🌌62}─1─武漢コロナウイルス禍と民度。お上の言うことをよく聞く国民性。~No.337No.338No.339No.340 ㊳ 終わり。 

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 2020年7月27日 Microsoft News 文春オンライン 週刊文春WOMAN「お上の言うことをよく聞く国民性、『翔んで埼玉』ばりの排外主義……コロナ禍があらわにしてしまったもの
 なぜ日本では感染者が「断罪」されてしまうのか? なぜ日本のコロナ対策は「要請」と「自粛」なのか? コロナ対策成功のカギが「女性」という報道は本当なのか? 語り尽くした120分超!
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 中野 本日は自宅からのリモート座談会ということで、よろしくお願いします。磯田さん、後ろは掛け軸ですか?
 磯田 僕は京都に住んでいるので、本来、鴨川の納涼床の季節なんですけれど、今年はコロナの影響でお客も少ない。せめて川床の絵の掛け軸から涼を取れればと思い、その前に座ってみました(笑)。
 スー 磯田さん、はじめまして。今回、この座談会は、私と中野さんの持ち込み企画なんです。コロナの感染拡大によって、日本でも海外でも、「これまで社会の中で見えにくかったこと、気づきにくかったことが表に出てきた」という感触を二人とも持っていて、LINEで意見交換しているうちに、週刊文春WOMANに企画として提案しようと! 編集長に電話をして「どなたか我々とは違う視点を持つ方をご紹介いただきたい」と相談し、磯田さんに白羽の矢を立ててしまいました。
 中野 とくに私が推しました(笑)。というのも今回、世界各国が取り組んだコロナ対策は、ある種の社会実験だったと思うんです。結果的にどの国が成功し、失敗したかはまだ分かっていないところもありますが、磯田さんがご専門とされる歴史学は、過去の社会実験のデータの宝庫ですよね。感染症によって社会が歴史的にどう変わってきたのか、ぜひお伺いしたかったんです。
 磯田 光栄です。僕は「災害と病気はすべてをあらわにする」が持論なんですが、『後漢書』王覇伝に「疾風に勁草を知る」ということわざがあります。激しい風が吹いてきた時に強い草だけはそのまま立っている。つまり長所も弱点もあからさまになる。たとえば日本人は追いつめられると、型に走るんです。「みんなこうしますから」というところに安心感を求める。アメリカ人は訴訟を起こす。やはり、今回、中国を訴える動きが出ました。
 スー 先日、友人から回ってきたアメリカ人のフェイスブック投稿画像には、「マスクをすることは政府にコントロールされていることの証ではない。マスクは弱虫の証ではない」などと書かれていました。自由に対する信奉や、コントロールされることへの拒絶反応、強くあるべきという観念が、日本人の比ではない。アメリカで暮らすのも大変だなと思って。
 磯田 もう一つ言うと、新型コロナは専門家でなくても世界中に自分の考えを発信できるツール“SNS”を得て、人類が初めて迎えたパンデミックなのです。
 スー なるほど、確かに。
 磯田 また、今回興味深かったのは、日本人が、どこまでを「ウチ」と考えているか、でした。日本人は靴を脱ぐようにウチ(身内)とソト(部外)の区別が強い。「チーム日本」風にネット上に中韓への排外的な書き込みが出るのは予想済みでした。ところが、国内でも都道府県の往来をめぐり地域主義があらわになりました。一時、大阪と兵庫はギクシャク。岡山県知事は「岡山に来たことを後悔するようになればいい」と発言。“国民国家”日本も意外と脆いのかな、と思いました。

 中野信子「『翔んで埼玉』の埼玉狩りがまるでリアルに」

 中野 他県のナンバーがついた車は攻撃していい、という雰囲気が蔓延してますよね。『翔んで埼玉』の埼玉狩りがまるでリアルなものになってしまった。集団バイアスが働くとこんなことが起こるのかとリアルに見せつけられました。
 磯田 もう一つ僕の予想が当たってしまったのが、患者たたき。日本人は古来、ツミ・ケガレの観念で病を見がちでした。感染者の「落ち度」を探し、善悪レベルで断罪し始めないか。『報道ステーション』の富川キャスターも「謝罪」に追い込まれました。
 中野 脳の回路の中でも「善悪」と「美醜」を判断する機能は、とても近いところにあるんです。だから、日本人が「病には罪穢れがある」と思ってしまうのは、脳科学的にも納得がいきます。
 磯田 日本で初めてパンデミックが起きたのは第十代崇神天皇の時代、『日本書紀』には「疫病で大半の国民が死んだ」という記述と共に「請罪神祇」とあります。「請罪」には「のみまつる」と、かながふられていますから、平身低頭ひれ伏して神に許しを乞うたのです。ちなみに崇神天皇は西暦320年頃に実在した最初の天皇(大王)という学者も多い。この国の天皇制や伊勢祭祀の原型は、この時のパンデミック対策で、できた可能性もあります。
 スー そもそも日本人には病に穢れの意識があると考えると、感染者数が増えること自体が悪であり、国全体にシミがつくようなことだと捉える人もいるのかしら。「正確な罹患者数を知りたい」という声は多かったとは思いますが、同時に「体調が悪くても、検査するのは怖い」と口にする人もいました。穢れのレッテルは誰も貼られたくないですものね。
 磯田 たしかに。「マスクをしないで最後まで頑張ろうと思っている」と語った元総理もいて「竹やり」精神論だと批判を浴びました。
 スー 磯田さんのご著書『 天災から日本史を読みなおす―先人に学ぶ防災 』(中公新書)に「ペナルティーを科す西洋文化」と「要請と自粛の日本文化」という対比がありますが、日本は歴史的にずっとそうなのでしょうか。
 磯田 江戸幕府の権力が確立してからです。関ヶ原の戦いの1600年から100年間は、一都市で一年に数件、処刑をしている。見せしめです。言うことを聞かなかったら殺されるという血みどろの時代を経て、お上の言うことをよく聞く国民性にしつけられた。

 ジェーン・スー「片手に壊れたマスクを持ちながら自転車を漕いだ」

 スー 国民の相互監視でまかなってきた部分も大きいんでしょうね。実はこの前、都会のど真ん中で突然、マスクの紐が切れたんですよ。
 磯田 僕も切れちゃって、一生懸命結んだことがあります。
 スー そこで私が何をしたかというと、片手に壊れたマスクを持ちながら自転車を漕いだ。見ず知らずの人たちに「あるけれども駄目だったんだ」と知ってもらうためです。非国民ではないとアピールするようなことを、自分もやるんだなと苦笑しましたけど。
 磯田 100年前、スペイン風邪流行時のロサンゼルス市条例は、私たちからは考えられない内容です。罹患者は家の戸口に青色カードを掲示。肺炎になると白色カードにする。つまり「この家には患者がいる」と示すわけです。牛乳箱の置き場所まで指定し、規則を守らなければ、ロス市警が巡回して罰するとも書いてあります。
 中野 恐ろしい……。
 磯田 実はこの条例、日本の内務省衛生局も入手しているんです。当時の内務警察なら完璧に実行する力は持っていたはずなのに、実施しなかった。
 中野 なぜでしょうか?
 磯田 罹るかどうかは個人の問題で、国がそこまで介入する必要はない、と考えたのかもしれません。結局、実効ある指示は「マスクの装着」と「うがい」の2つだけ。当時は、手洗いの重要性は指摘されていませんでした。
 中野 今のお話を伺って、妙に納得しました。というのも、日本にはネオリベラリズムの思想が根強くあって、その人たちが有事の際にきまって口にするのが自己責任論。一見、新しい概念のようですが、意外と古くからある根性論とも似ているんですよね。要するに「何か悪いことが起きたら、お前がやれ」と、個人の問題にする。
 磯田 おっしゃるとおり。ロス型の隔離施策をやれば、感染の危険性がある場所を巡回する必要が生じるし、何か起きた場合に政府が重い責任を負わなくてはならなくなる。今回も「お家で14日間自己隔離してください」というお願いにとどめられました。でも一人暮らしの方もいる。生活支援を伴わない自己隔離は問題です。市中で蔓延し、大流行になると、多額の税金を使わざるをえなくなる。帰国・入国者に丁寧な検査対応と支援・不安解消をセットにした水際対策が大切です。
 スー この前の『週刊新潮』に「コロナ禍に田中角栄が首相だったら」という特集がありました。「俺が責任を取る」というリスクテイカーの不在を示唆しているのかなと。
 中野 日本社会の職階制は、実力じゃなく、その人が過去に果たした働きに対して職位が与えられる。だから職階が高い人ほど、リスクをとらなくなるんです。今のような緊急事態の対応が心もとないのは当然です。
 磯田 やっぱり台湾、ベトナムイスラエルなど、隣国と緊張関係にある臨戦態勢の国々は動きが早かった。日本は島国で75年戦争がなく、同じコロナウイルスSARSの害もほとんどなく、当初、楽観したのが、まずかった。
 スー つまり、誰がリーダーでも大勢に影響がないくらい平和な時代を、我々が享受してきたということですね。一方で、「各国のコロナ対策成功のカギは女性の感性」といったメディアのまとめ方には、違和感があります。
 中野 最近、雑誌の『フォーブス』で「コロナ対策に成功した国々、共通点は女性リーダーの存在」という特集が組まれていて、ドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相の名前が挙がっていました。でも、男性に比べて女性が優秀ということではないと思うんですよ。むしろ能力のある人が、適材適所で選ばれるシステムがきちんと構築されている国は、コロナのような緊急事態でも効率よく対応できる、ということを意味するだけじゃないかと。
 磯田 日本の政治家、特に自治体の首長は、常に、承認欲求、競争心、嫉妬深さを抑えないといけません。感染の最中に、知事が泥仕合になってはいけない。住民は納税者・主権者ですから行政の処置を大いに論じたらいいと思います。でも、首長どうしは、日本で住民安全への行政の共同責任を負っています。彼の非は我の非でもあると考え、協働すべきです。

 磯田道史「専門家会議の記録はこれからでも作れるんですよ」

 中野 休校措置の際に「日本の政治家は専門家の意見を聞かない」という印象を広く持たれてしまい、他者に耳を傾けない人たちなのかと多くの人が受け止めてしまった感もありますね。これは磯田さんに一度お伺いしたかったんですが、今回のコロナで政府が専門家会議の議事録を作っていないことが発覚しました。本来あるべき資料が存在しないというのは、後年の歴史家にとって大問題なのではないでしょうか。
 磯田 そうは言っても本当はあるんですよ。
 中野 えっ、そうなんだ!
 磯田 どこかに、それなりのメモはきっとあります。また、関係者が生きている限り回想録が作れます。「あれだけ私が言ったのに政府は……」と内幕を明かす人が出てくることもある。政治家が「議事録さえなければ国会で追及されずに済む」なんて考えるのは甘い。議事録がなくて、かえって関係者の証言で政治家・官僚が実際より悪者になったりすることだってあるわけで、議事録は政治家や官僚を守るものでもあります。後ろ暗いことをしていれば別ですが。
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 続きは発売中の『 週刊文春WOMAN 2020夏号 』でご覧ください。
 ジェーン・スー/1973年東京都生まれ。作詞家・ラジオパーソナリティ・コラムニスト。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で講談社エッセイ賞受賞。TBSラジオジェーン・スー 生活は踊る」が放送中。近刊に『これでもいいのだ』(中央公論新社)など。好評連載「彼女がそこにいる理由」は今号は休載。
 なかののぶこ/1975年東京都生まれ。脳科学者。東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008~10年フランス国立研究所ニューロスピンに勤務。著書に『サイコパス』(文春新書)、『空気を読む脳』(講談社+α新書)など。
 いそだみちふみ/1970年岡山県生まれ。歴史家。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。『武士の家計簿』(新潮新書)で新潮ドキュメント賞、『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。テレビ出演も多数。
(「週刊文春WOMAN」編集部/週刊文春WOMAN 2020夏号)」
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