🦋6〗─3─誰が団塊ジュニアの第三次ベビーブームを潰し少子高齢化と人口激減をもたらしたのか。~N0.20 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・{東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・ 
 2018年7月号 新潮45「ニッポン全史  古市憲寿
 第7回 歴史としての『1990年代以降』
 人口動態を見れば、バブルから現在への流れも、未来の姿さえもわかってくる。
 ……
 東京証券取引所の平均株価は1989年末に史上最高の3万8,915円を記録している。
 ただし狂乱の時代は長続きしなかった。1990年初頭には株価がじわじわと下がり始める。そして8月に起こったイラククウェート侵攻をきっかけに、株価急落は決定的になった。10月には日経平均が一時2万円を割り込み、『失われた時代』と呼ばれる長い景気低迷期が始まった。
 あの頃、女子高生が注目を浴びた理由
 とはいえ、1990年代に起こった本当の変化はバブル崩壊ではない。高度成長期に完成した日本型工業社会の破綻だ。戦後日本は、政府が重点産業を決め、経済成長を何よりも優先する社会制度を作り上げた。冷戦下の中国が『世界の工場』になれない中、日本は『ものづくりの国』としてその名を世界に馳せたのである。
 だが1990年代になると、円高や冷戦終結によって、大手製造業者がアジア諸国に生産拠点を移すようになった。製造業の就業者数は1992年をピークに頭打ちとなり、1994年にはサービス業の就業者数に抜かれている。
 このように、製造業ではなく情報産業や知的産業が中心となる社会を『脱工業化社会』や『ポスト工業化社会』という。日本では、1990年代半ばに本格的な脱工業化社会が始まったわけである。
 脱工業化社会と共に、日本という国を根底から変えつつあるのが少子高齢化だ。こんなことを書いても『知っているよ』と言われそうだが、人口動態の変化は、消費から社会保障までに影響を及ぼす大変化である。
 かつ日本は『若い』国だった。日本人の平均年齢は、1950年には22.2歳、1960年になっても25.6歳だったが、2015年には46.4歳となり、世界一の『老いた』国になった。
 1990年代は、日本に多くの若者が存在した最後の時代である。団塊ジュニアがちょうど20代を迎えていたのだ。
 ……
 たとえば1995年、15歳から29歳の人口は2,737万人、20代に限っても1,913万人いた。ちなみにこの数字は2017年になると、それぞれ1,861万人、1,256万人にまで減少している。『若者がモノを買わない』というが、そもそも若年人口が3割以上も減っているのだから、若者向けの市場が低調なのは当たり前だ。
 日本の小売業販売額のピークは1996年である。個別に見ても、国内の書籍・雑誌の販売部数は1996年、音楽CDの販売枚数は1998年にそれぞれピークを迎えている。90年代半ば、『週刊少年ジャンプ』の発行部数は653万部を記録、音楽でも『名もなき詩』『DEPARTURES』など200万枚以上のベストセラーが続発した。また、国内貨物輸送量や酒類販売量、水道使用量も90年代後半から2000年頃がピークだ。
 第三次ベビーブームは起こらなかった
 90年代に訪れた脱工業化社会と少子高齢化という二つの転機。しかし、日本派このピンチをうまく切り抜けることができなかった。
 政府は、バブル後の経済低迷に対して、公共事業を増やすことで対応しようとした。地方に公共施設や大型道路を次々に建設、公共事業費は1998年に14.9兆円を超えた。『日本といえば公共事業』というイメージがあるが、90年代だけ飛び抜けて多額の税金が投入されている。しかし公共事業で日本の経済は一向に回復しなかった。
 そして少子高齢化の対応にも完全に失敗した。2015年から人口減少の始まった日本であるが、実は2000年代には起死回生のチャンスがあった。90年代に高校生として世間を席巻していた団塊ジュニア世代が、ちょうど結婚・出産適齢期に突入したのである。
 本当はここで第三次ベビーブームが起こり、この国は子どもがあふれているはずだった。当時の厚生省もそれを期待して、90年代には大した少子化対策を打ってこなかったという。
 しかし国家とは珍妙なことを考えるもので、なぜかこの時期、歌だけが作られた。厚生省が低出生率を受けて、『ウェルカムベビーキャンペーン実行委員会』を作り、その趣旨に賛同したアーティストが集まり『僕らが生まれた あの日のように』という歌を発表されたのだる。1993年、小田和正飛鳥涼といったアーティストが参加したシングルCDは80万枚以上の売上を記録するものの、残念ながら歌の力で少子化が止まることはなかった。収益金は、北海道風連町今治烏山町で『風の顔らんど』という子ども向けアウトドア施設を建設するのに使用されたのだが、ピント外れ感が否めない。
 実際、1990年代にはすでに待機児童が問題になっていたにもかかわず、保育園の整備など本当に必要な政策は後回しにされ続けた。しかも往々にして少子化は、若者の『意識』の問題にすり替えられてきた。
 たとえば『若者は草食化したから子どもが減った』という具合だ。生涯に産む子どもの数には限度があるため、草食化と少子化にはほとんど関係がないことはわかりそうなものだが、若者の意識さえ変われば全てはうまく行くと信じたい人が多かったようだ。
 2007年には婚活という言葉が生まれ、地方自治体は婚活パーティの開催や啓蒙活動に励んだが、当然ながら出生率にほとんど影響はなかった。
 そして2010年代半ば、団塊ジュニア世代の出産適齢期は終わりを迎え、2016年には新生児の数が100万人を切ってしまう。1994年には269万人、1973年にも209万人も出生率があったことを考えると驚くべき変化である。
 オリンピック後に控える未来
 1989年に始まり2019年に終わる平成の31年間は、何とか『昭和』を延命させようとした時代だったと言える。
 社会学者の小熊英二は『平成』を『1975年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代』と定義する。
 ……
 オリンピックくらいで国の経済が回復しないことは、最近の開催地を見れば一目瞭然だ。……どの国も今、経済的な苦境に立たされている。むしろ『オリンピックの呪い』かと思ってしまうくらいだ。
 しかも政財界は、2025年の大阪万博開催を目論む。
 ……
 しかし万博という発想自体、とにかくダサい。
 ……
 恐ろしいことに札幌市は、2030年の冬季オリンピックの招致を目指している。
 ……
 当然ながら、今の日本が抱える問題は、オリンピックや万博開催で解決できる類いのものではない。
 2024年問題と2042年問題
 未来予測には、人口を見るのが一番いい。一般的に現役世代が多く、高齢者が少ない国のほうが経済成長をしやすいことがわかっているからだ。
 人口動態を見る限り、日本の未来は暗いと言わざるを得ない。2024年に日本は、2人に1人が50歳以上、3人に1人が65歳以上の高齢者大国になる。さらに2025年には認知症患者数が700万人、予備軍を含めると1,300万人が何らかの認知障害を抱える可能性があるという。
 ……
 そして2042年には団塊ジュニア世代が高齢者になり、高齢者人口が約4,000万人に達する。初期フリーター世代である彼らは、十分な資産形成をできないまま老いた者も多いと考えられる。生涯未婚率の推移を考えると、2割以上は結婚していないはずだ。寄る辺のない高齢者の集団が大量発生していることになる。
 しかもその頃には、認知症高齢者は1,000万人に迫る勢いで増え、65歳以上の高齢者の4人に1人が認知症ということになる。
 ……
 このように、人口動態と社会保障から日本の未来を考える限り、お先真っ暗だ。
 ……
 実際の未来はどうなるの?
 結局、人口動態から考える悲観的な未来予測、テクノロジー至上主義の考える楽観的な未来予測、どちらが実現するのだろうか。おそらくどちらも極端なのだ。
 労働力不足が本格化する日本で、『機械』による業務効率化は歓迎すべきではあるが、その効果は限定的と見るべきだろう。
 ……
 現在の社会保障制度は、日本が若い国だった時に整備された『若者に頼りすぎ』の仕組みである。段階的に高齢者の定義は現在の『65歳以上』から『75歳以上』に変更されるはずだ。そのように、騙し騙し今の制度を維持しながら、2024年問題や2042年問題を乗り越えていくのだろう。
 『日本』が終わる日
 『日本』という国号が生まれてから約1300年。それは列島にホモサピエンスが住み始めて4万年という時間に比べたら、30分の1程度ほどの歴史にしかならない。しかも、北海道や沖縄を含めた現在とほぼ変わらない領土の『日本』が成立したのは、約150年前のことである。
 ……」
   ・   ・   ・   
 2018年7月号 新潮45「日本の生存戦略  片山杜秀
 ──『新冷戦』の時代
 ……
 『AKIRA』をいま読む
 2016年から、建て替え中の渋谷パルコに、大友克洋の『AKIRA』をモチーフにした50メートルほどの巨大な『仮囲いアート』が出現して話題になっています。『AKIRA』は1982年から90年にかけて連載されました。2019年の『ネオ東京』が舞台で、2020年には東京オリンピックが開催されるという設定になっており、今日では『予言的な作品』として再評価されています。東京にはすでに『新型爆弾』が落ちて、かつての都市部は廃墟になっており、東京湾上に『ネオ東京』があるのです。
 幸い、日本では『AKIRA』の物語はそのまま現実化してはいません。『新型爆弾』はまだ落ちてはいません。とはいえ、福島の原発事故を収束させられず、後片付けの工程も不確かで、それにもかかわず、いや、それだからこそ、2020年のオリンピックという祭りに向かって、種々の産業が動員され、スポーツに国民の関心がいちだんと集められ、各地で建設ラッシュになっている点では、やはり『AKIRA』的なのです。日米関係を基軸としてきた日本の外交の立ち回り方が今後どこかで時代に最適な道を踏み外せば、近々いよいよ『AKIRA』化する、という想像は、リアルな気がします。
 わたしは1963年生まれで、70年の大阪万博に熱狂し、73年に『ノストラダムスの大予言』をブームに乗って読んだことで、人生観が大きく左右されました。当時は小松左京の『日本沈没』もベストセラーであり、しかも、オイルショックがブームの渦中に来たことで、切迫した不安を持ちました。
 節電のためにテレビは深夜放送を休み、プロ野球も開始時間を早め、デパートのエレベーターとエスカレーターも止まり、エスカレーターを歩いて登ったのを覚えています。まさに終末後の世界のようで、私の中に生々しい感覚がずっと残りました。もう少し子供だったら意味が分からなかったですし、高校生くらいならばバカバカしいと思う余裕があったでしょうから、直撃された年齢は重要です。
 その後も、1999年に人類が滅亡するから、別に立身出世を目指しても意味がないと思って趣味に没頭するように、2018年になってしまいました。わたしは、オウム真理教の中堅幹部たちにほぼ同世代の人が多いのですが、彼らにも『ノストラダムスの大予言』の影響は大きいはずです。95年の阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件、2001年9月11日の同時多発テロは、『ノストラダムスの大予言』的な出来事でした。
 そして今、『AKIRA』が刺激的です。渋谷の大工事はずっと続いていますが、その打ちこわしと建て替えの光景がふと廃墟に見えたりします。利用者の多くが長年慣れ親しんでそれなりの秩序が形成されていた渋谷の交通を、もっと便利にするという名目で多年にわたって不便にし続ける意味が、よくわかりません。少子高齢化時代のためにほかにやることがあるのではないか。不条理な気分になってきます。こちらの年齢のせいでしょうか。そうそう、ある年齢を越えた世代はもう、渋谷には足を運びたがらないとも聞きます。さまざまな局面で『2020年』という区切りは設定され、そこに向かってわざとカオスが作られているように感じられるのですが、その後のヴィジョンはというと見えていません。
 『国家は力の体系であると同時に、利益の体系でもある。すなわちそれは、人びとの経済活動によって、もっとも重要な単位なのである。もちろん、貿易関係は国境を越えておこなわれる。逆に、人びとの生活に直接関係のあるのは家庭であり、職場である。しかし、経済活動を構成するさまざまな循環、金の流れや物の流れがおこっているのは、国家という枠のなかである。経済計画がたてられ、国民の福祉のためのさまざまな政策がとられているのも、国家という枠組みのなかである』(『国際政治』高坂正堯
 高坂正堯の言う通り、わたしたちは国家から完全に自由な活動などできません。もう、戦後の廃墟を知る世代は少なくなりましたが、阪神・淡路大震災東日本大震災の記憶は新しいところです。文明がどんなに進んでも、一瞬にして灰燼(かいじん)に帰す危険を常に孕んでいることは、いうまでもありません。国家についても、『AKIRA』のような想像力を踏まえながら、ブラント的にしたたかかつ柔軟な人物が日本から東アジアで踊り抜いて、上手な生き残りのための外交と政治の芸を披露すべきタイミングを迎えているのではないでしょうか。そうでないと、日本は北朝鮮や軍事政権時代の韓国を鏡像のように反復模倣する息の詰まる国になってしまうのかもしれません」
   ・   ・   ・   
 それは、戦後復興から高度経済成長を寝食を忘れて猛烈に働き成し遂げた戦前・戦中の世代が引退して一線を引き、戦後教育を受けた団塊の世代が政治から経済そして社会全般でトップに立ち始めた時から始まった。
 団塊の世代は、アメリカ・GHQの占領教育としてキリスト教史観と共産主義者マルクス史観を叩き込まれていた。
 その子供である団塊ジュニアは、中国・韓国・北朝鮮への温かい心での気遣い・配慮・忖度である近隣諸国条項による日本人極悪非道の凶悪人史観(自虐史観)がすり込まれた。
 実例で言えば、昭和天皇戦争犯罪靖国神社問題、従軍慰安婦問題、第二回南京事件問題、徴用工問題などである。
   ・   ・   ・   
 現代日本の衰退は、自分を殺しても現実に即して行動した戦前・戦中の世代が引退し、自分の観念で現実を見なくなった戦後の世代(団塊の世代)が社会の第一線に立ち始めてからである。
 それが、バブル崩壊である。
 日本は発想や行動の柔軟性を失い、分かっているのに、見えているのに、時代の流れや世界の潮流に乗り遅れ始め、あ然呆然と立ち尽くし、過去の成功モデルやビジネスモデルを変化させる事なくそのまま踏襲して実行していた。
   ・   ・   ・   
 現代日本人は日本の失敗を分析して究明したが、それは日本の失敗であって自分の失敗ではなかく、対策も日本の対策であって自分の対策ではなかった。
 それは、分別なき子供の発想でしかなかった。
 問題は、過去の日本ではなく現代の日本、昔の日本人ではなく今の日本人にある。
   ・   ・   ・   
 国際社会は、日本が中国共産党ソ連などの共産主義勢力から受けた残虐な非人道的被害は完全無視し、日本が行った行為のみを歪曲・捏造し拡大解釈として取り上げている。
 日本が行った人道的貢献は、無価値とされている。
 中世キリスト教世界による日本人奴隷交易。ロシア人の避難児童及びポーランド戦争孤児の救出。ユダヤ人難民のホロコーストからの保護。河南省大飢饉における1,000万人の救援及び治療・看護。
   ・   ・   ・   
 アメリカでは、夥しい犠牲者を出した日系二世部隊の功績は無視され、日系アメリカ人を差別・嫌がらせ・イジメを助長する従軍慰安婦像や石碑と第二回南京事件記念館が各地で造られている。
 アメリカが主張する「自由と民主主義」とは、公平でもなく、見た目以上に底が浅く薄っぺらな張りぼてにすぎない。
   ・   ・   ・   
 団塊ジュニア世帯は多感な少年時代に、
 核戦争による『ハルマゲドン』や世紀末・千年紀による『ミレニアム』や『ノストラダムスの大予言』などの人類滅亡、
 ユダヤ人秘密結社による世界征服の陰謀やUFO・宇宙人の地球侵略や人間誘拐、 
 成功者は結婚せず家族を持たない独身貴族、
 稼いだ金は自由に使う為に独立せず親と一緒に住むパラサイトシングル、
 ペットのみを家族とする新しい家族像など、
 商業メディアによる奈落の底に転げ落ちるような悲惨な未来情報やお一人様を楽しく生きる頽廃提案に感化された世代である。
 そして、日本人は許しがたい非人道的極悪人という近隣諸国条項による自虐史観歴史教育で、日本を愛し親しむのではなく、嫌悪・憎悪するように繰り返し繰り返し教えられてきた。
 団塊ジュニア世帯は、三無主義で頽廃した世間の空気や近隣諸国に配慮・忖度したメディア情報に思考力を奪われ、寄って立つ心の拠り所を失い人生を漂流し、高齢化した。
   ・   ・   ・   
 逃れられない絶望からの救いの渇望、恩寵と奇跡、原罪論、終末論、個人と絶対神との信仰契約と救済保証、最後の審判という、キリスト教の世界観ににている。
   ・   ・   ・   
 団塊ジュニア世帯の死生観は、死後の世界はあって天国・神の国での永遠の命か、死後の世界はなく死ねば生きていたという存在そのものが消えてなくなる、その二つである。
   ・   ・   ・   
 1995年1月17日 阪神淡路大震災
 オウム真理教による地下鉄サリン事件
   ・   ・   ・   
 日本から、「忠臣蔵」的雰囲気は消えた。


   ・   ・   ・