🌌47}─4─「静穏期は終わった」世界規模で見れば分かる日本の巨大地震リスク。巨大地震の現在地。~No.238No.239 ㉞ 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 産経iRONNA
 大震災「想定外」にどう向き合うべきか
 未曽有の被害をもたらした東日本大震災から丸9年。想像を超える自然の猛威が残した爪痕はあまりに深く、未だ復興を実感できない被災者も多い。新型コロナウイルスも然り、予想だにできない脅威から逃れられないのは、われわれの宿命である。ならば、こうした「想定外」にどう向き合うべきなのか。
  ・  ・  
 「静穏期は終わった」世界規模で見れば分かる日本の巨大地震リスク
 『高橋学』 2020/03/11
 高橋学(立命館大環太平洋文明研究センター教授)
 現在、社会の中枢を担っている40代後半~60代前半が生まれ育ってきた時代というのは1960~75年以降である。まさに、日本は経済の高度成長期の真最中であった。
 この時代は、日本の社会を根本的に揺るがすような地震や台風などが極めて少なかった。1959年に発生した伊勢湾台風では、およそ5千人以上が犠牲となった。これ以降、1995年の兵庫県南部地震阪神淡路大震災)で約6500人の犠牲者が出るまで、比較的災害のない時代が続いたのである。
 1964年の東京オリンピックや1970年の大阪万国博覧会などのイベントは、まさにその最中に開催されたのである。この時代、社会でも教育でも「災害」はまるで忘れられていた。
 21世紀になる直前に、その静穏期は終わりを告げた。地震、集中豪雨、台風などさまざまな災害を引き起すような自然現象が頻発するようになったのである。ところが、社会の中枢を担っている世代の人々は、このような現象について知らず、適切な対応をとることができていない。そして、「想定外」という言葉で責任を放棄しようとしている。
 さて、台風、集中豪雨、地震などの現象には「自然の揺らぎ」がある。観測時代に入ってから200人以上の犠牲者を出した地震に注目すると、次のようになる。
{【第1期】濃尾地震(1891年:7273人)、庄内地震(1894年:726人)、明治三陸地震(1896年:2万1959人)、陸羽地震(1896年:209人)
【第2期】大正関東地震関東大震災 1923年:14万2800人)、北但馬地震(1925年:428人)、北丹後地震(1927年:2925人)、北伊豆地震(1930年:272人)、昭和三陸地震(1933年:3064人)
【第3期】鳥取地震(1940年:1083人)、昭和東南海地震(1944年:1223人)、三河地震(1945年:2306人)、昭和南地震(1946年:1443人)、福井地震(1948年:3769人)
【第4期】北海道西南沖地震(1993年:230人)、兵庫県南部地震阪神淡路大震災、1995年:6437人)
【第5期】東北地方太平洋沖地震東日本大震災、2011年:約2万2千人)、熊本地震(2016年:273人)
 ※()内は発生年、行方不明者と死者数の合計で推計含む}
 見ての通り、第3期と第4期の間の45年が空白となっている。
 1868年の明治維新の頃、日本の人口は約3400万人であった。それが現在は約1億2700万人になっている。約4倍である。しかも、その多くは大都市周辺に集中している。15世紀末~19世紀中葉の「小氷期」に人口が減少した東北地方の太平洋岸でも、気候の温暖化やコメの品種改良により人口が激増した。増えた人口の多くは東京などの大都市へ労働力として移動した。
 こうして、1960~90年代に大都市周辺の旧海域、旧河道、後背湿地など、かつてはダムの役割を果たしていた地域に宅地化が著しく進行したのである。これが、地震、台風、集中豪雨などで被害を受けるリスクを大きくしてきた。
 しかも、現在、自治体などでリーダーシップをとる人々は、「災害の空白期」に生まれ育った人たちであり、災害の実体験が極めて乏しい。このことが、「役に立たないハザードマップ」、「避難できない・避難したら危険な避難場所」などの存在を許容している。
 2020年東京オリンピック、2025年大阪万博などは、1964年東京オリンピック、1970年大阪万博が開催されたことと無関係ではない。64年や70年に首都高速道路や地下鉄など多くの都市のインフラが整備された。
 しかし、鉄筋コンクリートを使用した施設は意外に耐久年数が短く50年ほどしかない。潮風にさらされるような場所では、さらにそれは短くなる。したがって、2020年東京オリンピックや2025年大阪万博はイベントとしてはともかく、都市インフラの再整備はやらざるを得ないのである。
 さて、地震という観点で見るならば、アメリカ地質調査所(USGS)、気象庁、防災科学研究所(Hi-net)などが提供する複数のデータを参照する必要がある。USGSが提供する地震データで世界中の傾向をつかむ必要がある。マグニチュード(M)4以上の地震を地球レベルで知ることができる。
 たとえば、2016年の熊本地震の際、太平洋の西岸で大きな地震が起きていたことが分かる(図参照)。要するに地震には国境は存在しない。
 また、Hi-netの「震央分布図」を見ると、日本列島で1カ月に1・5万~3万回ほどの地震が起きていることが分かる。しかもそれからは、震源の分布域や深さにきれいな傾向が読み取れる。
 たとえば、北方領土から東北日本では太平洋プレートが北米プレートにもぐり込み地震を起こしている。また、福井県敦賀沖から伊勢湾沖に向かい、500キロ以深を震源とする地震が日本列島を横断している。これは太平洋プレートの先端である。これより深いところではプレートは熱で融解してしまうため地震を発生させない。
 さらに、琉球トラフに沿ってフィリピン海プレートユーラシアプレートにもぐり込む様子が分かる。その東北部分は日向灘からは豊後水道を経て広島へと至る。そして、北米プレートやユーラシアプレートでは震源が10キロ程度の深さの地震で陸地のほとんどが埋め尽くされている。
 ここで注目しておきたいのは、北方領土から北海道南部エリア、東北日本エリアと、広島から沖縄諸島へかけてのエリアで地震発生する傾向が極めてよく似ていることである。前2者は太平洋プレートが北米プレートにもぐり込んでいるところであり、北あるいは西へ向かうほど震源の深さは深くなる。それに対し、後者はユーラシアプレートフィリピン海プレートがもぐり込むところであり、北に向かうほど震源は深くなる。
 これまで、沖縄諸島は、比較的小さな島であり電子基準点や震度を計測する地点の数が少なくあまり注目されてこなかった。しかし、地震が少ないわけではない。そして、地震の帯は台湾を経てフィリピンやインドネシアへと続く。筆者が政府の言う「南海トラフ地震」だけでなく、フィリピン海プレートの影響を受ける範囲における「スーパー南海地震」を心配するゆえんである。
 フィリピン海プレートの南端で、2018年12月29日にフィリピン(M7・2:深さ60キロ)、2019年1月7日にインドネシア(M7)が連続して発生した。そして、インドネシアでは、6月24日に(M7・3:220キロ)、7月14日に(M7・3)、11月15日に(M7・1)と続いた。
 また、ユーラシアプレートにあるクラカタウ山やタール火山が大噴火し、他方、太平洋プレートのもぐり込みの影響を受けたカムチャッカ半島や千島列島では、クリュチェフスカヤ山、エベコ山、シベルチ山などが大規模な爆発をしている。これらは海溝型地震の発生後に発生する巨大噴火と考えられており、海溝型地震以前に発生している九州の火山噴火とは異なる。
 口永良部島薩摩硫黄島桜島霧島山新燃岳霧島山硫黄島阿蘇山などの九州の火山は、ユーラシアプレートに位置し、フィリピン海プレートの圧縮でユーラシアプレート内部のマグマだまりにあるマグマが噴出するもので、噴火により、たまっているマグマがなくなればそこで一度終了する。
 海溝型地震の発生する前には、これらの場所では極端に大規模な噴火は発生しない。これはフィリピン海プレートに位置し太平洋プレートの圧縮の影響で噴火している西之島新島と同じメカニズムである。
 さて、2019年10月12日、台風19号が関東地方やその周辺を襲い大騒ぎになっていたとき、千葉県南東沖でM5・7、震源の深さ80キロの地震が発生した。最大震度4であり、被害が生じるほどのものではなかった。この地震には東京湾口に東西に伸びる相模トラフが関与していた。
 すなわち、フィリピン海プレートが北米プレートにもぐり込んだことによる地震であった。通常、東北日本では太平洋プレートと北米プレートの関係で地震や火山噴火が発生すると考えられている。そして、西南日本ではフィリピン海プレートユーラシアプレートの関係で考えられてきた。さらに、政府地震調査会は、南海トラフ地震伊豆半島より東、高知県西部までの範囲に限定してきた。
 ところが、10月12日の千葉県南東沖の地震は、フィリピン海プレートと北米プレートとの関連で発生した地震であった。すなわち、伊豆半島の東側においてフィリピン海プレートの影響がある。
 そして、この後、千葉県、茨城県福島県地震が頻発した。あまりの地震の多さにマスコミもこれらの地震に注目した。地域的には比較的近接したところで発生していたが、震源などを見ると、異なったタイプの地震が3種類以上混じっていたことが分かっている。
 ①茨城県南部や西部の地震震源の深さが40~50キロであり、フィリピン海プレートが関係していた。これに対し、②茨城県北部の地震震源の深さが約10キロであり、太平洋プレートによって圧縮された北米プレートで発生した地震であった。
 また、③福島県南部の地震震源の深さが40~50キロ、太平洋プレートが北米プレートにもぐり込んだところで発生していた。さらに、千葉県では①と③とが混在していたのである。これらのことから関東地方以北の地震フィリピン海プレートの動きが関与していることが分かってきた。
 フィリピン海プレートが関与する地震は、「南海トラフ」に限定されるものではなく、伊豆半島の東の相模トラフにも関係する。過去に相模トラフで発生した地震として1923年の大正関東地震関東大震災)がある。
 この地震に関しては、東京下町を中心に発生した火災の被災者が多く、東京の地震というイメージが強い。しかし、地震としては横浜や房総半島南部で揺れが大きかった。伊豆半島以西と相模トラフの地震が連動すると、首都圏以西の地域で大災害になる。
 直接的な地震津波の被害はもとより、ここで重要な問題は物流が停滞することである。極論すると、日本は、今、自動車を海外に売ったお金で、食料を輸入している。食料自給率が40%を切るようところは先進国には存在しない。言い換えれば、巨大地震は食料危機をまねくのである。
 フィリピン海プレートは「南海トラフ」だけではなく、琉球トラフ、台湾、フィリピン海トラフに近いフィリピンやインドネシアでも地震を発生させる。しかも、すでに2018年末以降、フィリピンやインドネシアではM7以上の地震が発生し、火山の巨大噴火も起きているのである。
 日本の国内だけを見ていては、地震は見えてこない。また、地震と火山噴火とにはメカニズムの上でも密接な関係があり、別々に考えるべきではない。さらに、地震、火山噴火、台風などが災害になるには、人間の営みが密接に関与している。
 21世紀になった頃から、災害が頻発しているのは、「自然の揺らぎ」、経済の高度成長期における不適切な土地開発、災害を知らないリーダーたちの無知が関与している。
  ・  ・  
 世界も注目「ゆっくり滑り」が教えてくれる巨大地震の現在地
 『加藤愛太郎』 2020/03/11
 加藤愛太郎(東京大地震研究所教授)
 地球の表面は十数枚のプレートと呼ばれる硬い板状の岩盤に覆われている。プレートは、地球内部で対流しているマントルの上に乗って、それぞれ異なる速さで移動している。
 プレートが近づき合う境界の一つである「沈み込み帯」では、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込んでいる。このとき、海洋プレートと大陸プレートの境界面は摩擦によりくっつく(固着)ため、大陸プレートは海洋プレートに引きずられて沈もうとする。
 一方で、大陸プレートには元に戻ろうとする力が働くため、プレート境界周辺域にひずみが蓄積する。そのひずみが限界を超えると、プレート境界で急激な滑りが発生する。こうして起こるのが、2011年の東北地方太平洋沖地震や想定されている南海トラフ沿いの巨大地震などの「プレート境界型地震」である。
 また、引きずりこまれる大陸プレート内部や曲げられる海洋プレート内部でもひずみが生じるため、それを解放しようとして断層(岩盤内の割れ目)で急激な滑りが発生する。陸域の「活断層」などで滑りが生じたものが「内陸地震」と呼ばれ、1995年の兵庫県南部地震や2016年の熊本地震などが該当する。
 日本列島は二つの海洋プレートが沈み込む境界域に位置するため、ひずみの蓄積スピードが速く、巨大地震を含め地震活動が世界的に見ても大変活発であり、日本全土のほとんどが地震のリスクにさらされている。世界で起きるマグニチュード(M)6以上の地震の内、約10%が日本列島で発生している。
 南海トラフ沿いでは、フィリピン海プレートユーラシアプレートの下に1年あたり約5センチの速度で沈み込んでいる。近年の観測・研究の進展により、急激な滑りを起こす通常の地震以外にも、「ゆっくり滑り」と呼ばれる、通常の地震に比べてプレート境界がゆっくりと滑ることでひずみを解放する現象が起きていることが、約20年前に南海トラフ沿いで発見された。
 これは、兵庫県南部地震の発生を受けて全国に展開された地震地殻変動観測網によって取得された高品質な観測データに基づく成果の一つである。通常の地震では秒速1メートル程度の速さで断層が急激に滑るのに対し、ゆっくり滑りでは、1週間かけて数センチ、あるいは1年で十数センチの速さで断層が滑る。
 滑り速度に大きな違いはあるが、岩盤にたまったひずみを断層の滑りによって解放する点は通常の地震と類似している。さらに、ゆっくり滑りは国内に限らず、世界各地で起きていることも、その後の観測により明らかになった。
 カナダ・米西海岸やメキシコ・チリの太平洋沿岸付近、ニュージーランド周辺など、巨大地震が起きやすい環太平洋のプレート境界周辺で報告されている。これらの観測結果に基づくと、ゆっくり滑りはプレート境界面の巨大地震発生域に隣接して発生している。
 また、ゆっくり滑りが始まって終わるまでの継続時間が長くなるほど、解放されるエネルギーも大きくなる。今のところ、最大でM7・6の地震に相当するエネルギー解放が、メキシコのゆっくり滑り(約1年間の継続時間)において観測されている。
 南海トラフ沿いでは、想定震源域におおむね相当する固着域の深い側(深さ約30~35キロ)において、長さ約600キロにわたって、ゆっくり滑りが帯状に発生する領域が分布する。また、海底下における地殻変動の観測技術の発展により、固着域の浅い側(深さ約10キロ以浅)においてもゆっくり滑りが散発的に起きていることが示されつつある。今年1月の東京大生産技術研究所海上保安庁からのプレスリリースによると、南海トラフのプレート境界浅部の複数の場所において、ゆっくり滑りが起きていることが新たに解明された。
 ゆっくり滑りは、巨大地震発生域に隣接して発生するため、巨大地震との関係性という点で世界的にも注目されている。しかしながら、多くの場合、ゆっくり滑りが起きている最中に大地震は発生していない。例えば、南海トラフ沿いの深部では、数カ月から半年に1回の頻度でM6程度のゆっくり滑りが、数年に1度の頻度でM7程度のゆっくり滑りが発生しているが、ゆっくり滑りの進行中に大地震が起きた事例は、過去約20年間の観測期間中には見られない。
 一方で、数は少ないものの、東北地方太平洋沖地震(M9・0)や2014年のチリ北部地震(M8・2)といったプレート境界型の巨大地震の発生前に、ゆっくり滑りが固着域の内部や端で起きていたことが示されている。これらの巨大地震の発生前には、ゆっくり滑りや活発な地震活動により、固着域の一部で滑りが生じていた(固着のはがれ)と考えられる。
 また、2014年のメキシコ中部地震(M7・3)の発生前にゆっくり滑りがすぐ近くで起きていた事例や、房総半島沖やニュージーランド北島沖などでは、ゆっくり滑りの最中にM5~6の地震が発生したことが複数回報告されている。このように、ゆっくり滑りの発生により固着状況に変化が生じ、その周辺域では地震の発生が一時的に誘発されやすい状況になる。よって、これらの地震前に見られたゆっくり滑りは、地震の発生時期を早めた誘発的(最後の引き金的)な役割を担ったものと解釈できる。
 しかしながら、このようなゆっくり滑りを巨大地震の「前触れ」として、地震の発生前に断定することは極めて難しい。固着のはがれは、連続的かつ加速的に進行するものではなく、固着域の一部で間欠的に進行するため、巨大地震がどのタイミングで発生するのか、高い確度で予測することは現時点の知見では不可能である。
 地震発生を模擬した室内実験によると、断層の構造が比較的均質でなめらかな場合は、地震発生前に固着のはがれが徐々に進行するとともに、滑り速度もなめらかに加速する現象が捉えられている。このような特徴は、南海トラフ沿いの巨大地震の発生直前に固着のはがれが加速的に起きるはずであるという期待のよりどころでもあった。
 しかしながら、複雑で不均質性の強い断層構造を取り入れた近年の室内実験や理論研究によると、地震発生前の固着のはがれ方は多様性に富んでいることが明らかとなった。加速的な固着のはがれが起こらずに、突然地震が発生する場合や、ゆっくり滑りが起きている最中に、突然地震が発生する場合など、観測事実に類似した結果が報告されている。今後は、自然界の複雑な断層構造を取り入れた地震発生モデルの構築を進め、地震発生過程の多様性の理解を深めることが本質的に重要である。
 自然界では、断層の構造が実験室に比べてより複雑であるとともに、地震のような急激な滑りとゆっくり滑りが同時に起き、かつ、それらの間に相互作用も働くため、地震発生前の固着のはがれ方には多様性が生じることが十分考えられる。そのため、固着のはがれが進行しているときは、普段に比べて巨大地震の発生が相対的には高まっていると思われるが、固着のはがれが起きたからといって、巨大地震の発生に常につながるわけではない。
 なぜなら、巨大地震を起こしうる断層が最終的に破壊に至るかどうかは、ひずみがどの程度、どれくらいの範囲に蓄積されているかに依存するためである。広い領域にひずみが十分蓄積されているような臨界状態に近い状況であれば、ゆっくり滑りや活発な地震活動によって、巨大地震の発生が誘発されると考えられる。
 南海トラフ沿いのゆっくり滑りは普段から起きているものの、巨大地震の発生前に普段と異なる振る舞いを示すのか、それとも示さないのかは、現在の知見に基づく限り、答えのない問いである。また、南海トラフで普段と異なるゆっくり滑りが起きた場合、どのように評価するかは極めて悩ましい問題である。
 巨大地震の発生間隔(約100~200年)に比べて、高感度・高精度な観測網による観測期間が圧倒的に短く経験が少ないため、未知の現象なのか、それとも巨大地震の前触れなのかは明確には判断できない。普段よりもゆっくり滑りの発生頻度が高まる場合や、固着域の中でゆっくり滑りが起きる場合、ゆっくり滑りの進行が普段よりも急な場合など、特段の注意を払うべき現象は想定されるが、何が異常なのかを判断するための明確な基準をあらかじめ決めておくことはできない。ある意味、現象がおおむね完了した時点で、初めて理解して説明できる段階にすぎないのが地震学の現状である。
 ゆっくり滑りと巨大地震との関係性を解明することは、地震学の中でも最も挑戦的な研究テーマの一つである。将来、両者の関係性が十分に解明されれば、巨大地震の発生可能性を検討するための有意義な知見が得られることが期待されている。
 そのためには、ゆっくり滑りと地震発生との相互作用に関する観測事例の蓄積や、ゆっくり滑りが固着状況へ与える影響を明らかにすることが必要不可欠である。同時に、新たなゆっくり滑りの検出を進めていくことで、ゆっくり滑り自体の特徴・多様性を把握することも重要である。
 ゆっくり滑りから高速滑りまでの地震現象の統一的な理解を深め、ゆっくり滑りと巨大地震との関係性を探求することは、地震学の体系を大きく変え得る潜在性を有しているのである。
   ・   ・   ・