📉106】─1─不登校過去最多「日本の教育」はすでに崩壊していると言える訳。理想の授業ができない。~No.239No.240No.241 

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 現代の学校教育の崩壊は、敗戦利得者であるエセ保守とリベラル左派が行った戦後民主主義教育の成果である。
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 2023年10月21日 YAHOO!JAPANニュース 東洋経済education×ICT「不登校過去最多「日本の教育」はすでに崩壊していると言える訳 大人の同調圧力が子どもを追い詰めている
 不登校29万9048人で過去最多
 写真:東洋経済education × ICT
 小・中学校における不登校児童生徒数は29万9048人と、前年度から22.1%も増え過去最多となった。なぜ、こんなにも増えているのか。しかもこの数字は、「登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」で、行き渋りといわれる子どもたちも含めると、実際にはもっと多くの学校にいけない子が存在するという。学校現場の状況や子どもたちのリアルについて、先生や不登校支援をしている方に、教育ジャーナリストの中曽根陽子氏が取材した。
 【画像】学校に通えない、通わない子どもの居場所
 文部科学省が10月4日に発表した、「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」によると、小・中学校における不登校児童生徒数は29万9048人。前年度から5万4108人(22.1%)も増加し、過去最多となりました。小・中・高校などで認知したいじめ件数も過去最多の68万1948件となっています。
 不登校の内訳は、小学校が10万5112人(前年度比29.0%増)、中学校が19万3936人(同18.7%増)。10年前と比較すると小学生は3.6倍、中学生は2.1倍増となっています。しかし、不登校の数にカウントされるのは、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」なので、行き渋りといわれる子どもたちも含めると、実際はもっと多くの学校にいけない子が存在しているはずです。
 不登校の理由について、いちばん多いのは無気力や不安。ついで生活リズムの乱れ、そしていじめを除く友人関係をめぐる問題、親子の関わり方と続きます。
 文科省は、新型コロナによる環境の変化が、子どもたちにも大きな影響を与えていると分析し、共通施策として、個々の児童生徒の状況に応じて必要な支援や、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、関係機関との連携、アウトリーチ機能の強化による教育相談体制などを進めるとともに、これらを踏まえた取り組みを実施するため2024年度概算要求に予算を計上するとしています。
 もちろん、そのような支援も重要だとは思いますが、そもそも人材不足の中でどれだけ即効性があるのか疑問ですし、そのような対症療法でこの問題が解決するとも思えません。何より、1年で5万4108人増という数字は、単にコロナによる環境の変化で片付けていいのか、すでに学校教育が現状に合わなくなっていると見るべきではないのか。そんな疑問を持って、現場の先生や不登校支援をしている元教職員の方などに、現場の状況や子どもたちのリアルについて話を聞きました。
 窮屈で画一的な学校の空気がしんどい
 実際、全生徒の約15%にあたる生徒が教室に入れない、あるいは入らないと決めているという。公立中学校の先生は、この数字について「窮屈で画一的な学校の空気をしんどいと感じる子が増えていると感じている」と言います。
 元高校教師で、今は不登校専門家として活動している野々はなこさん(通称のんのん先生)は、「今の学校は、同じ硬い椅子に子どもたちを無理やり座らせようとしていて、多様な子どもたちに対応できていない」と言います。
 そういうのんのん先生自身も、かつては生徒には厳しく指導しなくてはならないと思っていたそうですが、心理学や脳科学を学び、まず必要なのは、子どもたちが安心して通える場所であることが最優先だと考えるようになったそうです。しかし、まだまだ多くの学校で、生徒を学校に合わせさせる方向で教育が行われているのではないでしょうか。
 そんな中、学校にも変化の兆しはあります。その1つが学校内フリースクールとも言える場所をつくる動きです。
 広島県SSRスペシャルサポートルーム)は、すべての児童生徒の「主体的な学び」の実現のために、一斉指導を前提としたカリキュラムだけではなく、子どもの実態に応じた多様な“選択肢”と“自己決定”を意識した教育活動の推進を掲げてつくられました。こうした取り組みは全国に広がりつつあり、埼玉県戸田市では、戸田型オルタナティブ・プランという取り組みがあり、今年から市内の全小学校に校内サポートルームを開設しています。
 このように、自治体主導で居場所づくりが進められている地域以外にも、学校独自の取り組みとして、居場所づくりを実現している学校もあります。
 その1つが、大阪市立友渕中学校。この学校にも学校に通えない、通わないという子どもたちはおり、そういう子たちの居場所をつくりたいと1年かけて準備をし、今年6月に校内の図書室に「ほっとスペース」を開設しました。
 開設にあたっての校内の反応は、おおむね好意的でした。というのも、これまでも、教室に入れない子どもたちのサポートを空き時間のある教員が行っていたからです。
 ホッとスペースは月曜から金曜まで開いていて、そのうち4日は心理士、養護教諭、教諭の資格を持ったNPO法人の職員が滞在しています(残りの1日は生活指導支援員が滞在)。専任のスタッフがいるほっとスペースができたことで、子どもたちにとっては安心して過ごせる場所が校内に確保できたと同時に、教員の働き方改革にもつながる取り組みとなったのです。
 これらの校内フリースクールには、決まった時間割はなく、何かをしなくてはいけないという決まりもありません。そう聞くと、「校内にそういう場所があったらますます教室に行かなくなるのでは。教室にいる生徒との公平性はどうなる」と危惧する人もいるかもしれません。しかし、30万人近くが長期欠席の不登校になっている事実を考えれば、その子どもたちが社会とつながる場所を確保する必要があるのです。
 以前、不登校特例校(8月から学びの多様化学校と名称変更)の記事を書きましたが、そこでも子どもたちが安心していられる居場所づくりがテーマでした。そのときに特例校という言葉に違和感を感じたこと、ここの取り組みが一般化していけばいいのにと思ったのですが、校内フリースクールはその一歩とも言えるでしょう。
 不登校の原因は「豆腐メンタル」と「親の過干渉」!?
 一方、子どもたちが安心して過ごすためには、ただスペースがあればいいということではありません。
 不登校約30万人という数字について、「あのつまらない場所にいればそうなるだろうなと思った。すでに学校制度は崩壊している」と言うのは、教育革命家/やる気いっぱい幸せいっぱいクラスの請負人を自認する元小学校教員の梶谷希美さん。「今のさまざまな問題の原因は、明治以来続いてきた日本の学校教育のシステムにある」と言います。
 先生の役割についても「そもそも1人で40人近い生徒を見るには、かなりの講師としてのスキルと高度なマネジメント力が必要だけれど、教員はそんな教育を受けて教師になっていない。しかも小学校の先生はどの教科も教えなくてはいけないうえに、英語やプログラミングまで乗ってきた。どんなに学んでも、学んでも追いつくはずはなく、そのうえ保護者対応や事務処理までこなすことが求められる。どれだけすごい人材を求めているのかと言いたい」と力説します。
 梶谷さん自身は、13年前に学級崩壊のクラスのサポートに入って以来、学級経営、心理学、コーチングなどありとあらゆる本を週に20冊は読み、学校以外の場所にも出かけて学び、学級崩壊をさせないマネジメント術を構築し、数々の学級崩壊に陥っているクラスを立て直してきたそうです。そして、退職後は未来学園HOPEを立ち上げ、不登校の生徒や保護者の支援をしながら、しあわせ先生塾を主宰し、先生にその方法を伝えています。
 「大人の役割は道案内」だと言う梶谷さんが子どもたちと接するときに心がけているのは、その子の持っている可能性を信じること。そのうえで、あくまでも一人の人として接することだそうです。そんな大人の姿を見て、子どもたちもだんだん変化し自立していくのだとか。やはり、子どもとの信頼関係は重要です。
 もう1つ、私が不登校の原因として気になるのが、生活リズムの乱れです。実際、不登校の原因の11.4%が生活リズムの乱れ、遊び、非行になっていますし、生活リズムの乱れは、原因の1位に挙がる無気力や不安にも影響を及ぼすからです。
 のんのん先生も、10年くらい前から子どもたちの変化を感じるようになったそうで、以前なら厳しい指導に対して反抗してきたけれど、今はちょっとした一言で心が折れてしまう。豆腐メンタルだと言います。その原因は2つあると、のんのん先生は言います。
 1つは生物としての弱さ。体と脳が育つ大事な幼少期から、生活習慣が乱れて、良質な睡眠や食事が取れていないことで基盤ができていない。生活リズムが整わないと、こころをコントロールする脳の前頭前野がしっかりと育たず、友達のちょっとした言葉に傷ついてしまうのです。
 もう1つが、親の過干渉があるとのんのん先生。確かに、親子の関わり方は、不登校の原因に挙がっています。とくに不登校になると、昼夜逆転など生活の乱れが見られるケースも多いのですが、この状況を悪化させないためには、親子の信頼関係が欠かせないとのんのん先生。しかし、親だって壁にぶつかる子どもにどんな言葉をかけたらいいのか、習っていないからわかりません。
 私も子育てに悩んだ経験があり、コーチングや心理学、脳科学を学びましたが、よかれと思って逆のことをしていたことに気づきました。そんな経験からも、子どもを導く役割を担う親も先生も、関わり方を学ぶ必要があると感じています。のんのん先生も、心理学と脳科学、栄養学を取り入れた不登校の親向け講座を開いていますが、親の関わり方が変わると子どもは変わっていくそうです。
 つまり、子育てや教育に関わる人が、常識だと思っていることをアップデートしていくことが、問題解決には欠かせないのです。
 本丸は教育システムの見直し
 そのうえで、本丸が教育システムの見直しです。ここまで、不登校の現状と、現場の取り組み、学校外でこの問題に向き合う人たちのことを紹介してきましたが、今回取材した先生の多くが、不登校の児童生徒が増えている理由として、「学校のこうあるべきという枠からはみ出る子どもたちを異質と捉える大人の同調圧力が子どもたちを追い詰めているのではないか」「この数字は、現状の学校システムが時代に合わなくなっていることの表れだ」という意見が相次いだのが印象的でした。
 学習学の提唱者・本間正人氏は、「不登校という言葉は子どもたちの人権を蔑ろにしているのではないか。在宅選択・登校選択の自由という言葉に置き換えてはどうか」と提言します。確かに、「不登校」という言葉は登校を前提としたネガティブな言葉ですが、言葉を変えることで物事の捉え方が変わります。「不登校特例校」が「学びの多様化学校」と名称変更されたのと同様に、この名称も考え直す必要がありそうです。皆さんはどう思いますか? 最後に、元麹町中、現横浜創英中学・高等学校校長工藤勇一氏の言葉を紹介しましょう。
 「何十年も前から国をあげて、教育委員会、学校が改善のための努力をしているにもかかわらず、ますます悪化していく一方なのは、そもそも日本の学校の教育システムが合っていないからです。子どもたち一人ひとりが主体的に学び方を選べる教育システムに転換しなければなりません」
 これまで、だましだまし続けてきた学校というシステムが軋み始め、限界に近づいてきています。教育相談体制などの対症療法も必要ですが、教育関係者だけでなく、保護者や当事者である子どもも一体となって、教育を再構築していくときに来ているのではないでしょうか。
 (注記のない写真:beauty-box / PIXTA
 執筆:教育ジャーナリスト 中曽根陽子・東洋経済education × ICT編集部
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 東洋経済education×ICT「理想の授業ができない、先生の心を折る「日本の教育」の悲しすぎる現実
 自由度が低い、横並び意識が強い学校の弊害
 2020年に小学校からスタートした新しい学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」が重視されている。子ども自身が学ぶことに興味関心を持ち、周りの人とも協働しながら、知識を関連づけて深く理解したり、問題解決ができるなど、子どもたちが自ら未来を切り開いていく力を育むことを目指している。では実際、授業はどう変わったのか。「あまり変わっていない」と感じた教育ジャーナリストの中曽根陽子氏が、その理由について複数の先生に取材をすると、変わることのできない日本の教育の悲しい現実が見えてきた。
 2023/07/26
 執筆:教育ジャーナリスト 中曽根陽子
 東洋経済education × ICT編集部
 小学1年生の授業を見て感じたこと
 先日、近所の公立小学校で公開授業があったので、行ってきました。見せてもらったのは、1年生の国語の授業。説明文を読みながら、登場人物ごとに、誰のことについて説明している文章なのかを、段落ごとに色分けしながら数字を振って、文の構造を見ていくというような授業でした。
久しぶりに授業を見せてもらって、小学校に入学してまだ3カ月の子どもたちが、結構難しいことを勉強しているんだなぁと感心したのですが、当然のことながら、1年生の子どもにとって、45分集中して先生の話を聞くというのは簡単ではありません。
 見ていると、しっかり授業についていけている子は一部で、先生の質問に対して、手を挙げる子は決まった子。その子の答えに対して、「どうですか?」と聞かれて、一斉に「同じです」と答えるという、昔ながらのお決まりの授業進行。タブレットとモニターを使っているだけで、相変わらず正解を教える一斉授業ではないかと感じたのです。
 とくに気になったのは、問いに当たる文章について、「これは何でしょう?」という問いかけに、「クイズ!」と答えた子どもの発言が、無視されていたこと。
 その時に先生が無視した意図はわかりませんが、「クイズという答えも、問題文のことを別の言葉で表現しているわけだし、先生はここを拾わずに問題文が正解と教えていくのか。あー、こうやって子どもたちは、1つの正解に合わせていくことを学んでいくんだなあ」と感じたのでした。
 もちろん、1人で35人を相手に授業をする先生のスキルはすばらしいですし、この先生を批判しているわけではありません。でも、これからは先生の役割も変わっていくという有識者の方々の話をずっと聞いてきたので、余計に現場との乖離を感じたのです。
 中曽根陽子(なかそね・ようこ)
 教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
 (写真:中曽根氏提供)
 現場の先生に聞いて出てきた本音、最優先事項は横並び?
この話を複数の学校の先生にお話ししたところ、「この場合は、『手挙げのルール』を破っているので、そこでその言葉を拾ったら、ほかの子どもも勝手にしゃべり出す。とくに1年生の場合、そこから授業が崩壊する危険もあるからよほど力のある先生でないと拾えない」と言われました。
 なるほど、そうなのか……とは思いましたが、それが今の学習指導要領で求められているはずの「主体的・対話的で深い学び」につながっていくのだろうかという疑問も湧きました。
 先生は授業を前に進めなくてはいけないので、そうせざるをえないのかもしれないのですが、せっかくワクワクした気持ちでランドセルを背負って入学した子どもたちが、先生の言うことを聞いて、正解を覚えていくことが勉強だと考えるようになってしまうのではないかとモヤモヤしたのです。
 そんなモヤモヤが消えず、子どもたちが「勉強するってこんなに楽しいことなんだ!」と思って、授業を前のめりで聞けるようにするには、どうすればいいのだろう。ほかの学校ではどうなのか、さらにちまたで言われている「主体的・対話的で深い学び」や教育改革について、現場ではどう受け止めているのか、現場の状況はどうなっているのかを複数の先生に聞いてみることにしました。
 今回話を聞いたのは、ご縁をいただいた次の方々。東京都の公立小学校に勤務する宮澤弘道先生と二川佳祐先生、岡山県の公立小学校に勤務する山口育恵先生。そして、東京都の公立小学校で担任として勤務後、現在は世田谷区と新宿区で非常勤講師として働きながら、子育て教育コミュニティー「つみき」を運営している古内しんご先生。全員勤務歴15年以上の経験を持つ先生です。
 私の課題意識を聞いて、その授業はある意味成功しているし、その先生は力のある先生として評価されているだろうという意見が多かったのは驚きでした。「統制的と思ったかもしれないけれど履修主義が重視され、教科書準拠の授業が前提の現状ではそうならざるをえないし、自分もそういう授業をしている」。また、「今の教科書は誰が教えても、そのとおりやれば授業が流れるように作られているので、そうなる」という意見もありました。
 さらに、日本の学校では「学年で進度の差はつけられない」という意識が徹底しているから、先生の最優先事項は、決まった範囲を決まったコマ数で消化していくことに置かれていて、自由度が低いという事実。
 なのに、新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」という観点が加わり、さらに「個別最適な学び」という文言とともに1人1台のタブレットが配布された。しかもコロナ対策に追われた数年がやっと終わったところで、とにかく現場は混乱しているというのが、先生たちの置かれている状況なのだと、よくわかりました。
 理想が打ち砕かれる毎日、学校が「守り」にならざるをえない事情
 前回書いたように学校では、定年によるベテラン教員の大量退職に加えて、病気などでの中途退職者の増加による人員不足が深刻です。さらに現場では経験の浅い若手教員が増えており、指導力もあり新しいことにもチャレンジする意欲のある中堅の先生は、そのフォローもしなくてはならず、自らの授業研究をする余裕もない。
 加えて、物言う保護者からのクレームに学校は防御の姿勢を取らざるをえず、管理職による管理もきつくなりがちで、新しいチャレンジがしにくいという声が多く上がりました。
 その点について、「教師は、子どもと向き合える先生でいたいという理想を持って先生になる。子どものために授業を工夫し、挑戦したいと思っていても、毎日のようにそれがくじかれるような出来事がある。管理職から指導され、保護者からの要望を受け、異様なほど足並みをそろえないといけないとおびえていき、どうせ理想の授業なんてできないと、挑戦しないマインドが定着していく先生も少なくない」と言うのは古内先生。
 こういう経験を経て、自分の中に哲学を持っている先生は、たとえ保護者のクレームや管理職の指導があっても、それを受け止めることができるが、経験の浅い先生は心が折れやすいのだと指摘します。病欠の先生が増えている理由は、多忙のほかにこういうこともあるのです。
 職場環境は、学校によっても違うとは思いますが、全体的に職員室は、心理的安全性が保たれていない場所になっているという印象を受けました。
 その中で、これまでの教育を踏襲していけばいいわけではないことは、ある程度わかっているけれど、「自分たちが経験したことのないことをやれと言われても、そう簡単ではない」というのが先生の本音のようです。
 楽しくはないが、できるようになることが優先される日本の教育
 実際、教員向け研修も行っている宮澤先生は、研修で図のようなマトリックスを示し重要度を聞くそうです。もちろん「楽しくてできるようになる授業」がいちばんだけれど、次は「楽しくないけれどできるようになる授業」が重要という答えが9割を占めるといいます。
 出所:宮澤先生への取材を基に中曽根氏作成
 しかし実際は、「楽しくはないけれどできるようになる勉強をしている」とどこかで行き詰まる。逆に、「わからないけれど勉強は楽しい」という経験をした子どもほど後で伸びる。できない子でも、学びに向かっている過程を認めてもらうことが、とても大切だと宮澤先生。
 これは、心理学でもいわれていることで、さらに言えば、できないところより、できているところを見てもらい、努力している過程を認めてもらえると、さらに挑戦しようという気持ちになることもわかっています。
 しかし現実は、テストでよい点を取れる学力をつけることが求められているし、できないところをできるようにするのが教育だと、多くの方が思っているのではないでしょうか? だから、面白くなくてもできるようになる授業が優先されるのでしょう。
 教職員向け研修をする宮澤先生。道徳の教科化に関する著書もある
 (写真:宮澤先生提供)
 しかも、学校の成績評価の観点は以前より厳しくなっていると指摘するのは山口先生。「以前は、1. 知識・理解、2. 技能、3. 思考・判断・表現、4. 関心・意欲・態度の4観点評価だったものが、1と2が合体した3観点評価に変わったことで、頑張っていても結果が出ないと◎はつけられなくなった。これは、指導観を変えて、深い理解を子どもに促す主体的な授業を教員に働きかける処置なのですが、こうした観点の違いを知らない歳の離れた兄弟のいる保護者は、下の子は上の子より勉強ができないと誤解するかもしれない」といいます。
 自由度が低い中でも、理想の教育を実現しようとする教師たち
 ここまで4人の先生の話を聞いて、理想と現実のギャップにため息も出てきましたが、誰のため何のための教育なのかを考えると、やはり今の状況で仕方ないとは言えません。
 ただ、希望の灯火はあちこちに灯っていて、先生の学び合いの場所もたくさんできていますし、意欲ある先生は現状を変えていこうと努力されていることを私も知っています。
 今回話を聞いた先生方も、今できる中で、学校をよりよくしていこうと努力されていたので、その実践を紹介しましょう。
 通常の授業では、なかなか主体的な学びはできないけれど、年間70〜105時間ある総合的な学習の時間を使って、自分色の学習デザインを実践しているというのは二川先生です。
 講演など校外でも積極的に活動をしている二川先生
 (写真:二川先生提供)
 ユニクロと、隣の東京都立石神井特別支援学校との共同プロジェクト。全校に呼びかけ、1159枚もの古着が集まった。ポスターは1人1台端末を使って児童が作った
 (写真:二川先生提供)
 子どもたちが主体的に決めたテーマに基づいて探究活動を行いチームでプレゼンテーション。最後は「自分はどう生きていきたいか」を小学校版「TED」として1人ずつ発表するという年間を通したプロジェクト学習を、他クラスの先生にも話して学年として行ったそうです。
 ほかにも、SDGsの学習では3つのプロジェクトに分かれて協働的に学びました。子どもたちは環境問題からLGBTQまで、多種多様な課題を取り上げ、自分たちなりに探究し、立派に発表をしていました。ほかにもZoomで南アフリカの現地の日本人の先生とつなぎ、人種差別について意見を交換したりもしたそうです。
 特別支援学級の担任や、特別支援コーディネーターを担当する山口先生は、以前紹介した方眼ノート(関連記事)も学び、さらに脳科学ウェルビーイング・言葉を意識した授業を探究。この夏も岡山から、「教育は楽しい!かっこいい!」と思えるようになる、新しい教育の魅力が体験できる教育研究に参加。今夏も謎解きのような国語の公開授業を行います。
 春に行われた「教育クリエイターフェスSCHOOL」に岡山から初参加した山口先生。夏の「Tokyo Education Show」でも授業を行う
 (写真:山口先生提供)
 また古内先生は、いったん正職員から身を引き、非常勤講師として現場に身を置きながら、残りの時間で、「子育てを“孤育て”にしない! 教育を“学校だけのもの”にしない! 子育て教育を多くの人の自分事に」という理念の下、《学びあい 育ちあい》の社会を目指して、子育て教育コミュニティー【つ(繋ぐ)み(皆を)き(教育で)】という団体の活動を通して、子育て教育をみんなでつくっていく社会を目指しています。
 古内先生は、学校を飛び出し、みんなでつくっていく社会を目指して、「つみき」の活動を行っている
 (写真:古内先生提供)
 子どもを真ん中において学校と保護者が手を携えることから
 どの先生も、子どもたちのためを思って活動をしています。こうしたそれぞれの先生の思いが、やがて管理型の学校教育という岩盤を突き崩し、子どもを真ん中に置いた学校教育が実現していくと信じたい。ただそれを妨げる、さまざまな課題があることも今回の取材でよくわかりました。
 最後に、日本も批准している子どもの権利条約の4つの原則を紹介しましょう。
 生命、生存および発達に対する権利
 (命を守られ成長できること)
 すべての子どもの命が守られ、持って生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障される。
 子どもの意見の尊重
 (意見を表明し参加できること)
 子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、大人はその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮する。
 子どもの最善の利益
 (子どもにとって最もよいこと)
 子どもに関することが決められ、行われるときは、「その子どもにとって最もよいことは何か」を第一に考える。
 差別の禁止(差別のないこと)
 すべての子どもは、子ども自身や親の人種や国籍、性、意見、障害、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障される。
 この4つの原則は、2023年4月に施行された「こども基本法」にも取り入れられています。
 しかし、多くの先生はこの内容をちゃんと理解していないのではないかと宮澤先生は言います。「この条約の前提は、子どもは自分で意見を形成する能力があるという前提に立っている。つまり、子どもたちがその力を伸ばしていける引き出しを用意することが、教員の役割だ」という言葉が印象的でした。
 今盛んに言われている探究的な学びは、指導者の力量が問われることもあり、横並び意識が強い日本では、結局型どおりの授業を行わざるをえないという状況があるというのもよくわかりました。でも、時代は大きく変わっていくのですから、学校教育の意味と目的を前提から考え直す時期に来ているのは確かでしょう。
 けれども、それは学校だけで決めることではなく、そこに子どもを預けている親も一緒になって対話をしていくことが必要です。保護者は要望を出すだけではなく、トライ&エラーがあってもそれを寛容に受け止め一緒につくっていくくらいの気持ちがないと新しい教育への挑戦は先生もできませんね。
 好き勝手に突進し、何か(誰か)にぶつかったら方向転換する「ルンバタイム」に興じる子どもたち。雑巾がけも楽しい体験になる
 (写真:宮澤先生提供)
 制度としては、学校運営委員会やコミュニティ・スクールなどがありますが、機能しているかというと怪しい。しかも、学校教育は、ある意味サービス業になってしまっているという指摘もありました。学校は保護者からクレームが出ないように守りの姿勢が強くなっているのだとしたら、お互いに信頼関係を築いていくことが、学校をよい場所にしていくためには欠かせないでしょう。
 逆に言えば、子どもを真ん中にして子どもたちが幸せであるために何が大切なのかを対話し、協力し合えたら、学校という場所も変わっていくのではないでしょうか。
 そのときに大切なのは、子どもを一人の対等な人間として尊重する、その意識を先生も親も持つこと。そして、子どもを育てる仲間として、お互いをリスペクトする関係づくりが、何よりまず必要なのではないか。そんな思いを抱いた取材となりました。
 (注記のない写真:Ushico / PIXTA
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