🍞11〗ー1ー世界の動きと未来は小麦が知っている。小麦の地政学。~No.46 

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 2024年1月29日 YAHOO!JAPANニュース ALL REVIEWS「世界の動きと未来は小麦が知っている―セバスティアン・アビス『小麦の地政学:世界を動かす戦略物資』原書房による書評
 『小麦の地政学:世界を動かす戦略物資』(原書房
 全世界で基本的な食料のひとつである小麦。ウクライナ戦争も、気候変動も、国際関係も、政情不安も、小麦を抜きにしては語れない。農業大国フランスきっての専門家が小麦をめぐる人類の現在と未来について案内した書籍『小麦の地政学』より、序文を公開します。
◆農業と食料問題を巡るパワーゲーム
 いまや地政学はいたるところにある。かつては、ナチズムに利用された道具としてタブー視され、その後は市民とはかけ離れた少数の専門家の間だけで通じる難解な学問と見なされていたが、現在では再評価されているだけでなく、あらゆる空間に進出している。
こうした状況はウクライナ戦争のショックのせいだけではない。以前からあった傾向が戦争によって増幅されたにすぎない。かつて大衆向けのメディアでは、視聴率を落とさないように地政学をあまり前面に出すべきではないとされていた。しかし、今では視聴者を惹きつけるのは地政学だといわれている。地政学関係のテーマに関する番組、ドキュメンタリー、議論の放映はどんどん増えている。シンポジウムも盛んに開催され、活気のある多くの参加者を集めている。フランスでは地政学は高校2年生と3年生の授業にも取り入れられ、生徒の圧倒的支持を受けている。国境の外で起きていることを単に外国の出来事と見なすことはできないと高校生たちは理解しているのだ。地政学への興味は若者だけでなく、世代を超えたものだ。ディディエ・ビリオン氏[フランス人地政学者。トルコ・中東専門で国際関係戦略研究所(IRIS)副所長]の人気が示すように、シルバー世代の大学講座にも同じ現象が見られる。
 地政学はパリ市7区[省庁が多く、パリ政治学院がある地区]だけに限定されているのではなく、市民の問題だという信念は国際関係戦略研究所(IRIS)の研究方針にしっかりと根付いている。それはわれわれIRISのDNAだと言ってもいいだろう。
また、政治・軍事問題だけに限定されるのではなく、もっと幅広いものであることも地政学の特徴だ。国際舞台における力関係、大国間のライバル関係に関することはすべて地政学の範疇になる。われわれはすでに1990年代終わりにスポーツの地政学という概念を扱った。その概念に対して、皮肉と言わないまでも懐疑的な考え方はあったのだが、問題にしなかった。
 われわれはまた、最初から、人道問題はNGOだけでなく地政学シンクタンクが扱う問題でもあると考えた。そして、NGOと実りある啓発的なパートナー関係を発展させてきた。
 新型コロナウイルスパンデミックより前に、われわれは健康に関する地政学観測所を設けた。同じく垣根をなくす考え方から、農業と食料安全保障に関する問題にも関心を持つようになったのである。軍事やエネルギー問題と同様に、農業は各国政府の政策や、国民扶養の課題の根本部分である。この課題は世界の人口が増加しているから、よけいに重要だ。しかも農業は、消費者によりよい健康をもたらし、かつ経済の脱炭素化を可能にする一次産品を供給することにより持続可能開発を成功させる――あるいは失敗させる――移行の中心にある。
 しかし、農業の根本的な役割の第一は、最大限の人々に食料の安全保障をもたらすことである。その役割は、地球上の地理的、社会的、体制的な不平等が根深いために、非常に複雑であることは明らかだ。農業と食料問題を巡るパワーゲームは、その利害が戦略的かつ段階的であるためによけいに激しい。気候変動、主権主義的傾向、エコロジスト的傾向もパワーゲームを助長している。農業は地政学であるし、そのことはますます明白になっている。したがって、農業の地政学は存在し、大国間の問題の中心になりつつある。
 しかし、セバスティアン・アビス氏の貢献なしには、IRISはここ10年来進展する農業の地政学を発展させることはできなかっただろう。アビス氏とIRISおよび私自身との関係は非常に特別だ。アビス氏は、パリの「IRISシュップ」[2002年創設の地政学専門の修士課程を持つ私立大学]創設より前、リールの政治学院で私の教え子だった。当時、同校の教育内容は地域圏内のパートナーとともに共同で策定され承認されていた。教師としては、元の教え子の一人が知識人の世界や学会でそこまで活躍するのを見るのは大きな満足をもたらす。
 同氏のキャリアはユニークである。フランス軍の参謀部から、民間の企業連盟を経て、政府間組織に移った。彼の興味は出身地である地中海地域にも、サッカー(そのためにいっそう私たちは近しい関係にあるのだが)にも限定されない。農業と食料安全保障は彼が非常に秀でた分野であるので、この分野では参照にされる存在である。彼は長いキャリアにおいて非常に多くの研究活動や外交ミッションを率いてきた。しかも、IRISのアソシエート研究者として、幸いにも10年以上前からわれわれの活動に参加している。
 以来、セバスティアン・アビス氏は信念を持って、リスクのともなう仕事をしている。地中海、農業および食料安全保障に対して強くコミットし続け、職業面では快適な分野を断念して、国際的な国家公務員から一協会の事務局長になった。その協会「クラブ・デメテール」[産学省庁が共同で農業と食料の未来を考える協会]は2017年にアビス氏が参加することによって、戦略地政学や将来展望、国際的視点を取り入れ、農業と食品問題で常に引用される存在になった。アビス氏は企業、高等教育機関、省庁、専門家から形成されるユニークなエコシステムを構築することに尽力し、そこで多様性、矛盾、結集と対話への情熱を育てている。それらすべてを、かなり密な研究、コミュニケーション、発表・出版を維持しつつ行っているということは、このクラブの持久力、さらに国内外の多くの分野やフランス国家の最上層部から認知されていることと無関係ではない。
 本書は農業や小麦についての書籍ではない。本書は世界の未来の一部が何にかかっているかを理解するための本である。したがって、本書を大いに堪能していただきたい。
 ◇
 小麦なしに安全保障はない
 穀物は、長い目で見た農業問題の地政学をみごとに表している。より正確に言えば、小麦だけを見ても、一つの農産物が真の戦略的威力を有することを表している。世界の食料システムの脆弱さは、単に農学的、地理学的なものではなく、政治的、社会的、経済的、物流的なものだ。
 世界の食料安全保障の花形産物である小麦は、つねに歴史と権力闘争の中心にあった。原油より地味で、黄金ほど光り輝くこともなく、ウラニウムのように議論の的になることはないが、ほかの一次産品とは異なる。小麦は必要不可欠な作物であり、その栽培は世界の風景を変え、人口や政治を変えてきた。小麦なしには、安全保障はない。国家にとって小麦を有することは、その国の安定性を確保できる上、輸出も可能なら国際的影響力を持つための重要な戦略的切り札になる。反対に、国内需要に対して小麦が足りなければ、大きな弱点を暴露することになる。
 不足、気候不順による不作、市場における価格高騰といったことがない限りはメディアに登場することは稀な小麦だが、過去にはカギになる瞬間に姿を現し、支配する側と支配される側の力関係――国家間、官と民、個人間――の変化に寄与する。
 しかし、現在、小麦は何十億人という人が消費しているが、以前より世界に平等に行きわたるようになったわけではない。生産国は少なく、温暖地帯に集中している。輸出している国はさらに少ない。その流通、つまり貿易は世界の安定と世界経済にとって重要であることは明らかだ。その上、小麦は多数の金融オペレーションを経て取り引きされており、そのシステムは複雑で目立たない担い手のあいだの競争が顕著である。
 このグローバル化の隠された面を地理的、時間的に概観してみると、小麦の力がよりいっそう明らかになるだろう。本書は、農業関係者や激変する地政学に直接関係する人はもちろん、現代の戦略的課題の多様性を理解したいと思う人や、その複雑性を把握したいと思う人など幅広い読者を想定している。小麦は、われわれを歴史の深部へ、そして数々の紛争の知られざる動機にいざなうだろう。
 [書き手]パスカル・ボニファス(IRIS所長)
 [書籍情報]『小麦の地政学:世界を動かす戦略物資』
 著者:セバスティアン・アビス / 翻訳:児玉 しおり / 出版社:原書房 / 発売日:2023年12月19日 / ISBN:4562073837
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