👣25}26}─1─進化と退化。遺伝子・DNA分裂で異常で奇形や障害を生む事が優良種の証しである。〜No.55No.56No.57No.58  

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・    遺伝子・DNAの多様性は、細胞分裂における偶然で異常という形で生まれ、その異常が奇形・障害となって現れるが生存に必要なものもみが必然として受け継がれていく。
 遺伝子・DNAの多様性の中で生き残るのは、一つだけで、あとの多数は絶滅する。
 生き残った一種が、現代の人類である。
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 退化は、進化の一部である。
 ある器官の退化は、別の器官の進化である。
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 活発に遺伝子・DNA分裂を繰り返す中で変異・変化し異常を発生させ障害や奇形を生み出す種こそが優良種である。
 遺伝子・DNA分裂の中で異常を発生させず障害や奇形を生みだせない種は劣等種である。
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  2019年6月13日号 週刊文春「福岡ハカセのパラタレイ パングロス 福岡伸一
 退化も進化
 湘南に蔦屋書店が作った複合施設T-STIE呼んでいただいた福岡ハカセ、こんな話をしてみました。
 今から80年ほど前、メキシコで、暗い洞窟の奥深くの水中に、不思議な小魚が住んでいることが発見された。普通の魚なら目のある部分が鱗によって覆われている。目が退化していたのだ。学者たちはこれをメクラウオと呼んだ。ただし、近年になってこの呼称は、身障者差別になるとして使わなくなり、かわりに英名のブラインドケーブ・カラシンが使用されるようになっている。
 光がほとんど差し込むことのない環境で棲息すると視覚は必要なくなる。使われなくなった目は、だんだんその機能が失われる。網膜や水晶体は退縮し、やがて表層も鱗で覆われてしまう・・・退化をこのように説明されると、なんとなく納得してしまいがちだ。しかしこれは間違いである。
 よく使う機能は、それがどんどん進化していく方向に発展し、あまり使わない機能は、それが徐々に失われる方向に衰退していく。これはあつて18、19世紀の生物学者ラマルクが考えた『用不用論』というもので、一見、合理的に思えるが、生物の仕組みはそれほど簡単ではなかった。
 確かに、筋肉ならばジムで鍛えれば、もりもりムキムキになるし、寝たきりになって使わなくなるとやせて衰えてしまう。でも、これは個体の一生のうちに起きる、自分自身の身体変化でしかない。このような一時的な身体変化は、遺伝子の変化を伴わないので、子孫には伝わらない。つまり遺伝することはない。
 一方、遺伝子に起きる変化はすべて突然変異によるもの。方向性のないランダムな変化でしかないので、自ら求めてある方向に進むことはできない。キリンが高いところの葉っぱを食べようと、歴代、努力した結果としてキリンの首は長くなったわけではない。首の骨を伸ばすような、なんらかの突然変異が起こり、それが集積し、長い首を持った種が現れた。この変化が、餌を取るのに有利だったため、自然選択によってこの形質が残された。これが進化である。退化の方もこの原則に則って考えなければならない。あまり使わないから廃ってしまうというのは、よく使うから発達するという考え方の逆なので、この説明では遺伝は説明できない。むしろこう考えないといけない。突然変異によって起きたある遺伝子の変化が、目の機能を低下させた。普通なら目機能が衰えることは、生存に不利に働きそうなところ、洞窟内や深海ではむしろ有利に働いた。目は複雑なシステムなのでその維持には手間とコストがかかる。これをあえて捨てることができるなら、目に使っていた分の仕組み(神経回路や維持のためのエネルギーなど)を別の用途に振り向けられる。たとえば嗅覚を強化するとか、皮膚感覚を磨くとか。実際、洞窟内の魚はスイスイと自在に泳ぎ、餌も確実に捕獲する。目が見えなくなったことでむしろ身軽になり、それが生存に働くようになったのだ。つまり退化も進化なのである」
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 正常な遺伝子・DNAの分裂による再生とは。
 遺伝子・DNAが生みだす多様性とは。
 100%完全な状態での遺伝子・DNAのコピーとは。
 遺伝子・DNAとは、絶対神が自分に似せて創った産物ではなく、血の繋がった両親・祖父母・曾祖父母さらにその祖先達から命と共に受け継いできたものである。
 祖先の命が、今自分の遺伝子・DNAである。
 命・遺伝子・DNAは、生きた男女の祖先の一人でも欠けたら存在しない。
 それが、日本独自・民族特有の祖先神・氏神の人神崇拝である。
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 日本民族日本人は、神の子孫でもないし、神に創られた造形物でもないし、ただ、命と魂・霊魂、血と身体、遺伝子とDNA、心と志と気概、気持ちと精神と心理を共にする父母など祖先を神様として祀る特殊な民族である。
 日本の家とは、そうした個人的なものである。
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 日本民族日本人は、狩猟や漁労で殺して食べた動物を動物神もしくは神の使いと崇め、その魂・霊魂を動物神として祀り、神社や祠、石碑や慰霊碑を建てて祭った。
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 遺伝子・DNA異常による障害者・身障者・奇形児が生まれる事は、人類のさらなる進化・進歩が起きる事を証明している。
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 進化と退化する生物は生き残り、進化と退化しない生物は絶滅する。
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 2019年6月22日・29日号 週刊現代「わが人生最高の10冊
 未開の領域を切り拓いた先人たちの記録  関野吉晴
 『人間はどこまでチンパンジーか?』は人間が進化してきた過程や、人間特有の性質について探究した学術書です。ジャレド・ダイヤモンドは進化生物学者で、文献よりも実践を重視しています。ニューギニアなどでフィールドワークを行い、細かな観察をした上で論を展開してきた人なので、内容には確かな説得力があります。後半では動物の絶滅についても語れますが、特に興味深いのは、絶滅の波及効果です。例えば、パナマでは大型の肉食動物が絶滅した結果、なぜかアリドリという鳥が絶滅しました。天敵がいなくなったことで猪やヤマネコが急増し、食物連鎖で下位にいた鳥類が食べ尽くされてしまったのです。
 鳥とは言わずとも、小さな虫くらいなら滅んでもいいという人はいるかもしれません。しかし、生物同士がどのようにつながっているかは現在でもはっきりとわからず、虫一種の絶滅でも、甚大な悪影響がもたらされるかもしれないんです。まだまだ世界には多くの未知が存在することを改めて実感しました」
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 生物の進化、人類の進化において、遺伝子・DNA異常が起きない健常種・不変異体種こそが障害種・奇形腫・異常種で絶滅の元凶である。
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  健常者は、障害者・身障者・奇形児が生まれる事を歓迎すべきでり、障害者・身障者・奇形児が生まれてくれた事に感謝すべきである。
 障害や身障は、忌むべき欠陥ではなく誇るべき事であるい。
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 生き残る生物の遺伝子・DNAは、偶然によって異常をきたして突然変異体(ミュータント)の異常種・奇形種が生まれ、異常は必然として子孫に受け継がれていく。
 遺伝子・DNAを偶然と必然で奇形に変え受け継いだ生物のみが生き残る。
 遺伝子・DNAの突然変異は、勝者・強者ではなく敗者・弱者で起きやすい。
 現在地球上で生き残っている全ての生物は、進化によって生まれた障害種・奇形種・異常種である。
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 進化の過程で遺伝子・DNA異常で障害種・奇形腫を生みださない生物は、遺伝子・DNAが硬直化して変化力を失って絶滅する。
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 人類が障害者や奇形児を生みだし続けているのは、人の進化、人の革新は続く。
 つまり、人類が障害者や奇形児を生みださなくなった時、人の進化は止まって絶滅する。
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 障害者や奇形児が生まれる間は、人類の絶滅はなく、人の進化、人の革新は続く。
 ゆえに、障害者が生まれる事は、さらなる進化が保証された慶事として喜び大切にする事であり、凶事として忌み嫌い粗略に扱ったり殺す事は罪である。
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 現代日本で、健常者の傲慢が拡がり始めている。
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 2019年6月22日・29日号 週刊現代「日本一の書評
 『科学する心』 集英社インターナショナル
 書いたのは私です  池澤夏樹
 ──本書は、大学で物理学科に籍を置いたことがあり、これまでも、自らの作品に科学的題材を織り込んできた池澤夏樹さんが、文学的な眼差しを保ちながら、科学について論じるエッセイ集です。まず、『科学する心』という矛盾するタイトルに目がひかれますね。
 (池澤)実は『科学する心』とは、1940年代に作られた言葉なんです。提唱した橋田邦彦は生物学者である一方で、仏典や江戸時代の陽明学者・中江藤樹にも詳しいという変わった人でした。
 科学と心を繋げることは言葉の意味からすると撞着(どうちゃく)です。しかし日本国民は科学的な、論理的な思考力を持たなければならないという思いから、撞着を承知で、強い言葉を橋田は作ったのです。
 ──本書では、昭和天皇のヒドロ虫類というクラゲの仲間を研究した生物学者としての一面も紹介され、彼こそが、科学する心の体現者だったのではないかと論じられます。
 (池澤)科学というのは人間臭さを排除するから、帝王たちに向いているのです。歴史学はどこまで行ってもお互いの偏見になってしまうし、人間絡みの学問をすると、『天皇がやっている』ということが認識を歪めてしまう。なので、客観的にやるのは科学しかない。
 昭和天皇の政治的評価は難しい、言い出したらキリがありません。ただ、彼の人生にとってこれだけは楽しかったと言えるのが、『客観的』になれる生物学の研究だったのではないでしょうか。
 ──一方で、進化について綴(つづ)られる箇所では、科学を過信することへの疑義が唱えられています。
 (池澤)毛むくじゃらの獣が二足歩行になり、最終的に白人の男性になるヒトの『進化』の絵。未だにあちこちで見かけますが、『進化』の意味を取り違えていると感じます。
 今の我々、ヒトの学名はホモ・サピエンス・サピエンスですが、ヒト亜族がチンパンジー亜族と分かれたあとでも、少なくとも12種のヒト族が生まれて、たった一つ、すなわち私たちを除いて消滅した。いくつもの分岐から成る。絶滅の先に私たちがいるのです。
 そして私たちは、言葉と道具を持った人間を哺乳類の最終型だと思い込んでしまうけれど、実は人間は非常に危なかったしいのです。文化を持つぶん異常に早く進化したものの、それだけ絶滅の可能性も高まっている。一般的に進化は絶滅とセットですから。
 ──しかも絶滅は、どうにもならない理不尽から起こると紹介されています。運・不運で支配される自然から、科学が人間を救ってくれるわけではないと気付かされます。
 (池澤)それなのに人は『努力すれば報われる』と信じたがる。そのほうが気持ちいいからでしょう。『進化』を信じたがり、『科学』を完全なものとして信仰してしまう気持ちと同根でしょうが、実際には運で決まる側面があるのです。」
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 現代日本に蔓延る自己満足的悪しき動物愛護・動物保護が、正常な遺伝子・DNA異常を阻害し、生物種の絶滅を加速化させる。
 猪・鹿・猿などの動物が、里に下りて田畑を荒らし、町中に出没して人に危害を加える原因は山が荒れ始めたからであるが、山が荒れ始めた原因は人を時々襲っていたニホンオオカミを絶滅させたからである。
 そして、山の民・マタギらの狩猟を残酷として法的に規制したからである。
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 日本民族日本人は、理系の科学・化学にも文系の哲学・思想・主義主張にも関心も興味もなく無頓着であった。
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 日本民族日本人が心掛けた事は、理屈抜きで、自然に生きる、自然と共に生きる、自然の中で生きる、と言う事である。
 日本民族日本人が最優先としたのが自然であり、人・自分は自然の次であった。
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 日本文化とは自然で、花鳥風月プラス虫の音、苔と良き細菌との共生であり、マイナス・イオンと1/fゆらぎの清涼な空気と穏やかな静寂である。
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 日本民族の思考とは、文系の現実思考と理系の論理的思考である。
 和歌・短歌・俳句などの日本独自の短詩系文学は、現実思考と論理思考で主観と客観を調和させ情緒的詩情的に言い表す事である。
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 宇宙に、人類以外の生物・宇宙人がいる。
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