🍙34〗─9─「子供は二人まで」宣言。国・政府、メディア、教育が少子化を推進した。~No.234 

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 軍国日本と戦ったアメリカ、GHQ、ソ連・国際共産主義勢力の連合国(国連軍)は、近代日本が起こした積極的自衛戦争の原因は日本の人口急増であると分析し、日本が二度と戦争を起こさないようにするには日本の人口を減少させるべきだと確信した。
 人口減少を推し進めたのは、メディアと教育を支配していたアメリカ系敗戦利得者(エセ保守派)と共産主義系敗戦利得者達(左派、反米派、リベラル派・革新派)であった。
 それが、家制度破壊と女性解放の戦後民主主義教育の実態であった。
 日本の人口は、明治元(1868)年に約3,000万人から昭和16年に約7,000万人に激増し、若者が多く老人が少ない社会構造であった。
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 2022年1月13日 YAHOO!JAPANニュース「「子どもは二人まで」国やメディアが「少子化を推進していた」という歴史的事実
 荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
 (写真:アフロ)
 「国難」と報道される少子化問題だが?
 「あったのに知られていない事実」というものがある。正確には「知らされていない事実」というべきか。
 テレビや新聞などのメディアは、こぞって「少子化」や「人口減少」に対する危機を訴えている。たとえば、以下は、今年の1月12日付の産経新聞のコラムからの引用である。
 「政府与党は、突破すべき国難に日本の少子化を掲げたことを今一度思い出してもらいたい。(中略)少子化による人口減少という現実に正面から向き合い、官民を挙げて対策を講じていかねばならないはずだ」
 特に、報道では、少子化や人口減少に対して、「未曾有の危機」や「国難」などという言葉とともに、まるで打開可能な課題であるかのように語られることが多い。「がんばればなんとかなる」「努力すれば克服できる」というものではないにもかかわらず、である。
 「日本の少子化が不可避である」理由については、今までも当連載で何度か書いてきた。そのひとつが、「少母化」であり、そもそも出産対象年齢である女性の人口そのものが減少していることによるというお話もこちらの記事で書いた通りである。
 →出生数が増えない問題は「少子化」ではなく「少母化」問題であり、解決不可能なワケ
 実は、日本政府は「少子化を推進」していた
 あわせて、女性人口が減少する起点は、「来なかった第三次ベビーブーム」であることについても触れた。
 簡単におさらいすると、日本には、戦後2回のベビーブームがあった。一回目は、戦後間もなくの1947年から1949年にかけて。二回目は、1971年から1974年にかけてで、一回目の時に生まれた子どもたちを「団塊の世代」といい、二回目の時に生まれた子どもたちは、団塊の世代の子どもたちであることから「団塊ジュニア世代」と言われた。
 1990年代後半は、その「団塊ジュニア世代」の子どもたちが結婚適齢期年齢に達する頃であり、通常なら婚姻数の増加とともに第三次ベビーブームが来るはずだった。しかし、結局それらはふたつとも起きなかった。
 よって、それ以降生まれる子どもの数は減少の一途をたどり、1885年以降続いていた年間100万人以上の出生数は、遂に2016年に大台を割り、ついで、2019年には90万人すら割り込んで、現在に至るのである。
 これらを前提条件として見れば、母親となるべき女性人口が減り続けている中、加えて、1980年代までの皆婚社会でもない中、どう転んでも今後出生数が増える見込みはないとわかる。
 「少子化は大問題だ」「出生数の減少は国存亡の危機だ」と言うが、そもそも2度のベビーブームにあわせて、実は「日本政府は、少子化を推奨していた」という事実はあまり知られていない。
 と同時に、新聞をはじめとするメディアも「少子化を促進」するような、今とは真逆の論調の記事をたくさん出していたことも、多くが認知していない事実でもある。
 GHQによる「家族計画」の推進
 第一次ベビーブームが起きた1949年には、日本の再軍国主義化や共産主義化を怖れたGHQにより人口抑制や出生制限の圧力があった。当時の吉田茂内閣はその意をくみ、国民に対して、人口増加の脅威とともに「家族計画」を広めるべく務めた。そのサポートをしたのもメディアである。
 マッカーサー(提供:MeijiShowa/アフロ)
 1949年11月の毎日新聞には「とにかく人口が多すぎる。なんとかしなければ、どうにもならぬと、だれもが考えている」などという記事も掲載されていた。
 事実、翌年の1950年から出生数は激減する。
 1963年には「第1回アジア人口会議」がニュー ・デリーで開催され、アジアの人口増加の抑制の必要性が強調された。家族計画や人口政策が国連関係の会議でとりあげられた最初の公的会議でもある。そのころから、日本だけではなく、アジア及び世界の課題として人口増加が問題視されていたのだ。
 (写真:WavebreakMedia/イメージマート)
 余談だが、薬局で購入するのは恥ずかしいという客に対してコンドームの自販機が設置されたのもこのころ1969年のことである。「明るい家族計画」というキャッチコピーが有名である。
 「子どもは二人まで」宣言
 日本が第二次ベビーブームにさしかかった1972年には、東京では 「第2回アジア人口会議」が開かれる。
 折しも、1972年には、世界中の有識者が集まって設立されたローマクラブによる「成長の限界」と題した研究報告書が発表され、「このまま人口増加や環境汚染などの傾向が続けば、資源の枯渇や環境の悪化により、100年以内に地球上の成長が限界に達する」と警告し、世界中に衝撃を与えていた。
 日本では、1974年7月に「第1回日本人口会議」が厚生省や外務省の後援によって開催され、「子どもは二人まで」という宣言を出している。中国で「一人っ子政策」が実施されたが、日本においても「二人っ子政策」ともいうべき宣言が出ていたのだ。
 これに対し、読売新聞などは「子どもは二人まで。年130万人増は危険」や「危機感足りぬ日本。現状維持には一夫婦0.7人」などという煽る見出しで記事化した。大手新聞だけではなく、「子どもは二人まで」というニュースは、北海道から沖縄までの地方新聞、社説・コラム・漫画を含め、150編以上にのぼった。まさに国とメディアをあげての「少子化を推進する大キャンペーン」だった。
 学校でも、教育の一環として「人口爆発で資源が足りなくなる」と啓蒙された。
 (写真:アフロ)
 奇しくも、2020年の国勢調査において生涯未婚率最高記録更新の立役者になった45-54歳の人たちというのは、1974年に小学生~中学生としてこの教育に触れて育った世代でもある。
 「産め」と言ったり、「産むな」と言ったり…
 そして、結果から見れば、これに国民が素直に応じたことになる。事実、グラフにあるように、そこから凄まじい勢いで少子化が進行していったわけである。
 1942年「結婚報国(結婚して国に報いる)」思想の啓蒙によって「産めよ、増やせよ」と言っていた時代から、わずか30年後のことである。
 こちらの記事でも紹介した通り、結婚した女性の完結出生児数は、1974年以降、きっちり「子どもは2人」で推移しているのがわかる。ある意味、「子どもは二人まで」という宣言が、完璧に遵守されたことになる。
 ちなみに、当時の識者は、「今すぐ出生抑制を実施しても、人口は2010年に1億2930万人になるまで増え続ける」と述べている。2010年の総人口実績は1億2806万人であり、実にピタリと推計通りに進んだと言える。
 戦前は「産め」といっていたかと思えば、戦後になって「産むな」という。「人口増加は国難だ」といっていたかと思えば、「人口減少は国難だ」と言う。
 少子化問題に限ったことではないが、目先の情報にとらわれて右往左往せず、冷静な予測と長期的な展望に基づいて判断していきたいものである。
 大事な事は「知らない事実」や「知らされていなかった事実」は、決して「なかった事実ではない」という事である。
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 ※記事内グラフの無断転載は固くお断りします。
記事に関する報告
 荒川和久
 独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。
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 2021年11月12日 YAHOO!JAPANニュース「日本の結婚は30年前にはすでに詰んでいた。失われた社会的システム
荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
 (写真:アフロ)
 未婚化・非婚化の要因は「お金」だけではない
 「未婚化・非婚化の要因はなにか?」という話で、取り上げられるのが多いのは経済問題である。特に、若者の年収の停滞や非正規雇用などによる将来への不安など、いわゆる「金がないから結婚できない問題」としてフォーカスされることが多い。それは決して間違いではないが、未婚化・非婚化要因のすべてではない。
 また、一部には「若者の草食化」を要因としてあげる人もいるが、それに至っては、昔も今も恋愛力のある割合に変化はなく、若者の価値観の変化が婚姻の減少を招いたという理屈はピントがずれている。
 「若者の恋愛離れ」と言いたい一部の大人の偏見に満ちた戯言あるいは恣意的な虚構に過ぎない。こちらの記事にも書いたが、「恋愛強者3割の法則」通り、いつの時代も恋愛する者はするし、しない者・できない者の割合は不思議と一定である。
 加えて、前々回の記事結婚は女のビジネス。男にまかせていたらいつまでも結婚できない理由で、「男も女も結婚に対しては受け身である」という話をした。これも時代によって変わるものでもないし、最近の若者が急に受け身になったわけでもない。
 婚姻減少を招いた社会的システムの崩壊
 婚姻減少の要因として、経済問題と同様に無視できないのが、社会的システムの問題である。日本は、1980年代まで、95%以上が結婚していた皆婚時代を実現していた。しかし、それは決してその当時の若者が経済的に豊かで、全員が裕福だったからではないことは言うまでもない。
 1920年からの長期生涯未婚率推移グラフはこちら
 ↓
 未婚化の原因を「イマドキの若者の草食化」のせいにするおじさんへのブーメラン
 そして、忘れがちな視点だが、皆婚を実現するには「離婚が少ない」という前提条件も必要になる。一見、順序が逆だ、と思いがちだが、離婚が多ければ多いほど、実は再婚は増えるものの、初婚が減り、かえって未婚率は上昇するのだ。
 なぜ日本が皆婚できるようになったのか、については後日また記事化することにするが、今回は、経済問題とは別の要因、しかも、婚姻減に経済問題以上の影響力を及ぼした社会的システムについてお話ししたい。
 20代女性と結婚したがる「40代以上婚活おじさん」は永久に仏滅ですという記事にも書いたように、初婚数の激減はほぼ夫年上婚の減少と一致する。つまり、年上の男が結婚できなくなっているのだ。
 なぜ、そういうことが起きるのか。要因はふたつある。
 社会的システムとしてのお見合い
 ひとつはお見合いの衰退である。戦前戦後時期は、お見合い結婚は全体の7割を占めていたが、今では5.5%程度しかない。しかもこれは結婚相談所などの結婚(約2%)を含むので、伝統的なお見合い結婚はたった3%程度しか存在しないことになる。そのかわり恋愛結婚が87.7%にまで伸長している。
 恋愛結婚がお見合い結婚を上回ったのは1965年頃だった。
 生涯未婚率が上昇し始めたのは1990年代以降であり、それよりも30年も前にお見合いが衰退したのであれば、お見合い結婚減は未婚化には無関係だと思ってはいけない。1965年に25歳だった適齢期の未婚男性が、生涯未婚の判断基準となる50歳になった時が1990年である。つまり、お見合い結婚比率が恋愛結婚比率を下回った第1世代は、そのまま生涯未婚率上昇の第1世代となったと言える。
 ここで思い出してほしいのは、「男女とも結婚には受け身である」という元々の気質である。受け身な男女を結婚に結びづけていたものが、この「大きなお節介」ともいうべき社会的マッチングシステムなのである。
 社会的システムとしての職場縁
 もうひとつの社会的システムが職場結婚である。
 これは分類上恋愛結婚とされているが、当時の職場結婚もまた社会的なマッチングシステムのひとつだった。お見合いよりも自由度はあっただろうが、出会いのきっかけとしてお膳立てされていたことは間違いない。
 当時は、企業自身も女性社員雇用は自社の男性社員の花嫁候補として採用をしていた。「腰掛けOL」や「寿退社」という言葉もあった。部下の結婚式の仲人を上司が行うのが通例でもあった。
 しかし、今ではこの職場結婚、いや、その前段階となる職場恋愛自体が、セクハラ問題と表裏一体とされており、職場での出会いによる結婚数は近年激減している。
 こちらが、出生動向基本調査に基づき、結婚した夫婦の出会いのきっかけの推移を表したものである。
一目瞭然、大きく減少しているのは、お見合いと職場であることがわかる。
 お見合いと職場結婚が減った分だけ婚姻数は減った
もっとも婚姻数が多かった1972年と直近の国勢調査2015年とを比較すると、お見合いと職場結婚を合算した婚姻数のマイナス分は約46万組となり、婚姻総数のマイナス分とほぼ一致する。
 つまり婚姻数の減少はこれら2つの社会的システム(社会的なお膳立て)によるマッチングが減ったことと言えるわけである。逆にいえば、社会的マッチングシステムがあろうがなかろうが、恋愛強者の3割は勝手に恋愛して、勝手に結婚していく。
 政府の少子化対策がずっと的外れだったのは、それが子育て支援にばかり注力していたからだ。子育て支援自体は重要で、それはそれでやるべきことだが、それでは婚姻数の増加には全く寄与しない。
 最近、ようやく少子化の本当の問題は婚姻数の減少であることが官僚の資料やマスコミの報道でも取り上げられるようになってきた。自治体でも婚姻増に向けての官製婚活の動きも活発化している。
 しかし、だからといって、昔のお見合いを社会的システムとして復活させることは不可能である。同時に、今後婚姻のうち初婚の絶対数が増えることは未来永劫ないと断言できる。
 なぜなら初婚対象である年齢の若者の人口が減り続けているからである。身も蓋もない現実を言えば、本来1990年代に到来するはずだった第3次ベビーブームが来なかった時点で、日本の結婚はすでに詰んでいたのである。
 (写真:アフロ)
 この記事を読んで「自分は結婚できるんだろうか?」と不安になった方は、ぜひこちらの過去記事「結婚に向いてないかもしれない診断」をお試しください。
→結婚に向いてないかもしれない診断テスト
 婚姻や出生の大きな人口動態の推移についてはこちらにまとめてあります。
→明治期からの出生数、戦後の婚姻・離婚推移グラフ
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 記事に関する報告
 荒川和久
 独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
 広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。
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 「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論
 著者:荒川和久
 居場所がないと嘆く前に必要なこととは
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 2022年1月8日 YAHOO!JAPANニュース「出生数が増えない問題は「少子化」ではなく「少母化」問題であり、解決不可能なワケ
 荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
 (写真:milatas/イメージマート)
 問題は「少子化」ではない
 少子化はまるで日本のお母さんたちが出産をしていないかのように言う人がいるが、それは間違いである。
 確かに、2020年の日本の合計特殊出生率は1.33で、人口置換水準(長期的に人口が増加も減少もしない出生水準)といわれる2.07には遠く及ばない。社人研による将来推計でも、楽観的な中位推計でさえ今後2100年まで1.45を超えないし、低位推計であれば1.2止まりである。私個人の予測でいえば、せいぜい1.3あたりをうろうろすることに終始すると思われる。
 とはいえ、合計特殊出生率が1.33だからといって、決して世のお母さん方が、1.33人しか子どもを産んでいないわけではない。
 合計特殊出生率とは、15~49歳までの全女性のそれぞれの出生率を足し合わせて算出したもので、1人の女性が一生に産む子どもの数の平均とみなされる統計上の数値である。しかし、多くの人が勘違いしているが、全女性という以上、この中には、15~49歳の未婚女性も母数に含まれる。よって、未婚率が高まればそれだけ下がることになるのだ。
 こちらの記事で紹介した通り、2020年の女性の生涯未婚率は16.4%で、東京都に至っては20%を超えた。1980年代まで5%未満だったものが3倍増以上になったのだから、合計特殊出生率が下がるのは当然である。
 東京の生涯未婚率についてはこちら
→あがり続ける東京の女性生涯未婚率、遂に20%の大台を突破
 既婚女性は平均2人の子どもを産んでいる
 実は、以前と今とで、結婚した女性が産む子どもの数にそれほど大きな違いはない。
 出生動向基本調査には「完結出生児数」という指標がある。これは、結婚持続期間(結婚からの経過期間)15 ~ 19年夫婦の平均出生子ども数であり、夫婦の最終的な平均出生子ども数とみなされている(但し、初婚同士の夫婦に限られている)。
 これによれば、減少基調とはいえ、最新の2015年時点でも、1.94人であり、ほぼ2人近い子どもを産んでいることになる。
 何よりグラフを見れば一目瞭然なのだが、第二次ベビーブーム期である1973年以降、それほど大差なく2人前後で推移していることがわかる。つまり、第二次ベビーブーム期のお母さんと2015年のお母さんとで産む子どもの数はそれほど変化していないということだ。
 人口動態統計から、1950年以降の出生順位別構成比のグラフが以下である。
 1950年代までは第4子以上の比率が高いが、1960年代以降から第二次ベビーブームだった1970年代前半も含め、現在に至るまでの約60年間にわたって、第1子から第3子の構成比はほぼ変わらない。
 ついでにこの構成比から、各年の平均出生数を割り出すと、第二次ベビーブーム時代の1970年の1.74人に対して、2019年は1.76と逆に上回っている。つまり、こちらのデータでも、結婚した女性が産む子どもの数は、ベビーブーム時代と変わらないことが証明できる。
 問題は、「少子化」ではなく「少母化」
 もちろんこれは比率なので、出産実数では減少している。しかし、それは生まれてくる子どもの数が減ったというより、お母さんの数が減ったからである。
 国勢調査ベースで見ると、1985年時点では、15~39歳の女性で1人以上の子を産んだお母さんは、約1060万人存在した。それが、30年後の2015年には、同年齢で497万人まで減少。母親の数が半分以下になったということだ。
 つまり、問題なのは、少子化ではなく「少母化」のほうなのである。
 子育て支援偏重型の今までの少子化対策が、的外れで成果をあげられない原因はそこにある。子育て支援政策それ自体は大事であることは言うまでもないが、残念ながらそれで少子化は改善されない。少子化はそもそも婚姻数の減少によるものだからだ。
 (写真:アフロ)
 政府も最近ようやく少子化対策重点課題の4番目くらいの低い位置づけで「婚姻数の増加」を上げ始めているが、身も蓋もない話をすれば、何をやっても婚姻数は増加しないし、出生数増加も100%ありえないと断言できる。なぜか?
 婚姻数も出生数も増えない理由
 確かに、計算上結婚すれば、女性は平均2人の子どもを産む。しかし、出生数が減り続けているのは、そもそも子どもを産む対象である母親の絶対数が減少しているからで、その減少の始点は1990年代に起きるはずだった第三次ベビーブームが起きなかったためである。
 未婚化の影響ももちろん少なくはないが、15-49歳女性総人口そのものが1990年をピークに減少し続けているわけで、文字通り母数人口が減る以上、どう転んでも出生数は減るのだ。
 1990年代後半に第三次ベビーブームも婚姻増も起きなかった要因は複合的で多岐に渡る。決してひとつに絞ったり、一言で説明できるものではない。その要因については当連載の他の記事でも言及しているので関連記事を参照されたい。
 しかし、どんな要因があれ、確実に減少する女性人口基調の中で少子化を解決するのは不可能である。もし本当に解決しようとするならば、「強制的に結婚をさせ、強制的に3~4人以上出産する義務を負わせる」ということになる。それは、まるで1942年の「結婚報国(結婚によって国に報いる)」思想と変わらない。現実そんな政策を実現することは不可能。つまり、出生数を増やすことは不可能という結論になるのである。
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 荒川和久
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