⚡57】─1─欧州は半導体研究開発に約5.7兆円を投じる。~No.254No.255 

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 2022年2月12日 MicrosoftNews JBpress「日本を尻目に半導体の研究開発に約5.7兆円を投じる欧州の勝算
 半導体の安定供給に向けた各国の動きが加速している(写真:AP/アフロ)
 © JBpress 提供 半導体の安定供給に向けた各国の動きが加速している(写真:AP/アフロ)
(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
 欧州連合EU)の執行部局である欧州委員会は2月8日、欧州半導体法(European Chips Act)の草案を公表した。欧州委員会はこの法律に基づき、経済活動に不可欠な半導体の研究開発投資に官民で430億ユーロ(約5.7兆円)を支援し、半導体の安定供給の実現を目指そうとしている。そのうち、いわゆる「真水」は110億ユーロだ。
 欧州委員会は2021年3月、世界の半導体生産高に占めるEUのシェアを2030年までに現在の10%から20%以上に引き上げる方針を掲げた政策文書を発表した。同年9月には、フォンデアライエン欧州委員長が施政方針演説の中で、欧州半導体法の立案を表明している。今回の欧州半導体法の草案の発表は、こうした一連の流れの中に位置付けられる。
 【参考資料】
EUが発表した政策文書(https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/communication-digital-compass-2030_en.pdf
◎フォンデアライエン欧州委員長による施政方針演説(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/SPEECH_21_4701
 欧州半導体法の草案に先立つ2月4日、米国でも520億米ドル(約6兆円)規模の半導体支援を含む競争法案が下院で可決された。この審議に関しては、賛成が222票に対して反対が210票と僅差であり、米国内でも議論が二分化している。上院が可決するにしてもこれから数カ月先のことであり、法案自体、何らかの修正が施される可能性は否定できない。
 【関連資料】
◎下院を通過した米国の競争法案(https://docs.house.gov/billsthisweek/20220131/BILLS-117HR4521RH-RCP117-31.pdf
 日本でも半導体の安定供給を目指し、昨年の12月に関連法案を成立させ、2021年度補正予算で7270億円を計上している(ポスト5Gを念頭とした技術開発に1100億円、生産拠点確保に6170億円)。また、将来的に官民合わせて1兆4000億円超の調達を目指すとしているが、少なくとも金額の規模に関して日本は見劣りが顕著だ。
 競争重視から育成重視に産業政策を転向した欧州
 EUの産業政策は、もともと競争を重視していた。EUの単一市場は、平等な競争条件の下でしか成り立たない。それゆえに、各国の政府や企業はEUで経済活動を行う上では、EUが定めた競争条件に従う必要がある。平等な競争条件の設定を重視し、政府による介入を極力排するドイツ流のオルド自由主義(Ordoliberalismus)の影響が色濃いとも言える。
 もっとも、米国と並ぶスーパーパワーを目指したEUだったが、2010年代前半の債務危機で経済の低迷を余儀なくされ、米国との距離は離れる一方だ。他方で、後ろからは急速に力を蓄えた中国が迫っており、追い越されるのは時間の問題である。そこで、欧州統合が一服したこともあり、EUは米中を念頭に、域内の産業の育成に政策の舵を切ったのだ。
 フランスに見る「どこまで政府が介入するべきか」という命題
 こうした経緯を踏まえて、欧州委員会は2014年6月に「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)に関わる政策文書」を発表し、それまで慎重だった産業に対する補助金の給付について、一定の条件の下にこれを容認する方向を内外に告知した。以降、各国の政府は欧州委員会による審査を前提に、補助金の給付を強化している。
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 特に、フォンデアライエン欧州委員長が就任した2019年10月以降、同執行部が重視する脱炭素化とデジタル化を両輪とする経済成長戦略を実現するための手段として、補助金の活用が増えている。2019年12月と2021年1月に容認された車載用バッテリーの研究開発費の助成は、欧州委員会のスタンスの転向を良く物語る好例と言えよう。
 その中で、戦後一貫して育成を重視する産業政策スタンスを取ってきた国が、フランスである。国家介入主義(Dirigisme)やドゴール主義(Gaullisme)、混合経済といった流れを継承し、フランスでは一貫して政府が経済活動全般に積極的な役割を果たしてきた。EUのリーダーでもあるマクロン大統領も、こうした経済観を随所で露わにしている。
 そもそもヨーロッパ統合とは、もともとがフランスを中心とする超国家的なプロジェクトだ。二度の大戦で経済と社会が壊滅し、米国とソ連の狭間で地盤沈下が止まらなかったヨーロッパを、フランスが中心となって政治・経済的にまとめ上げ、スーパーパワーとしての復活を目指す。そのための器がEUに他ならないというわけである。
 近年のEUの産業政策の転向に、政府の介入を良しとするフランスの伝統的な政治・経済観が反映されていることはまず間違いない。他方で政府による介入は、コスト以上にベネフィットがなければ認められない行為だ。それに産業の育成を図ろうとしても、懐妊期間が長い割に成功率は必ずしも高くなく、言わばギャンブルの要素が強い。
 実際に、フランスを例に取れば分かりやすい。フランス政府による全面的なバックアップを受けている原子力産業は、その実、破綻と再生の繰り返しだ。脱炭素化の流れでフランスは独自の技術に基づいた欧州加圧水型炉(EPR)の普及を目指したいところだが、当てが外れれば多額の損害が生じ、結局は納税者の負担に転嫁されることになる。
 © JBpress 提供 フランスのベルヴィル原子力。フランスは国家戦略として原子力産業を支援しているが、その実、破綻と再生を繰り返している(写真:ロイター/アフロ)
 政府は需給調整まで関与すべきなのか
 今回発表された欧州半導体法の草案を一読すると、欧州委員会の産業政策観が一種の「計画経済」的な発想に基づいていることが分かる。つまるところ、欧州委員会半導体の需給調整に関して、欧州委員会や加盟国政府の積極的な関与を志向している。しかし、需給の調整は本来、市場において、それこそ価格を通じて達成されるべきものである。
 かつて1920年代から1930年代にかけて、経済計算論争と呼ばれる議論が行われた。計画経済が成立するためには、数多ある財やサービスの需給を瞬時に計算できる仕組みが必要となる。市場経済を重視するフリードリヒ・フォン・ミーゼスらオーストリア学派は、そのような情報処理は実現が不可能だとして、計画経済を擁護する立場を一蹴した。
 それから100年が経ち、情報処理の速度は飛躍的に高まった。そのレベルは、ミーゼスらの想像をはるかに凌駕しているだろう。とはいえ、計画経済が様々な硬直性を持っていることは、昨年で崩壊から30年が経過した旧ソ連の社会実験が雄弁に物語っている。価格をシグナルとしたグローバルな需給調整こそ、本来なら最も経済厚生が大きいはずだ。
 欧州委員会とて、本格的に「計画経済」的な経済運営を目指しているわけではないだろう。とはいえ、今の欧州委員会が経済安全保障の観点から志向している産業政策の方向性は、市場経済を基にする現在の経済活動に良くも悪くも変化を及ぼすものである。メリットだけが語られがちだが、デメリットに関しても十分に意識すべきだろう。
 経済安全保障の文脈で進む介入的産業政策の是非
 結局、政府による過剰な介入が民間の活力を奪うこと、それが最大の懸念事項だ。経済安全保障の観点もあり、欧米は育成重視の産業政策に転じてきている。その流れを日本も受けている中で、今一度、介入のデメリットの側面について、我々は認識しなければならない。介入の最適解をどこに求めるか、各国の模索は今後も続いていくことになる。」
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