る経緯には他にも不審な話が囁(ささや)かれている。
 ……
 いずれも現段階では『噂』に過ぎないが、事実なら、不自然な入札の流れが『上海電力ありき』で描かれたものだったことの傍証となり得る。
 ……
 二階俊博を『脅した』人物
 8年という時間は、さまざまなものをあぶり出す。
 『日本の皆さんのお役に立ちたいだけなので強引なことはしません。警戒無用』と
A氏が繰り返したのは甘言(かんげん)だったようで、上海電力はいまや各地の住民の反対運動など我関せずの姿勢で、メガソーラーや風力発電事業を急拡大させている。
 たとえば北海道の当別(とうべつ)町では、上海電力がバックに控えた風力発電事業が計画され、これに対し町議会で2度の請願採択という全町規模の反対の声が上がっているのだが、事業者側は無視を決め込んでいる。
 こうした酷い事例は別途詳報するが、とにかく上海電力をはじめとする中国勢の日本電力事業への侵蝕(しんしょく)の勢いは凄まじい。何の対策も打てない日本の政治の不作は酷い。
 8年間で炙(あぶり)り出されたものは、上海電力の野心だけではない。咲洲案件で暗躍した人々の『別の顔』も浮かび上がっている。
 ……
 前述の時系列を見ると、橋下氏は上海電力の咲洲参入スキームが始まる直前に市長となり、スキーム開始とともに『反原発』パフォーマンスを繰り返して、関西電力を苦しめた。
 ネイエリアの開発利権
 ……
 橋下氏の周りに『ソーラーパネル』にまつわる不可解案件が多いのは、なんの因果か。いずれにせよ、そのソーラー発電にこの10年、猫も杓子もなびいたなかで、案外見落とされている重大なリスクのカラクリをここで具体的に述べておく。
 ブラックアウトの危機
 『メガソーラーなどの再生可能エネルギーが大量に入ってくると、ブラックアウト(広域停電)のリスクが高まる、これはそのとおりです』
 匿名を条件に取材に応じた電力業界のB氏は、淡々とこう述べた。
 『とくに太陽光は、需要に合わせて一定の発電をしてくれるわけではないので、変化が激しくなります。そのギャップを火力などで補っているわけですが、あちらこちらで需要と関係なく電力が作られたり作られなかったりすれば当然不安定化し、系統運用が難しくなって、ブラックアウトのリスクは高まります』
 電気は一般的な製品と違い、多く作ったからといってストックしておくことができない。そのため、消費する電力量(需要)と生産する電気量(発電)をつねにバランスさせる必要がある。わが国が、世界一停電が少ないことの要因の一つも、この需要と供給を常時バランスさせる監視・制御システムの優秀さにある。
 しかし巷(ちまた)には、太陽光発電には火力や原子力などのバックアップが不可欠ということすら知らない人が多い。そういう層が『太陽光はクリーン、エコ』という虚偽宣伝に騙される。B氏はため息交じりに続けた。
 『最近、ニュースで「出力制限がかかった」という文言が出てくるでしょう。これがリスクの顕(あらわ)れです。イケイケドンドンで太陽光発電を増やしたら危ない、という指摘は10年も前に散々されたんですけど』
 今後予想される『停電リスク』には、もう一つ別の側面もある。
 長らく日本人が『当たり前』と思ってきた電気の安定供給のクオリティは、『メイド・イン・ジャパン』によって保証されてきた。設備機器が日本製であることはもちろん、電力会社の株式売買には外資規制があって外国の経営への関与は不可、機器の補修は日本の中小企業が担ってきた。
 ところがいま全国で、上海電力に代表される外国資本の『再エネ発電所』が雨後の筍(たけのこ)のごとく増殖中だ。咲洲案件や多くの土地買収と同様に、正体を隠して参入するケースが非常に多い。住民に対する説明すら満足に行わないお粗末案件もすくなくなく、反対運動も多数起きているが、業者はどこ吹く風。外資系メガソーラーは件数、規模とも増大の一途で、その多くが中国資本だ。
 『今後は、悪意を持ったブラックアウトのリスクも高まるでしょう。いま、電力の世界に中国資本や中国製品が夥しく入ってきています。いままでは運良く起きていませんが、サイバー攻撃を遠隔(中国から)で仕掛けられることも可能だろうと業界内では懸念されています』とB氏。
 橋本徹の説明責任
 このまま、得体の知れない太陽光発電所が増え続ければ、ある日、中国傘下の太陽光発電による送電が一斉にバサッと落とされ、系統崩壊というリスクすらあるというのだ。
 着々と日本へ参入してくる『中国メガソーラー』の経営を支えているのは、法で定められた売電収入だ。その原資は、私たちが毎月払う電気代に『再生エネ賦課金(ふかきん)』という名目で乗っけられている。つまり私たちは、電気代を余計に払ってわざわざ停電と災害のリスクを増大させ、隣のモンスター国家の腹を肥やし、安全保障上のリスクまで自ら高めている。しかも、このカラクリを知らない人が多いから深刻だ。
 日本人はなんとアホなのか、と中国勢は嘲笑(あざわら)っていることだろう。
 今号も、橋本徹氏への問いかけで出稿を締めることとしよう。
 ……」
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 6月18日 MicrosoftNews 新華社通信「世界インフラ整備には各国の協力が必要 中国外交部
 © 新華社 世界インフラ整備には各国の協力が必要 中国外交部
記者会見に臨む中国外交部の汪文斌報道官。(資料写真、北京=新華社配信)
 【新華社北京6月17日】中国外交部の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は17日の定例記者会見で、米国が間もなく開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)で、中国の「一帯一路」構想をけん制するための新たなインフラ構想の発表を予定していることについてコメントを求められ、次のように述べた。
 世界のインフラ整備は各国が力を合わせて協力し、互いに支持し、補完し合う必要がある。互いに対抗し、代替するものではない。米国の提案は、共同発展とウィンウィン協力という各国の普遍的な望みを無視し、ゼロサムゲームを大いに行い、分裂と対抗をあおり立てるものであり、人心を得られない。
 中国は、世界のインフラ分野は協力の余地が大きく、各種の関連イニシアチブに相互対抗や互いに取って代わる問題など存在しないと考えている。世界に必要なのは橋を架けることであり、橋を壊すことではなく、相互接続であり、互いに切り離し障壁を築くのではなく、互恵とウィンウィンであり、閉鎖と排他ではない。中国は力の結集と世界のインフラ整備促進に役立つすべてのイニシアチブを歓迎する。インフラ整備を旗印に地政学を進めるいかなる企ても歓迎されず、実現もしない。」
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 中国共産党が意図的に動かしているチャイナマネーは、日本の太陽光・風力などの再生可能エネルギー発電事業に巨費を投じている。
 中国資本は、日本のインフラ整備に巨額の投資を行っている。
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 日本国内では、リベラル派・革新派そして一部の保守派やメディア関係者による原発再稼働反対運動と再生可能エネルギー発電推進運動が連動して盛り上がっている。
 発電に無知な日本人は、面白いように彼らに踊らされる。
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 チャイナマネーの日本電力事業への侵蝕が加速化しているのに、日本の政治はその事実を知りながら止められない。
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 再生可能発電技術は、メイド・イン・ジャパンではなくメイド・イン・チャイナである。
 1980年代頃、太陽光発電技術において日本は最先端を独創するほど優れていたが、原子力発電を主電力にする国家方針のもとで太陽光発電技術を二束三文の安値で中国企業に売り、太陽光発電技術開発から撤退した。
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 人を疑う事ができない人が好い日本人には、中国人の和やかな微笑みと人を魅了する甘言のおべっかには抗しきれず、握手を求めてくるその温かい手を感謝感激で握り、感極まって涙を流して頭を下げてしまう。
 伝統的な孫子の兵法や共産主義の基本戦略は、血を流す戦争をする事なく、平和裡に敵・相手の内部に入り込み、相手の中で味方や同調者・協力者を増やして分裂させ、内部から崩壊させ滅ぼし取り込んで勝利する事である。
 つまり、調略として敵・相手の中に裏切り者・売国奴という獅子身中の虫をウイルス・病原菌のように増やす事である。
 それ故に、彼らが話す言葉は嘘八百であり謀略であり相手を思う誠意の欠片もない。
 その結果、大虐殺が行われる。
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 日本の親中派媚中派は、中国での利権や金儲けの為に、中国共産党の顔色を伺い機嫌を取り日本の国益に損害をもたらすような行動を続けている。
 日本を真剣に心配する日本人は2割、中国との関係を心配する日本人は3割、どちらとも言えに日本人が5割。
 日本のこと国益を心配する日本人は、危ない右翼・右派として周囲から敬遠される。
 メディアは、そうした日本の危機という情報は報道せず、表面化して国民世論にならないように隠蔽してきた。
 話題にのぼり始めた頃には、中国共産党系中国軍系中国資本のチャイナマネーが日本のインフラ整備に深く浸透し太い根を隅々までに張り巡らしている。
 日本を動かしている親中派媚中派は、戦後民主主義教育の洗脳教育で大量に作られ、彼らが安保闘争世代でありシニア社会運動家である。
 が、そうした洗脳から覚醒する若者が増え始めている。
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🗡19〗─4─日本海軍の一点豪華主義。巨大潜水空母伊400は原子力潜水艦の原型。~No.61 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 日本の軍事技術は、量産型大艦巨砲主義ではなく一点ビンテージ一点豪華主義であった。
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 NHK歴史秘話ヒストリア
 2020年08月06日 (木)
 歴史秘話ヒストリア「伊400 幻の巨大潜水艦」
 8月になると、太平洋戦争について思いをはせることが多くなります。今回の番組は、以前制作した番組をもとに、戦時中の日本の潜水艦「伊400」のエピソードについて再編集してお送りしました。
 この回を担当したのは「歴史秘話ヒストリア」制作班のデスクでもある河井雅也ディレクターです。2013年に、ハワイ大学が行っていた伊400の調査を知り、そのスケールの大きさに圧倒されて取材が始まりました。
 伊400の乗組員だった山西義政さんと髙塚一雄さんを、ゆかりの地である呉や横須賀の港にお連れすると、これまで眠っていた記憶がよみがえってきたかのように語り始めたといいます。その時、河井ディレクターは「場所には、記憶が宿るんだなあ」と驚いたそうです。
 お二人の言葉には、当時のみずみずしい感情がほとばしっていて、胸に迫るものがありました。こうした生きた言葉によって語られた事実には、何より説得力がありますね。
 そして、海の闇に包まれながらも、その歴史が確かにあったということを圧倒的な存在感で語る伊400の姿は、私たちに太平洋戦争の記憶を忘れてはならないと、静かに訴えているようにも感じました。
 河井ディレクターは、今回の番組を通して「戦争体験者が少なくなっていく中、伊400のように戦争の記憶を伝える遺物も失われようとしています。そこには、戦争の悲惨さ、時代に翻弄されながらも必死に生きた人たちのドラマがありました。終戦から75年の節目の年に、そのことを少しでも知ってもらいたいんです。」と話していました。
 再編集という形ではありますが、何度でもお伝えしたい逸話です。
 学生時代は、キックボクシングをしていたという河井D。前回放送された伊400ヒストリアのDVDを持つ腕にその面影をみることができます。
 戦後、原子力潜水艦が建造されるまで世界最大だった、伊400。
 以前、私はシカゴ科学産業博物館で、ドイツの潜水艦Uボートを見たとき、その巨体に吸い込まれそうな感覚になり、思わず立ちくらみがしたほどでした。
 伊400はその2倍といいますから、どれほどだったのか・・・・・・。
 今回は、その大きさを実感することができました。スタジオでは、いつものCG空間に伊400をリアルに再現。映像合成で、ちんまり甲板に立つ私自身を見て、こんなに巨大だったのかと驚愕。
 CG作成と合成は、いつもお世話になっているタニスタさんの制作でした。合成をするためには、スタジオに秘密道具をセットするのですが・・・・・・それについては、また今度ご紹介しますね!
   ・   ・   ・   
 PRTIMES
 なぜ日本海軍の潜水艦は太平洋戦争で、効果的と考えられていた戦い方ができなかったのか?『歴史群像4月号』発売
 株式会社ワン・パブリッシング
 2021年3月5日 13時30分
 株式会社 ワン・パブリッシング(東京都台東区代表取締役社長:廣瀬有二)は、『歴史群像4月号』を発売いたしました。第1特集では、太平洋戦争において日本海軍の潜水艦はなぜ、潜水艦が最もその力を効果的に発揮できると考えられていた「通商破壊戦」を大規模に実施できなかったのかを徹底分析!その他、第2特集「独ソ戦1942年冬、ふたつの包囲戦:デミヤンスクとホルム~包囲されたドイツ軍はなぜ生還できたのか」、第3特集「島原・天草一揆キリシタンの国を求めた農民たちの“聖戦”」「三好長慶伝~信長に先んじた『最初の天下人』」、カラー記事「徹底取材&イラスト再現 図説・ウラジオストク要塞」など、今号も企画満載です。
 第1特集では、太平洋戦争において日本海軍の潜水艦はなぜ、潜水艦が最もその力を効果的に発揮できると考えられていた「通商破壊戦」を大規模に実施できなかったのかを徹 底分析!
 太平洋戦争で日本軍を打ち負かしたア メリカ海軍太平洋艦隊の司令官チェスター・ニミッツ提督は戦後、日本海軍の潜水艦の運用法について、「主要な武器がその真の潜在能力を少しも把握理解されずに使用された稀有の例」と酷評しました。これは、日本海軍が潜水艦を、その力を効果的に発揮しうると考えられていた任務である「通商破壊戦」、すなわち「敵国の海上交通路上の輸送船を攻撃し、その国の継戦能力を低下させることを狙う作戦」に大規模かつ継続的に投入せず、「艦隊決戦主義」に縛られて、敵の軍艦を沈める任務など、本来潜水艦には不向きな任務に投入し続けたことに対する批判でした。
潜水艦は、ドイツ海軍のUボートがそれによって連合軍から恐れられたように、通商破壊戦に極めて有効とみられていましたが、ニミッツは、日本海軍はその真価を理解していなかったと批判したわけです。こうした評価は戦後の日本においても同様で、現在に至るまで、太平洋戦争期の日本海軍潜水艦の活動に対する一般的な認識となっているようです。
しかし、日本海軍は本当に、潜水艦による通商破壊戦の重要性を理解していなかったのでしょうか。第1特集「分析 日本海軍潜水艦と通商破壊戦~帝国海軍の〝壮大な夢〞とその結末」では、この通説の妥当性について検証します。そして、むしろ日本海軍はある時期には、通商破壊戦を潜水艦の主たる作戦と位置付け、それに適した潜水艦の量産計画まで作って準備を進めていたことなどを明らかにしていきます。そして、なぜこうした準備が現実の作戦に反映されなかったのか、その原因を探っていきます。
 本記事では、戦前から終戦までの時期を対象に、日本海軍が潜水艦をどのように用い、どんな作戦に投入しようと考え、実際にはどういった作戦に投入されたのか。また、どういう目的のためにどのような潜水艦をどれだけ建造しようとし、実際にはどういったものがどれだけ作られたのかを時系列順に見ていくことで、日本海軍の潜水艦についての前述の通説を徹底検証し、従来のイメージとは異なる実像を浮き彫りにします。史料やデータを駆使して通説に疑問を投げかける刺激的な分析記事です。潜水艦に興味のない方も、ぜひご一読ください。
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 2021年11月17日 日経ビジネス「21世紀の米国と世界
 日本は世界一の潜水艦技術を生かせ
 酒井 吉廣 中部大学経営情報学部教授
 日本に原潜の独自開発は可能だが
 雑誌日経ビジネス10月25日号の特集で「防衛タブー視のツケ 静かに消えていく企業」との記事が掲載された。現在、防衛に携わる企業が苦境に陥っているとの内容である。ただ、より重要なのは既に消えてしまった組織で、カーボンニュートラルの目標達成の観点からも、早急に復活させるべきものがある。
 それは、大学・研究機関の原子力関連機器研究である。日本でも小型原子炉の導入議論が高まりつつある。自民党高市早苗政調会長河野太郎広報本部長は総裁選の際に原潜の導入について触れたが、原子力関連機器の研究をしているのが基本的に企業だけになっているため、技術開発の裾野が狭くなり、政治家らも欧米に実例を見に行く必要が出ている。「技術立国・日本」としては信じ難い現実に直面しているのだ。
 日本の技術をさらに進歩させれば、原潜特有の駆動音を静粛化できるかもしれない。日本の緻密な製造技術をもってすれば、ワイオミング州で建設が始まる米国製の小型原子炉以上に安全性の高いものを造れるかもしれない。だが、既に消えた研究組織の復活をしなければ、カーボンニュートラル実現のための原子力の平和利用も、防衛装備の見直しも、結局は絵に描いた餅になってしまう。
 中露は2海峡通過に潜水艦を同行できず
 日本の強みはハードの技術力だけではない。これまで培ってきた、熟練した乗組員や地形などを熟知することを含めた運用のノウハウもある。
 10月23日、中国とロシア軍艦10隻が津軽海峡から太平洋に出て大隅海峡を通って東シナ海に入った。両海峡の公海部分を通過した形で、安保の専門家が「日本の領海に開いた穴」だとして問題視する場所だ。米国の核搭載艦船が非核三原則を持つ日本を通るための抜け穴であり、中国が第一列島線アリューシャン列島から日本、台湾、フィリピンを結ぶ線)を越えて太平洋に出るための穴でもある。
 中国・ロシアの軍艦数や航路は自衛隊が取得した情報で、そこに潜水艦は含まれていなかった。それが分かるのは、津軽海峡では潜水艦も浮上して航行する必要があるからだ。同海峡は、入り口の両岸距離が19キロと狭く、深度は青函トンネル最深部の真上で140メートル。しかも日本列島特有の凸凹が多数あり、公海部分は太平洋側付近で40度ほど右折する。
 従って、潜水艦が潜航したまま通過するには低速度のジグザグ航行をする必要があるが、それでは公海部分からはみ出て日本の領海を侵犯してしまう。これを避けるために、津軽海峡通過時は潜水艦も浮上しなければならない。
 津軽海峡に公海部分を設けたことを批判する人々は、海峡の全てを領海として通過希望の船舶には「無害通航権」を与えればよいとする。ところが、これでは仮に外国の軍艦が調査活動などを理由に通航を申請してきた場合、日本として「ノー」と答えることは容易ではない。その場合、潜水艦は津軽海峡を潜航したまま堂々と通過することができてしまう。
 日本が津軽大隅の両海峡に公海を設置したのは、自国の地形などを熟知し、また第2次世界大戦前から潜水艦運用能力を培ってきたことから出た判断によるものである。「見えない行動」をする能力と、されることへの抑止力は表裏一体であり、自分(自国の領土・技術・人材)を知って初めて実現できるもので、両海峡の例はその典型だと言えよう。
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 2022年1月8日 乗りものニュース「拿捕したアメリカ兵も驚愕 大型潜水艦「伊四百一」竣工-1945.1.8 目指した「東海岸
 tags: ミリタリー, 船, 艦艇(軍艦), 潜水艦, 伊四百, 旧日本海軍, 歴史, 伊四百一
旧日本海軍の潜水艦「伊四百一」が1945年の今日、竣工しました。アメリ東海岸に到達しそこで水上攻撃機を発進、ワシントンなどを攻撃しようという壮大な作戦を目論んでいましたが、戦局の悪化から計画は頓挫しています。
 軽巡洋艦並みの大きさ
 1945(昭和20)年の1月8日、旧日本海軍の潜水艦「伊四百一」が竣工しました。これは大型の潜水空母「伊四百型」の2番艦です。
 「伊四百一」は戦略的任務に従事することを目的に建造されました。それは、アメリ東海岸へ乗り込みそこで水上攻撃機を発進し、ワシントン、ニューヨークなど政治や経済の中枢を攻撃するというものでした。直接の被害は限定的でも、大都市上空に「日の丸」をつけた攻撃機が飛来して爆弾を落とせば、アメリカ世論に大きな影響を与えることが期待できるというわけです。
 日本の降伏後、横須賀にて米海軍管理下で物品搬出される、手前から「伊四百」「伊四百一」「伊十四」。「伊四百」の前甲板に水上攻撃機射出用のレールが見える(画像:アメリカ海軍)。
 「伊四百一」は全長122m、水上排水量3500トンあまり、水中排水量6500トンあまり、航続距離は3万7500海里(約7万km:水上)。水上攻撃機を3機搭載できます。これは軽巡洋艦並みの大きさで、通常型潜水艦としては、2012(平成24)年に就役した中国の潜水艦発射弾道弾実験艦032型(NATOコード名「清」、水中排水量6628トン)まで、その記録は破られませんでした。
 しかし壮大な作戦とは裏腹に、竣工当時の戦局は悪化の一途を辿っており、とても実行できたものではありません。計画は中止のうえさらに変更され、本格的な出撃は「伊四百」とともに、アメリカ海軍機動部隊の泊地である西太平洋のウルシー環礁(現ミクロネシア連邦)攻撃となりました。水上攻撃機を特攻作戦として使用するもので、偽装のため、機体にはアメリカ国籍を示す星条旗が施されました。2隻は1945年7月23日、青森県の大湊を出撃します。
 攻撃予定日は約1か月後の8月17日と決まります。しかしその2日前の8月15日に日本は降伏、攻撃を断念します。水上攻撃機も実戦に投入されることなく海中投棄され、「伊四百一」と「伊四百」は日本へ帰還することになりました。
 その途上、8月30日の明け方、太平洋の三陸沖でアメリカ海軍の潜水艦に拿捕されます。「伊四百一」はアメリカ軍に接収され横須賀に入港しますが、その際アメリカ軍兵士はその大きさと、潜水艦に航空機を搭載するという発想にたいそう驚いたといいます。【了】」
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 2022年6月14日 MicrosoftNews 乗りものニュースソ連が欲しがった? 旧日本海軍の秘密兵器「潜水空母」伊400型 戦後アメリカが沈めたワケ
 時実雅信(軍事ライター、編集者、翻訳家)
 伊400型だけじゃない、旧日本海軍潜水空母
 第2次世界大戦中に就役した潜水艦のなかでは世界最大といわれるのが、旧日本海軍の伊400型。特殊攻撃機晴嵐」を3機搭載・射出できたことから、潜水空母と呼ばれることもあります。
 ある意味では、旧日本海軍の秘密兵器的存在でもあった伊400型潜水艦を発案したのは太平洋戦争開戦時に連合艦隊司令長官を務めていた山本五十六大将だといわれています。
 彼は日米開戦前に、アメリ東海岸を潜水艦から発進した水上機で攻撃するという構想を立てていたそうで、それが伊400型開発の発端だといわれています。ただ、その開発には紆余曲折が伴ったとのこと。そこで、比較的よく知られている伊400型と、それを補う目的で建造された伊13型のたどった運命を改めて見てみます。
 【写真】アメリカ海軍が調査した「伊14」の内部
 終戦後、相模湾に集合した旧日本海軍潜水空母。中央が「伊14」、手前は「伊400」(画像:アメリカ海軍)。© 乗りものニュース 提供 終戦後、相模湾に集合した旧日本海軍潜水空母。中央が「伊14」、手前は「伊400」(画像:アメリカ海軍)。
 伊400型の誕生以前、すでに旧日本海軍は潜水艦に小型の偵察機を搭載し、運用していました。しかしその飛行機は偵察哨戒用の小型機であり、本格的な攻撃機を潜水艦に搭載しようと開発に着手したものの、未知の部分が多く、その開発は困難を極めたそうです。
 この特殊攻撃機(後の晴嵐)を搭載し、アメリカの虚を突いて米本土を攻撃可能な潜水空母として、伊400型の建造が具体化したのは1943(昭和18)年のこと。この年の潜水艦建造計画に「特型潜水艦」という名称で、伊400型18隻が盛り込まれます。ところが、戦局の悪化で計画は縮小を余儀なくされました。
 当初、伊400型は攻撃機を2機搭載する予定でしたが、建造数が減ったため3機に変更されます。さらに全体の隻数およびそれに伴う搭載機数の減少を補うため、建造中だった巡潜(巡洋潜水艦)甲型をベースに、特殊攻撃機2機の搭載が可能なよう改造を施した「伊13型」が計画されます。
 巡潜甲型の改造は、まず伊9型潜水艦2隻が決まっていました。しかし、この2隻(伊15と伊1)は進水後に工事が中断し、未完成に終わっています。この頃には、旧日本海軍の新造艦艇は、空母から潜水艦まで際限なく広がっており、逆に完成しなかった艦艇がたくさん生まれたほどでした。なお、この2隻よりあとに建造が始まった「伊13」と「伊14」は、1944(昭和19)年12月から翌年3月にかけて完成にこぎつけています。
 潜水空母の任務も相次ぎ変更
 伊400型の攻撃目標は、その後アメリカ本土からパナマ運河に変更されました。ところが、1944(昭和19)年10月にアメリカ軍がフィリピンのレイテ島に上陸し、パナマ運河攻撃は現実的ではなくなります。そこで攻撃目標は、アメリカ軍の中継補給基地だったフィリピン東方のウルシー環礁に変更され、作戦は1945(昭和20)年8月17日予定と決まりました。
 なお、このとき伊400型は3隻完成していました。しかし、そのうち「伊402」は就役したばかりだったため、「伊400」と「伊401」の2隻で作戦が実行されることとなります。
 一方、伊13型の2隻はトラック島に偵察機「彩雲」を輸送する任務に変更されました。1945(昭和20)年2月にトラック島の大空襲で航空機が壊滅したので、その補充のためでした。
 「光」作戦と名づけられたこの航空機輸送任務ですが、「伊14」は無事トラック島に到達して任務を達成したのに対し、「伊13」は途中で消息を絶ちます。なお、戦後判明したことですが、「伊13」はアメリカの駆逐艦に沈められていました。
 では、ウルシーに向かった2隻の伊400型潜水艦はどうなったかというと、攻撃直前に終戦を迎え、結局、日本本土に引き返しています。
 © 乗りものニュース 提供 横須賀でアメリカ軍の調査を受ける「伊14」。左は「伊401」、右奥は戦艦「長門」(画像:アメリカ海軍)。
 こうして日本本土に戻ってきた「伊400」と「伊401」、そして「伊14」の3隻の潜水空母は、東北沖で相次いでアメリ駆逐艦に拿捕されます。その後、横須賀へ回航され、アメリカ海軍が派遣した技術調査団の手に渡ります。
 アメリカ海軍は潜水空母を輸送用潜水艦だと報告書に記述しています。なぜなら、まさか潜水艦で航空攻撃するとは思わなかったからです。ドイツ海軍には大型の補給用潜水艦XIV型があったため、それと同種で航空機や物資輸送に用いるものと考えたようです。
 ただ、旧日本海軍も太平洋戦争の初め頃から潜水艦を輸送用に使っており、伊13型の2隻は前述のとおり実際に航空機を輸送しているため、必ずしも間違いとはいえないでしょう。
 アメリカ海軍は潜水空母3隻と、高速潜航できる潜高(せんたか)型の伊201型3隻を1946(昭和21)年1月、ハワイの真珠湾に回航し、さらに詳しく調査しました。
 アメリカ軍が潜水空母を処分した本当の理由
 戦後、アメリカは潜水空母に興味を持った旧ソ連(現ロシア)が、その引き渡しを要求したため急いで処分したという話があります。しかし、歴史の時系列を改めて見ていくと、実際はかなり事情が違ったことがわかります。
 ヨーロッパでは1945(昭和20)年5月にドイツが降伏し、Uボートの取り扱いが検討されていました。日本では1946(昭和21)年2月にアメリカ海軍の技術調査が終わり、日本の潜水艦をどうするか議論する、アメリカ海軍の潜水艦士官会議が3月26日に最終処分を決定。これを受けて、アメリカ太平洋艦隊は日本本土に残る潜水艦と合わせて、調査のためハワイに回航していた前出の6隻を4月1日から6月4日にかけて沈めたのです。
 © 乗りものニュース 提供 旧日本海軍の「伊14」の艦橋部(画像:アメリカ海軍)。
 1945(昭和20)年2月のヤルタ会談で、当時のルーズベルト米国大統領は、ソ連の対日参戦と引き換えにスターリン書記長が要求した千島・南樺太の占領を認めています。
 しかし、ルーズベルトの後任となったトルーマン大統領は、同年7月のポツダム会談において、ソ連を排除し米英中(中華民国)でポツダム宣言を出しています。すでに冷戦が始まっていました。アメリカは日本の分割統治を求めるソ連の要求を拒否し、イギリス(豪州ら英連邦諸国含む)を加えた米英だけで日本占領を行うことを決めたのです。
 つまり、すでに旧ソ連が日本艦艇に手出しする余地はなかったといえるでしょう。なお、アメリカは伊400型を始めとした潜水空母の調査を終えても、それが攻撃用という認識は持っていませんでした。旧ソ連潜水空母の詳細を知る余地がありませんでした。
 旧日本軍に関しては、伊400型潜水艦に関するハナシに限らず、時系列と因果関係が混乱した、このような“都市伝説的”な逸話がほかにも根強く残っています。
 台湾に賠償艦として引き渡された駆逐艦雪風」など、戦後も現役で生き延びた艦艇はありましたが、潜水艦は全て前出のように、調査が終わったのち連合国の決定を受けて処分しただけで、旧ソ連を意識したわけでは決してなかったというのが事実だといえるでしょう。」
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 ウィキペディア
 伊号第四百潜水艦は、第二次世界大戦中の大日本帝国海軍の潜水艦。伊四百型潜水艦の一番艦。
 概要
 潜水空母と俗称される本艦は、独創的な構造で3機の特殊攻撃機晴嵐』を搭載し、かつ、地球一周半分の長大な航続距離を持っており、日本海軍最高の秘密兵器といわれた。この能力は、アメリカ西海岸のアメリカ艦隊への攻撃や、パナマ運河への攻撃を企図して持たせられたものであったが、完成した頃には本土周辺の制海権・制空権すら完全に失われており、本艦が活躍する余地は残されていなかった。
 2013年8月にハワイ諸島オアフ島南西沖の海底からハワイ海底研究所(英語版)が伊号第400潜水艦の残骸を発見した。この発見はアメリカ海洋大気庁によって米国国務省と日本の政府関係者に確認され、同年12月2日に公表された。2015年5月にはNHKハワイ大学と共同で2014年10月に行った調査で撮影された映像が放送され、この時に発見された『晴嵐』格納筒などの映像が公開された。船体は上下正しい向きで沈んでいるが、船体中央部には魚雷が命中した大穴があいており、船首部も破損している。格納塔扉は脱落して海底に落ちている。格納塔も船体から脱落しており、格納塔に一体化している司令塔は横倒しになっている。
 2016年には船鐘が回収された。この船鐘は復元後にUSSボーウィン潜水艦博物館に展示される予定である。
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🍞2〗ー11ーWTO、食料安保や漁業補助金議論。2022年。~No.12 

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 2022年6月13日12:32 MicrosoftNews 時事通信WTO、4年半ぶり閣僚会議=食料安保や漁業補助金議論
 © 時事通信 提供 世界貿易機関WTO)の閣僚会議開幕に先立ち記者会見するオコンジョイウェアラ事務局長=12日、スイス・ジュネーブ(EPA時事)
 【ジュネーブ時事】世界貿易機関WTO)の公式閣僚会議が12日午後(日本時間同日夜)、スイスのジュネーブで開幕した。開催は4年半ぶり。ロシアのウクライナ侵攻を受けた食料安全保障問題、新型コロナウイルスワクチンの特許放棄などについて議論。懸案となっている漁業補助金の削減も焦点だ。
 オコンジョイウェアラ事務局長は開幕に先立ち記者会見し、「ウクライナ侵攻で生じた前例のないエネルギーと食料の危機に、世界がWTOで協力して対応する時だ」と強調。多くの分野で交渉が難航していることを認めた上で、「一つか二つの分野で合意を実現したい。慎重だが楽観的だ」と述べた。
 最高意思決定機関である閣僚会議を開くのは、2017年12月のブエノスアイレス以来。国際貿易ルールづくりを目指した交渉や、加盟国間の紛争処理をめぐってWTOの機能不全が指摘される中、具体的な成果を打ち出せるかが問われる。
 日本からは細田健一経済産業副大臣、武部新農林水産副大臣らが出席。15日に閣僚宣言を採択し、閉幕する見通し。細田副大臣は開幕前に記者団に対し、「まずは(加盟国間で)何らかのコンセンサスをきちんと得て、WTOがまだ機能していると示すことが大事だ」と語った。
 前回会合では、164に膨らんだ加盟国・地域の対立で閣僚宣言が見送られた。このため、採択できれば15年12月のナイロビ会議以来となる。」 
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⛻18〗─1─日本の伝統工芸品・民芸品に忍び込む中国の名人級匠。~No.85No.86No.87  

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 2022年6月10日 MicrosoftNews 毎日新聞「岐阜和傘の写真、中国製だった 国の伝統的工芸品指定受け市広報掲載
 © 毎日新聞 提供 中国製の傘が表紙に掲載された岐阜市の広報誌「広報ぎふ」6月1日号=2022年6月10日、井上知大撮影
 岐阜市の広報誌「広報ぎふ」6月1日号で、表紙に掲載された「岐阜和傘」の写真が中国製の傘だったことが判明した。市は「和傘の製造地の検証をしないまま掲載し、誤解を招いた。配慮が足りなかった」と釈明した。
 岐阜和傘は今年3月、国(経産省)の伝統的工芸品に指定された。「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」に基づき、岐阜和傘協会が申請したもので、岐阜、瑞穂両市と北方、岐南両町(いずれも岐阜県)が「製造される地域」として認定された。
 広報誌は指定を受け、歴史や制作過程を紹介。表紙には「伝統的工芸品に指定 『岐阜和傘』」の見出しとともに、青、紫、紅白色の3本の傘の写真を掲載した。
 市民から6日に疑義を指摘され調査したところ、3本は岐阜市内の和傘製造業者が岐阜県内産の材料を用いて中国で製造した傘だったと判明した。いずれも市商工課が所有していたもので、入手の時期や経緯を把握しないまま、広報誌に使用したという。
 市や岐阜和傘協会によると、「岐阜和傘」の明文化された定義はない。このため中国製の傘を含めて「岐阜和傘」を名乗り販売することを事実上、認めていた。市商工課は「これまでの『岐阜和傘』の考え方からすれば、広報誌は虚偽や誤掲載には当たらない」とした上で、「今後、『伝統的工芸品』を名乗って販売するものは岐阜市と周辺自治体で作られたものに限る。広報誌は誤解を招く写真を使い、配慮に欠けた」と釈明した。
 同協会の平野明宏代表理事は「市は、伝統的工芸品としての岐阜和傘かどうか確認して写真を使うべきだった」と話した。経産省生活製品課は「現時点で、認定の取り消しは考えていない」としている。【井上知大】」
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