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2021年10月27日06:35 MicrosoftNews BUSINESS INSIDER JAPAN「「大隅先生、日本の科学は死んでしまったんですか?」ノーベル賞学者に聞く、日本の科学の行方
三ツ村 崇志
© REUTERS/Mike Segar 2021年ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎博士。
プリンストン大学の真鍋淑郎博士が2021年のノーベル物理学賞を受賞した。
「日本人がノーベル賞を受賞」と盛り上がる一方で、日本では、科学を育む土壌の喪失が危惧され続けている。
文部科学省、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査によると2020年、日本はコロナ関連の論文数で世界14位。質の高い論文ランキング(全分野)でも、9位から10位へと順位を落とし、サイエンスの現場で強い存在感を放っているとは言いがたい状況だ。
東京工業大学榮譽教授の大隅良典博士は、日本の科学の行く末を憂い続けている科学者の1人だ。
細胞内部の自食作用、オートファジーのメカニズムの解明で2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅博士は、その後、公益財団法人・大隅基礎科学創生財団(以下、大隅財団)を立ち上げ、科学者の好奇心を起点とした「独創的な研究」の支援に精力的に取り組んでいる。
日本のアカデミアが抱える課題、そして科学を再興するためにこの先何が必要なのか。大隅博士に話を聞いた。
大隅良典(おおすみ・よしのり):東京工業大学榮譽教授。大隅基礎科学創成財団 理事長。「オートファジーの仕組みの解明」により2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞。大隅基礎科学創生財団では、基礎科学の発展、企業との新しい関係構築に向けてさまざまな取り組みを進めている。寄付はこちらから。
「日本の科学技術の衰退、間違いない」
——コロナ禍でのワクチン開発や気候変動対策における技術開発など、昨今、日本の科学技術の存在感が薄いように感じています。大隅先生は、日本の「科学技術」の現状をどう認識していますか?
大隅良典博士(以下、大隅):難しい質問ですが、体力的にはやっぱり衰退しているというのは間違いないと思います。
単に「(研究に対する)お金が足りない」という問題ではなく、日本の研究力そのものが落ちているのではないかと思っています。
日本では、基礎科学の研究では大学が大きな役割を果たしてきました。ただ、大学の研究力が落ちてきている。
その一番大きな要因は、若い科学者を育てる土壌の崩壊だと思います。
——「土壌の崩壊」というと、何が起きているのでしょうか?
大隅:まず、博士課程へ進学する大学院生が減っているということが、ものすごく深刻です。
昔は、大学院生がどんどん研究に参加する流れがあり、その積み重ねが日本の科学を支えていました。
今は「ポストドクター」(以下、ポスドク)のシステムがあり、私も多くの方と研究してきました。ただ、今はポスドクを募集しても、そもそも人材が少なくなっているように感じます。
博士号の取得者は欧米や中国と比較して少なく、かつ減少していて、若い層が育たない。
このままいけば、私は間違いなく日本のサイエンスはどんどん落ちていってしまうと思っています。
「余裕のない社会」がもたらしたもの
© 出典:Flourishを用いて編集部が作成。 日本国内における分野別の博士課程入学者数の推移。直近では微増しているものの、2003年をピークに減少傾向だ。
—— 若い世代が科学者を目指さなくなった原因は何だと感じていますか?
大隅:いろいろ問題はありますが、社会全体の問題なのではないでしょうか。
科学だけがすごく伸びやかな社会というのはありません。やはり日本の社会全体が余裕を失ったのだと思います。
経済的に余裕を失い、社会全体が内向きになった。若者が研究者になるというリスクの大きなことをやるよりも、「安定したところに就職して欲しい」という親の意見に抗することができなくなってきている。
—— どんどん科学者を目指す若者が居なくなっていった場合、研究現場には何が起きるのでしょうか?
大隅:大学院では、ドクター(博士課程の学生)がいたことでサイエンスが守られていたんです。研究室の中でドクターがマスター(修士課程の学生)を指導することで、彼ら自身も(下の世代も)伸びていくシステムとなっていました。若い世代が少なくなると、それが失われてしまう。
また最近では、ドクターに進まないことを前提としたマスターの学生が増えていることも問題の一つです。大学院が就職するための予備校のようになってしまい、研究者を養成できていないと感じています。
—— 修士卒で企業に就職しするケースは、確かに理系の一般的なキャリアとなっているかもしれません。ただその中には企業内で研究する道を歩むような方もいると思います。
大隅:確かに企業でも研究者になれると指摘する方もいます。これはあるところは正しいし、あるとこは幻想です。
「どうせ研究するなら、大学で無給でやるよりも企業で研究した方がいい」
というのが、一般的な学生たちの意識のように感じます。ただ、修士課程で終わると研究者が何たるかということを知らずに終わってしまうことが多いんです。
だから研究の楽しさも、大変さもよく知らない。ただ言われたことをこなしている間に、修士課程が終わってしまう。
我々の分野であれば、修士課程では研究室の指導教員からテーマをもらい、博士課程に進むと自分で研究テーマを選ぶ。こうやって研究者としての階段をのぼっていくものでした。
もちろん、優秀な人は勝手にその階段をのぼっていきますが、学生全体を見ると、マスターの間にいかに論文を出すかということを考えて、研究室の指導者から言われた通りに作業する意識の若者が増えているような気がします。
今の学生は「どの研究室が就職に有利か」「どの研究室なら論文が出るか」「どの仕事をやれば一流雑誌に通るか」ということへの興味が強く、自分が本当に興味があるものを深める時間が足りていないのではないかと思います。
—— それは、大学の研究環境の問題というよりも、それまでの教育環境の問題でもあるように感じます。
大隅:恐らくそうでしょうね。昔の方が、その点はやはり余裕があったのだと思います。
私はね、やっぱり「面白い」と思うことが、科学の根源だと思うんです。
「これで人類が救える」といったような高尚なことだけで、人は科学をやっているわけではないんです。
知りたいと思った疑問を解くことが楽しい。正しいことを理解する、それ自身が楽しいことだと思える社会になることがとても大事なのかなと思います。
大隅財団の活動の中で、社会には科学に純粋に興味を持っている人たちが少なからずいることがわかりました。そういった「芽」をちゃんと育てていかない限り、日本は変われないのではないかと感じています。」
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10月28日07:00 MicrosoftNews REUTERS/Kim Kyung-Hoon「中国の科学技術力、圧倒的」大隅博士が語る、日本の科学の未来。選択と集中の果てにあるものとは?
三ツ村 崇志
© REUTERS/Kim Kyung-Hoon 10月8日、所信表明演説をする岸田文雄首相。
「成長戦略の第一の柱は、科学技術立国の実現です」
10月8日、岸田文雄首相が所信表明演説で語ったこの一言は、筆者にとって衝撃だった。
「日本は、科学技術立国である」
ことあるごとに聞かされてきたこのフレーズが、すでに過去の産物であるという現実を、首相自らが認めている発言ともとれたからだ。
日本を取り巻く経済環境が厳しくなる中で、この先どうすれば科学を再び育んでいくことができるのか。
日本のアカデミアが長年抱えてきた「選択と集中」の弊害や、近年注目される中国の躍進。そして、科学技術立国の再実現に向けたこれからの企業と大学の関係について、前編に続き、細胞内の「ごみ」をリサイクルするシステム「オートファジー」の研究で2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した東京工業大学榮譽教授の大隅良典博士に話を聞いた。
大隅良典(おおすみ・よしのり):東京工業大学榮譽教授。大隅基礎科学創成財団 理事長。「オートファジーの仕組みの解明」により2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞。大隅基礎科学創生財団では、基礎科学の発展、企業との新しい関係構築に向けてさまざまな取り組みを進めている。寄付はこちらから。
中国の躍進で問い直される「日本の科学」
© 撮影:今村拓馬 東京工業大学の大隅良典博士。
——日本では、すぐに役に立つ研究への研究予算の「選択と集中」が進められてきました。大隅先生はよく「選択と集中」の問題点を指摘されていますが、あらためてその弊害を教えて下さい。
大隅良典博士(以下、大隅):選択と集中はあってもいいんです。
ただ、それを進める条件は「基礎」があることです。今は、科学の広い裾野を切り捨てた上で、選択と集中をしようとしている。それは間違ったメッセージです。新しい科学は、裾野の広い知の体系から生まれてくるものです。
このままでは、日本の科学の底が浅くなってしまう。
なにも、あらゆる分野に多額の資金が必要だというのではありません。
研究者の好奇心に基づいたことをコツコツと研究できる土壌を育て、知の裾野を広げておかなければ、次の世代の科学は育たない。その喪失を早めていることが、選択と集中の最大の弊害なんだろうと思います。
私は、このままだと、10年後にノーベル賞をもらえるような人が出てくることはなくなってしまうのではないかと思っています。
© TT NEWS AGENCY/Henrik Montgomery/via REUTERS ATTENTION EDITORS 2016年にノーベル賞を受賞した際に、スピーチをする大隅良典博士。
——そういう意味では、近年あらゆる分野で中国の躍進が注目されています。大隅先生は、中国の科学技術の進歩についてはどう捉えていますか。
大隅:まず、お金のかけ方が違いますよね。私は昔、植物学の研究室にいたのですが、数十年前は中国ではイネ以外の研究にはなかなかお金が出ていなかったようですが、今では、何でも研究できる自由度があると聞きます。
中国はまさしく国策で科学技術振興を進めているので、資金力も半端ではありません。投資の意思決定も早いので、原理が分かっていてあとは力仕事になるような分野では、もう圧倒的です。
大学もたくさん作られていて、研究の場(ポスト)も増えている。研究者になることに対して、中国の社会には不安が少ないように感じます。
——若手も研究者を目指しやすいですね。
大隅:そうですね。ただ、私はまだ「中国のサイエンス」にはなっていないのだろうなと感じています。現在の中国の科学は、欧米に留学していた人材が戻ってくることで、欧米のスタンダードに則って研究している状況です。
そういう意味では、日本のサイエンスは(数やスピードで中国には敵わない中で)何を目指したら良いのかを考えなければいけないと思います。
——「日本式」ともいえる科学への取り組みが必要になるというわけですね。
大隅:日本には、必要なときに必要なお金が投資されるシステムがありません。
何に対しても「欧米で流行し始めたら日本でも導入しましょう」となってしまう。日本で新しい技術が生まれても、「日本の面白い技術だぞ」となかなか力を入れようとしないんです。
科学技術立国の実現に向けた、企業と大学の役割
© 出典:Flourishを用いて編集部が作成。 日本の大学等の民間企業等との共同研究等にかかる受入額の内訳。2019年は、800億円を超えた(NISTEP科学技術指標2021より)。
——最近、産学連携や大学発ベンチャーなどが増えています。企業と大学の距離間が近くなりすぎると、「役に立つ研究」への集中が加速されるようにも感じます。大隅先生が考える企業と大学の理想的な関係はどのようなものでしょうか?
大隅:今は大学が貧しくなっているので、とにかく企業との共同研究費を稼ぐのが至上命題になっています。
例えば、企業の下請けのような仕事をたくさん受ければ、企業から数億円という資金を得ることはできるでしょう。でも、それはいい関係とは言えません。
私は、企業における研究と大学における研究の役割が何なのかを明確に意識することが重要だと思っています。
財団を運営している中で、大学に基礎研究を望んでいる企業がたくさんあるということを知りました。
昔は、企業にも中央研究所のようなものがあり、自分たちで基礎研究も進めていました。しかし今は、基礎研究をやるような企業はほとんどありません。
大学は企業にできない基礎研究を進め、企業はそこから自分の目で使える知識や技術を見定め、引っ張り上げることが仕事なんです。
© 出典:令和2年度産業技術調査事業「研究開発型ベンチャー企業と事業会社の連携加速及び大学発ベンチャーの実態等に関する調査」大学発ベンチャー調査調査報告書 大学発ベンチャーの累計数。2010年代後半から急激に数が増えている。
——短期的な製品開発のような形での連携は本質的ではないと?
大隅:大学発ベンチャーなどで成功する事例がたくさん出てきていることはもちろん歓迎すべきことです。それはそれで進めれば良いと思います。
ただ、初めに(前編参照)お話した「人材の育成」という意味では、大学も企業も利害関係は一致しているんです。企業も意欲的な学生に来て欲しいはずです。
今は、
「すごく優秀だと思って採用したけれども、言われたことを淡々とこなすだけの学生が増えている」
と耳にすることが多いんです。
企業が単にお金をつぎ込んで自分たちの利益を求めるのではなくて、企業との関わりによって大学の研究力がアップする。そこで育った人材が企業に加わることで、企業の研究力もアップすることにつながる。
そういう関係を築くのが理想だと思っています。
——基礎研究への投資が、まわりまわって企業にとっても利益になるということを認知してもらう必要がありそうですね。ただ、企業がそのような支援をできるかどうかは、経営環境とも関係する難しい問題ではないでしょうか。
大隅:各企業の内部留保金はものすごく大きいので、大胆に踏み出せないのは考え方の問題だと思います。
海外の企業で成功例が出てくれば、日本でも風向きが変わるかもしれませんね。
私自身、独立した直後、研究費が非常に少なかった頃に、ある企業から研究会へ誘われました。そこでは「発酵」の面白さを学ばせていただき、何年かにわたって研究費を200万円ずつ頂きました。
それはとてもありがたかったし、私との議論の間で彼らは「とても儲からせていただいた」と仰っていました。
そういう関係がね、私は理想なんじゃないかと思います。」
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