💫20}─1─人智を超えた自然の驚異。放射線を食べる生態系が発見される!〜No.131No.132No.133No.134 ⑱ 

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 2021年6月4日 MicrosoftNews JBpress「ゴジラのふるさと? 放射線を食べる生態系が発見される!
小谷 太郎
 .© JBpress 提供 超新星カシオペア座A」から宇宙空間にぶちまけられた放射性物質チタン44(青色)。X線天文衛星NuSTARによる。 Image by NASA/JPL-Caltech/CXC/SAO.
(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター
 近年、未知の生態系が発見され、注目を浴びています。私たちの足下、地下数kmの深さには、微生物の膨大な群集が存在するようなのです。そこにはもちろん日光は射さず、地表や海の生物に由来する物質も届きません。その生態系はいったい何をエネルギー源として生き延びているのでしょうか。
 そうした生態系は、どうやら地中の放射性物質からの放射線によって維持されているようなのです。本当なら、原子力生態系の発見です。
 地下に広がる生態系
 生命はいたるところにはびこっています。酷暑や極寒、空気の薄い高山から高圧の深海まで、極端な環境でも何らかの生命がうごめいています。よもやこんなところに生命は生きられないだろうと思うようなところを探ると、そこに先住民が見つかります。
 2006年にはまた新たな場所から生命が見つかり、生命の活動範囲が更新されました。地面に掘った深さ2.8 kmの穴から採取した地下水に微生物が発見されたのです*1。ただちにDNA配列が読み取られ、「フィルミクテス門」と呼ばれる細菌の仲間と分かりました。
 また海底の地下にも、やはり海の生態系から独立した微生物の集団が見つかりました。
 ある推定によれば、これらを合わせると、地下には微生物がおよそ10^30匹住んでいて、地球の全生命の質量の数%を占めることになります。これは膨大な量です。地下にこんな隣人がいるとはびっくりです。
 それまでは、地下から見つかった微生物の記録は、せいぜい深さ1 kmまででした。そしてそういう浅いところの微生物の集落は、地上の生態系とつながっていて、地上の生物と基本的に同じ食べ物で生命を維持していると考えられます。つまり、そのエネルギーの源は太陽光だということです。
 地上の生態系は、いうまでもなく太陽光をエネルギー源としています。光合成を行なう植物が、二酸化炭素から炭水化物など化学エネルギーの高い物質を生産し、その植物を動物などが食べ、それをまた他の生物が食べ、そうやって生態系の全ての生命にエネルギーが分配されます。
 しかし深さ数kmには、地上の生態系に由来する物質は届きません。そこに封じ込められた生態系は、少なくとも過去数百万年間、地上からの補給なしに維持されてきたと考えられます。
 この膨大な量の生命は、いったい何を食べ、どんなエネルギー源によって維持されているのでしょうか。
 You are what you eat
 2021年2月26日、スウェーデンヨーテボリ大学のジャスティン・ソヴァージュ博士らの研究グループは、『ネイチャー・コミュニケーションズ』誌に「水の放射線分解による海洋堆積物中の生命への寄与」という研究結果を発表しました*2。
 海底に穴を掘って岩石を採取し、水と一緒にして、アルファ線ガンマ線などの放射線を当てたところ、水素分子が多量に発生した、という実験結果です。おそらく岩石が何らかの触媒として働き、水素分子の発生を助けるのでしょう。(なんだか錬金術的で楽しそうな実験です。)
 また別の研究グループ、カナダ・トロント大学のバーバラ・シャーウッド・ロラー教授らは、2021年2月1日、カナダの岩盤の地下2.4 kmから採取した地下水に、蟻酸(ぎさん)や酢酸(さくさん)などの有機化合物(炭素を含む化合物)が見つかったと発表しました*3。
 この有機化合物は、地表の生態系に由来するものではなく、やはり放射線のエネルギーによって地中の化学反応で生成されたと見られます。
 水素分子や有機分子や、それら分子との化学反応で生成される物質は、ある種の微生物にとって栄養源になります。そうした微生物は水素分子や有機分子をごちそうとしてぱくぱく食べ、繁殖します。するとそれを別の微生物が餌として食べて繁殖し、さまざまな生命がエネルギーの分配にあずかることが可能です。
 地中には、ウラン238やトリウム232、カリウム40といった放射性の原子核が微量に存在します。それらの不安定な原子核は、何億年もの時間をかけて、放射線を出しながらゆっくり崩壊していきます。
 もしもその放射線が、水素分子や有機化合物を意外に効率よく生産していたら、それによって微生物群集が食っていけるかもしれません。つまりもしかしたら、地中の生態系は、地中の原子核崩壊によって成り立っているのかもしれません。これは原子力によって維持される生態系といえます。
 放射線て何だっけ?
 原子という粒の中心には原子核というさらに小さな粒があります。原子核は「陽子」という粒と「中性子」という粒が数個~数百個集まったものです。
 原子核の種類(核種)は陽子と中性子の数で決まります。ある種の原子核は生まれつき不安定で、しばらく時間が経つと壊れて別の原子核に変わってしまいます。原子核が壊れることを「崩壊」あるいは「懐変」などといいます。
 核種の中には極端に不安定なものもあり、そういう原子核は生まれた途端に崩壊してしまうので、地中にはまず見当たりません。
 核種の安定性は「半減期」で分かります。半減期はその核種の集団が崩壊して半減するまでの時間です。半減期が短い核種は不安定で、長いものは比較的安定です。(真に安定な核種は崩壊しません。)
 地中でも見つかる、比較的安定な核種には、ウラン238半減期45億年)、トリウム232(半減期140億年)、カリウム40(半減期12億年)などがあります。ウラン238半減期は地球の年齢の46億年に近いので、46億年前に宇宙の塵やガスが集まって地球を作った時に混じっていたウラン238は、現在では半分に減っていることになります。
 原子核の崩壊にともなって飛び出す、エネルギーの高い粒子を放射線といいます。アルファ線ベータ線ガンマ線といった種類があります。
 アルファ線は、中性子2個と陽子2個がくっついた粒が飛び出すものです。この粒はアルファ粒子と呼ばれますが、ヘリウムの原子核でもあります。地中から漏れ出るヘリウムガスは、地中の放射性物質の発したアルファ粒子の成れの果てです。
 ベータ線はベータ粒子が飛び出すのですが、ベータ粒子の正体は電子です。電子は原子の中に含まれるありふれた粒子ですが、原子核崩壊にともなって飛び出す電子はエネルギーが高く、光速に匹敵する速さです。
 アルファ粒子とかベータ粒子などと呼ばずにヘリウム原子核と電子と呼べばいいのでは、と思われるかもしれませんが、これらの名前は放射線がまだ正体不明だったころにつけられた名前で、歴史の経緯によってその名が残っているのです。
 ちなみにアルファ線ベータ線を発見・命名したのはアーネスト・ラザフォード(1871-1937)です。どうせならもっと個性のある名前にすればいいと思うのですが、「1号放射線」と「2号放射線」のような味気ない名前がつけられたのは残念です。
 ガンマ線は電磁波です。可視光や赤外線や電波も電磁波ですが、ガンマ線はこれらに比べて桁違いにエネルギーが高いです。
 ちなみにガンマ線を発見したのはポール・ヴィラール(1860-1934)ですが、どういうわけかラザフォードがでしゃばってきて名前をつけました。しかもそれでつけたのが「3号放射線」みたいなつまらない名前です。どうしてそういうことをするんでしょうか。
 これらの放射線を普通の水に当てると、岩石などの触媒がなくても、水分子が分解してある程度の水素分子が発生します。これは放射線分解といって、古くから知られている現象です。
 アルファ粒子とベータ粒子は電気を帯びていて、これが物質中を通りすぎる際、進路にあった分子から電子を弾き飛ばしたり、分子を壊したりします。(ガンマ線は物質と反応すると高エネルギーの電子や陽電子を作るので、結局ベータ線と同じ結果をもたらします。)
 その結果、放射性物質から発射されたこれらの放射線は、水分子の多いところでは水を分解して水素分子や過酸化酸素分子を作るのです。
  次は火星?!
 地中の生態系はそれ自体魅力がありますが、特に興味深いのは宇宙生物学への応用です。
 今のところ、生命の発見されている(それもいたるところに)天体は地球だけです。
 しかし、火星など他の惑星やエンケラドスなどの衛星、よその恒星を周回する惑星に、生命がいないとも限りません。どのような環境の天体に生命や生態系が存在しうるのかは、真剣な議論の対象です。
 今のところ、表面が液体の水に覆われている惑星が、生命を宿す候補天体として有力とされています。
 しかしもしも、放射線によって維持される地下の生態系が存在するならば、がぜん生命候補天体は増えます。
 例えば火星の表面は、現在は乾燥しきっていますが、地下には塩水が存在すると考えられています(図:ヘール・クレーターの中央の突起から流れる水)。
 火星のヘール・クレーター。中央の岩場から左上方向に水が流れている。マーズ・リコネッサンス・オービターの高分解能カメラHiRISEによる画像の擬似カラー写真。 Image by NASA/JPL-Caltech/University of Arizona.© JBpress 提供 火星のヘール・クレーター。中央の岩場から左上方向に水が流れている。マーズ・リコネッサンス・オービターの高分解能カメラHiRISEによる画像の擬似カラー写真。 Image by NASA/JPL-Caltech/University of Arizona.
 火星には地球と同程度の放射性物質があると推定されます。もしかしたら、火星の地下にも、地球のような原子力生態系が生き残っているかもしれません。期待させられます。
 それにしても、地面を掘ったら膨大な生態系が見つかり、それが放射線によって維持されているらしいと分かり、宇宙生物学にもつながるとは、サイエンスはどこに何が埋まっているか分かりません。
 *1:Li-Hung Lin, Pei-Ling Wang, Douglas Rumble, 2006, “Long-Term Sustainability of a High-Energy, Low-Diversity Crustal Biome”, Science 314, 479-482.
 *2:J. F. Sauvage, A. Flinders, A. J. Spivack, et al., 2021, “The contribution of water radiolysis to marine sedimentary life”, Nat. Commun. 12, 1297.
 *3:B. Sherwood Lollar, V. B. Heuer, J. McDermott, S. Tille, O. Warr, J. J. Moran, J. Telling, K.-U. Hinrichs, 2021, “A window into the abiotic carbon cycle - Acetate and formate in fracture waters in 2.7 billion year-old host rocks of the Canadian Shield”, Geochimica et Cosmochimica Acta 294, 295-314.」
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