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2024年9月25日 YAHOO!JAPANニュース SlowNews/スローニュース「東電の経営幹部はなぜ津波対策に失敗したのか?「現状維持バイアス」「集団思考」「アンカリング」…他人事ではない心理に潜む「歪み」
壁が吹き飛んだ福島第一原発1号機原子炉建屋
福島第一原発事故発生の2~3年前に同原発での津波対策を検討した経緯を振り返った東京電力の当時の役員や幹部社員の言葉に、「現状維持バイアス」「アンカリング効果」「ギャンブラーの誤謬」「集団思考」「総意誤認効果」など、心理学分野の研究で明らかにされてきている人の認知の歪(ゆが)みを示す内容が含まれていることが、それぞれが語った言葉の詳しい分析で分かった。
【写真】東電幹部の言葉からにじみ出る「心の罠」は他人ごとではない、あなたとその周囲にも……
「福島第一原発は安全なはずだ」という認知と、それと矛盾するような認知の双方をあわせもつことの居心地の悪さ、いわゆる「認知的不協和」を解消しようと動機づけられて生じたとしか考えられないような認知の欠落もあった。
こうした認知の歪みや欠落によって、津波リスクを等身大に評価することができず、対策を見送って、事故を大きくしたということができる。
アンカリング~厳しい津波高の数値を聞いても、元の低い数値に引き寄せてしまう心の歪み
福島第一原発の展望台から見た津波の水しぶきの様子。「協力企業」の作業員が携帯電話で撮影した動画の一場面
10メートルを超える高さの津波に備えた対策が福島第一原発で必要になるかもしれない、そんな話を2008年に耳にしたとき、東電の原子力部門で要職にあった2人がそろって思い浮かべた数字、それは、津波高さの旧来の想定、3メートルあるいは5メートルだった。
政府事故調が作成した聴取結果書によると、その一人、吉田昌郎・原子力設備管理部長は10メートル超の値を聞いて「うわあ」と感じ、その値に「ほんまかいな」と疑問を抱き、それに続けて思い起こしたのは、「私などが入社したときに、最大津波はチリ津波と言われていた」ということだった。
福島第一原発の設置が国により許可された1966年当時、その6年前の1960年に福島県内で観測したチリ地震津波の高さ3メートルを想定し、主要建屋のある敷地の高さを10メートルと定め、浸水することはない、と考えた。
吉田元原子力設備管理部長は、1979年に入社して福島第二原子力発電所に配属されてから30年近く、最大の津波高さとして「3mオーダー」をイメージしていたという。そのため、津波高さが10メートル超となる可能性の指摘を耳にして「非常に奇異に感じ」たという。
原子力設備管理部のナンバー2、山下和彦・地震対策センター所長も「従来の津波評価」を基準に新しい津波想定を検討したという。
供述調書によれば、山下元所長は2013年1月28日、東京地検で業務上過失致死傷の被疑者として取り調べられた際、検事の面前で次のように供述した。
「福島県沖海溝沿いで津波を伴う地震が発生することがあったとしても、従来の津波評価の3倍くらいとなる15メートル級の津波はもちろん、従来の評価水位の2倍くらいとなる10メートル級の津波が実際に発生することはないだろうと思っていました。そう思う根拠は特にないのですが」
2002年になって、福島第一原発の津波高さの想定は3メートルから5.4~5.7メートルに引き上げられた。このため、山下地震対策センター所長の念頭には「5メートル」の数字があったようだ。
このように、津波対策の可否の検討に関わる立場にあった原子力設備管理部長もその部下の地震対策センター所長も、2008年に10メートルを超える数字を聞かされたとき、従来の津波想定だった3メートルあるいは5メートルを頭に浮かべた。そして、その従来値が、10メートル超の数字の適否を判断する際の2人の思考に影響を与えた。
ある数値を見積もる際に、何らかの特定の数値を起点に思考すると、その起点が錨、すなわちアンカーのように思考を縛り、結果の数値を起点寄りに引き寄せてしまう人の心理の歪みは「アンカリング」と呼ばれ、心理学分野の研究の積み重ねで明らかにされてきている。
ギャンブラーの誤謬~同じことが再び起きる確率は低いと思ってしまう心の罠
柏崎刈羽原発のホームページより
「ギャンブラーの誤謬」と呼ばれるバイアスも見られる。
山下地震対策センター所長は、検事の取り調べに対し、福島第一原発で想定を上回る津波が実際に発生することはないと思った理由について「そう思う根拠は特にない」と供述したのに続けて、2007年に発生し、柏崎刈羽原子力発電所(KK)に被害をもたらした新潟県中越沖地震の経験を振り返って次のように述べた。
「平成19年に、KKで想定を上回る地震動を観測した中越沖地震を経験しており、そう何度も想定を上回る事象が生じることはないだろうと思い込んでいました」
柏崎刈羽原発が想定を超える地震で被害を受けたとしても、福島第一原発が想定を超える津波に見舞われる確率は増えもしないし、減りもしない。にもかかわらず、山下地震対策センター所長は、この確率が大幅に減ると思い込んでいたというのだ。これは「ギャンブラーの誤謬」そのものだ。
サイコロを振って1が出た次に1が連続して出る確率は6分の1であり、その1の次に4が出る確率と同じだが、人は、どうしても、1が連続して出る確率を低く見積もりがちとなる。これが「ギャンブラーの誤謬」と呼ばれるバイアスであり、人の判断を誤らせる。
現状維持バイアス~従来想定への固執
武藤元副社長の陳述には、「現状維持バイアス」、「確証バイアス」らしき言葉がしばしば登場する。
「これまでの津波評価のやり方でもって、普通に考えて安全だと社会通念的に見て安全だという水準は維持できているんだ、というのが全ての前提なわけで、で、それがだから運転してたわけなんで、で、それが何か崩れるような、何か新しい知見があったのかということを私は何度も確認した。だけどそれはないんですということだった」
従来想定へのこだわりは、バイアスというよりも、信念に近いものだったのかもしれない。
このほかにも、東電の幹部の言葉からは「総意誤認効果」「集団思考」「認知的不協和」「専門外忌避バイアス」といった認知の歪みを示す証左が次々と出てくる。スローニュースではより詳しい記事を配信している。
奥山俊宏
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9月24日 YAHOO!JAPANニュース SlowNews/スローニュース「地位、年齢が高いほどリスクを認めない!「津波対策」を却下した東電上層部の「歪んだリスク認知」を検証する
東京電力・福島第一原発の事故。土木調査部門から提案された津波対策を社内上層部が却下したことで、2011年3月11日、無防備な原発を津波にさらけ出すことになりました。なぜこんなことになったのでしょうか。
事故の2~3年前、東京電力の社内で「福島県沖の日本海溝沿いでマグニチュード8級の津波地震が発生するリスク」について、現場に近ければ近いほどより高いリスクを認識し、幹部になればなるほど認識するリスクがより低いことが、法廷などでの陳述を詳しく分析したことで判明しました。
津波地震発生の可能性を指摘した政府の地震本部の長期評価について、津波の「専門家」である土木調査部門の社員は9割の信頼を置いていたのに、津波に対して「素人」である幹部たちは「荒唐無稽」との見方でした。
社長や会長は長期評価の存在そのものを知らず、福島県に津波は来ないと思い込んでいました。事故の背景には、こうしたいわば「負の相関関係」があったのです。
「現場からの切実な声に耳を傾ける」公益通報の研究者で、原発事故も長く取材してきた奥山俊宏教授が、東電社員のリスク認知に大きな差があったことと、幹部の歪んだバイアスについて詳しくお伝えします。
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福島事故前、東電役職員個々の津波リスク認知に正反対の差異
奥山俊宏
今回、精査したのは、東京電力で2008~09年当時、福島第一原発の津波対策の意思決定に関わる立場にあった9人の陳述だ。
土木調査グループの主任
同グループの課長
同グループのマネージャー
その上部組織の原子力設備管理部の地震対策センター所長
原子力設備管理部長
その上部組織の原子力・立地本部の副本部長(途中から常務兼務)
同本部長(副社長兼務)
社長
会長
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東京電力本店での対策本部会議に臨む東京電力の武黒一郎・元副社長(デスク沿いの右から)、勝俣恒久会長、清水正孝社長、武藤栄副社長= 2011年4月15日撮影、同月18日、東京電力が公表した画像をトリミング
政府や国会の事故調査委員会の記録など既公開資料に加え、同原発事故をめぐる刑事訴訟での尋問の記録、東京地検作成の供述調書、株主代表訴訟のために作成された陳述書や尋問記録を裁判所で閲覧し、その多くのコピーを情報公開法の手続きで原子力規制庁や法務省訟務局から入手した。
津波地震「30年で20%」という評価をどう見ていたか
政府の地震調査研究推進本部(地震本部)は2002年、 三陸沖北部から福島県沖を経て房総沖に至る南北800キロほどの日本海溝近辺のどこでも津波地震が発生する可能性があると指摘し、その発生確率を今後30年で20%程度と見積もる長期評価を発表した。
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M8級の大地震が「三陸沖北部海溝寄りから房総沖海溝寄りにかけてどこでも発生する可能性がある」と指摘した政府の地震本部の長期評価に添付された地図
土木学会の原子力土木委員会の津波評価部会は2004年度と2008年度の2回にわたって、どの程度これを確からしいと考えるかを関係者にアンケートした。福島第一原発の津波評価を担当する土木調査グループの東電社員3人は、年度は異なるもののこのアンケートに答えたことがあり、その回答が刑事裁判で証拠として採用されていた。
その回答によると、地震本部の見解に対し、土木調査グループマネージャー(2008年7月末当時49歳)は2割の賛意を示し、その部下にあたる課長(同44)は3割の賛意だった。他方、主任(同36)の賛意は9割にものぼった。つまり、上の2人は、福島沖では津波地震が起きないとの見解への賛意のほうが大きかったが、下の一人はそれと逆で、福島県沖で津波地震が発生する可能性を指摘する地震本部の見解にほぼ全面的に賛成だった。
東電の上層部に、地震本部の見解に少しでも賛意を示す人は皆無だった。
地震本部の見解について、担当の原子力設備管理部長(同53)は「荒唐無稽と言う先生もたくさん」いるとして設計には使えないレベルの見解だとみなし、担当副社長(同62)は「ラディカルな見解を取りまとめている」と同部長から聞いたと振り返った。
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実際には、土木学会のアンケート結果によると、地震本部の見解への賛意が地震学者の回答の過半を占めていた。他方、東電の上層部で共有された見方はそれと異なり、地震本部の見解を異端視していた。
津波に「素人」の幹部が、現場の「専門家」の提案を却下していた!
福島第一原発での津波対策工事について、土木調査グループの3人はそろって「不可避」と認識していた。
地震本部の見解について、土木調査グループの主任と課長は、福島第一原発の津波想定に取り込むべきだと考え、グループマネージャーは、工学的には取り込む必要はないものの、原子力安全・保安院の審査を通すためには取り入れざるを得ない、と考えた。2008年6月、土木調査グループは会社の上層部に津波対策工事を提案した。
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2008年6月10日の東電社内会議で配布された資料の4枚目のうち「対策工」に関する記述=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第268号証の4(株主代表訴訟では甲297号証の4)の資料109として原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に筆者に開示
津波の「素人」が、現場の「専門家」の提案を却下してしまっていた東電。スローニュースでは、組織のどこに問題があったのか、その構造をより詳しく明らかにします。
奥山俊宏(おくやま・としひろ)
1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』の編集も担当。2013年、朝日新聞編集委員。2022年、上智大学教授(文学部新聞学科)。
著書『秘密解除 ロッキード事件 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。公益通報関連の著書としては、『内部告発の力: 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年)、『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』 (共著、朝日新書 、2008年)がある。
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