📉15】16】─1─褒めて煽てる教育で子供の意欲はなくなり知能と成績が下がる。~No.32No.33No.34No.35 

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 2022年7月30日 MicrosoftNews 東洋経済オンライン「子供の知能をほめると成績が下がる驚くべき理由 能力は努力で変えられる、挑戦も失敗も機会
 マシュー・サイド
 © 東洋経済オンライン 「賢いね!」とほめられた子どもに起こった驚愕の変化とは?(写真:AK/PIXTA
 「自分には語学の才能がないから」「ウチの子は数学向きの頭をしていない」「スポーツにはそもそも向いていない」……などと言って、自分や他人の可能性を諦めてしまった経験はないでしょうか。
 イギリスの人気ジャーナリストにして、世界的ベストセラー『失敗の科学』『多様性の科学』の著者マシュー・サイドは、それら「人の能力は生まれつき決まっている」論を真っ向から否定。彼の原点となる著作『才能の科学』において、スポーツ・ビジネス・学問・芸術などあらゆる分野を横断しながら、「人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法」を科学的に示しています。
 「才能がない」と諦める前に知っておきたい、「成長する人と組織の共通法則」とは? 同書より一部抜粋、再構成して5回連載でお届けします。
 知能をほめたグループの実績は20パーセント低下
 1998年に、スタンフォード大学心理学教授のキャロル・ドゥエックは研究者仲間とともに、5年生400人に単純な問題を解かせた。そのあとで、それぞれの生徒に点数をつけて、あるものを与えた。ちょっとしたほめ言葉だ。生徒たちの半分は知能をほめられた。「頭が良いのねぇ!」。残りの半分は努力をほめられた。「本当によくがんばったのね!」。
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 ドゥエックが試そうとしていたのは、わずかに違うところを強調したこれらの単純な言葉が生徒のマインドセット(気がまえ)に違いをもたらすか、そして成功と失敗に対する姿勢をかたちづくることが可能か、また粘り強さと実績において、目に見える影響を与えられるかという点だった。
 結果はめざましかった。
 最初のテストを終えてから、生徒たちには難易度の高いテストか低いテストを受ける選択肢が与えられた。知能をほめられた生徒たちのまるまる3分の2が簡単な課題を選んだ。むずかしいテストで失敗する可能性を負って「頭が良い」レッテルを失う危険をおかしたくなかったのだ。
 だが努力をほめられた生徒たちの90パーセントはむずかしいテストを選んだ。成功ではなく、実りある挑戦の可能性追求に関心があったからだ。この生徒たちは、自分がどれだけがんばれるか示したかったのだ。
 次に与えられたテストは、非常にむずかしくて誰も解けないものだった。だが生徒たちの失敗に対する反応にもやはり劇的な違いがあった。知能をほめられた生徒たちは、自分が失敗したのは結局のところ問題を解くのが得意でない証拠だととらえてしまった。努力をほめられたグループは、テストにずっと長く取り組んだし、それをはるかに楽しみ、少しも自信を失わなかった。
 最後に実験がひととおり終わってからはじめに立ち返り、最初のテストと同じ難易度のテストを受けることになった。どうなっただろうか? 知能をほめられたグループの実績は、難易度が同じにもかかわらず、最初のテストに比べて20パーセント低下した。だが努力をほめられたグループの点数は30パーセント増加した。失敗がむしろ彼らを駆り立てたのだ。
 こういった違いすべてが、最初のテストのあとに告げられたわずかな言葉の違いに左右されたのだ。
 知性をほめることは意欲と成績をそこなう
 ドゥエックと仲間の研究者はこの結果に非常に驚き、国内で場所を変えてまったく異なる人種的背景の生徒たちを選んで、実験を3回くり返した。3回とも結果はまるで同じだった。「これまでになくはっきりした結果が見られた」と、ドゥエック。「子どもの知性をほめることは意欲をそこない、成績をそこなう」。
 理由を見つけるのは簡単だ。知性に対するほめ言葉が、受け手を固定した気がまえに向かわせるからだ。こういった称賛は、知性がなにより重要で、知性を変える努力にまさると示唆する。そして真の学習を避けて、簡単な課題達成を求めるよう促してしまうのだ。「気がまえは人間の頭の中で実行中の説明をかたちづくる」とドゥエックは書いている。「それがすべての解釈プロセスを導くのである」。
 次に挙げる才能志向のほめ言葉を見てもらいたい。
 「たちまち覚えたね、なんて頭がいいんだ!」
 「その絵はすごいよ。マーサ、この子はまさにピカソの再来だなあ!」
 「すごく優秀だね。全然勉強しないのにAを取ったんだから!」
 すばらしいはげましの言葉に聞こえるし、生徒たちや誰に対してもかけられる、まさに自信を高めるたぐいの言葉であるような印象を与える。だがもっとよく聞いてみよう。裏に隠されたサブリミナルメッセージが聞き取れるだろうか。
 早く覚えられなかったら、頭が良くないのか。
 あまりがんばって描かないほうがいいな。ピカソではないのがばれるぞ。
 下手に勉強したら、優秀だと思われなくなっちゃう。
 ドゥエックの『「やればできる!」の研究——能力を開花させるマインドセットの力』(草思社)から引用したこれらの例は、生徒たちや意欲的なスポーツ選手など、その他誰が相手であっても、やりとりのあり方についてのまったく新しいアプローチを示唆している。
 称賛すべきは努力であって、才能ではないこと。能力が努力によって大きく変えられることを強調すべきだということ。他人にも自分自身にも、挑戦は脅威ではなく学習機会だととらえるよう教えること。失敗は断罪ではなく機会と解釈すべきであること。
 優秀な子供にはどんな声かけが効く?
 では、課題をたやすくたちまちこなしてしまった生徒はどうほめればいいのか? 苦労一つせずなにかをやりとげてしまった場合は、努力でなく才能をほめるしかないのでは? ドゥエックの助言はこうだ。「そんなときはこう言えばいい。『あらあら、簡単すぎたわね。時間を無駄にしてごめんなさい。本当にためになることをやりましょう』」。
 ドゥエックの調査が持つ意味合いはじつに深い。多くの教育者たちは、水準を下げれば生徒に成功体験が与えられ、自尊心を高めてそれが成果を挙げると主張してきた。それこそアメリカやヨーロッパ各地の教育機関が1970年代、80年代のほとんどを通じて掲げていた哲学であり、いまも影響をおよぼしている。
 だがこれで、いかに善意から出たことであっても、教育信念としてはこれが生徒をむしばむものだとわかる。「それは生徒の知能を過剰にほめるのとまったく同じ哲学から生まれている」と、ドゥエックは書いている。「だが、そんなのはうまくいかない。水準を下げると、生徒たちはあまり教育を受けずに終わるだけで、しかも簡単な課題で大仰なほめ言葉がもらえると思いこんでしまうのだ」。」
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