🍙43〗─2─アメリカ穀物企業・国際的食糧メジャーの第2次食糧侵略。豚と穀物。昭和35年~No.260No.261 @ 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・{東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 食料植民地ニッポン。
 日本の(豚・牛)畜産農家アメリカの穀物飼料。
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 昔の日本人は、口に出さなくても危険・危機は分かっていた。
 現代の日本人は、口に出さないと危険・危機が分からない上に、対処の仕方が分からないし、対処するのが面倒臭い為に、「言霊」信仰を悪用して口に出すと現実になるとの屁理屈を付けて危険・危機発言を封じ込めている。
 危険・危機に対して、昔の日本人は対応したが、現代の日本人は対応できない。
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 日本人は、狭い国土の自然災害多発地帯で食糧を自給自足しながら生きてきた。
 日本の国土で安定的に食糧を生産して過不足無く供給できる総人口は、5,000万人〜6,000万人である。
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 日本は、食糧・資源・エネルギーをアメリカの影響下なる国や地域から購入し、金融・サービスはアメリカに依存し、輸送・運輸・交通はアメリカ軍の保護を受けている。
 日本にける自給自足能力は脆弱で、外国に依存しなければ日本は生存できない。
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 時代は、地方生産者保護から都市消費者保護に変わってきている。
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 1959年9月26日 伊勢湾台風。全国の死者・行方不明者約5,000人。
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 2017年12月9日号 週刊現代「ブックレビュー 2
 『侵略する豚』 著者青沼陽一郎
 『従属関係』は軍事面だけじゃない。日米間の畜産貿易の歴史と現実
 内澤旬子
 1960年、35頭の豚がアメリアイオワ州から日本に空輸された。前年の伊勢湾台風の被害を受けた山梨の養豚農家たちへの支援として。微笑ましい美談かと思いきや、豚とセットで送りつけられてきたのは、トウモロコシ。アイオワ州は、トウモロコシの一大産地でもある。豚の空輸という、当時としては莫大な経費をかけた慈善事業は、実は飼料作物を買わせるための営業を兼ねていた。
 一軒の農家当たり、ほんの2、3頭を残飯や畑の作物残渣(ざんさ)で飼養してきた日本の兼業養豚農家が、輸入飼料頼みの大規模専業養豚へと転換していくきっかけとなる出来事だったそうだ。
 本書は、開国以降現在に至るまで従属的な関係を重ねてきた、日米間の畜産貿易の変遷を、食肉業界独特の慣習に基づく事情解説を加えつつ、わかりやすく俯瞰する。
 餌を輸入しながら日本の養豚農家は努力を重ね、規模を拡大し、質の高い豚肉を作って来た。
 しかし、桁違いの規模に加えて品質向上と市場拡大のために一丸となるアジア畜産農家たちの戦略には、到底かなわない。
 第二次大戦直後には外国人向けホテルにしか輸入できなかった海外産牛肉は、少しずつ貿易自由化が進み、TPP協定を締結するにいたる。今以上に安価な肉が日本に流入するのは時間の問題。
 この先どうなるのか。食料は輸入頼みでやっていくのか。中国食品事情にも詳しい筆者は、中国の異変にも目を配る。
 経済発展を遂げた中国は食糧自給が間に合わず、外に向かって口を開けはじめた。小国日本は、アメリカの上客という地位を奪われかけている。『お前に売る肉は後回し』と言われたら、その日から私たちは飢える。食料を輸入に頼るとは、そういうことだ。
 米中の二大国に挟まれた小さな島国日本はどう振る舞えば良かったのか。岐路に立たされた畜産農家たちは、どうなるのか。
 読めば読むほど恐ろしく、情けない気持ちでいっぱいになる。けれどもこの現実から目をそらしては、ならない」
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 第1次食糧・食生活・食文化改造圧力。小麦戦略。コメ・魚介類食の和食を止めさせパン・肉食のアメリカ化する。
 アメリカ化を受け入れた日本人は、「コメを食うと馬鹿になる」を信じた。
 第2次食糧・食生活・食文化改造圧力。トウモロコシ・大豆などの穀物戦略。日本人の飽食を煽り、大量の豚肉や牛肉を消費させる。
 大量の肉を生産する日本人畜産農家に、肥料用の穀物を売り込む。
 グローバル化を目指す日本人は、世界で通用する優秀な人材を育てる為には、タンパク質はやせ細った魚介類ではなく肉厚な牛肉や豚肉で摂取すべきであるとの食育を行った。
 日本の伝統的民族的食文化や家庭の食生活を破壊したのは、戦後の、外圧に弱い知的エリートやアメリカに阿諛迎合する下僕根性の日本人達であった。
 彼らの信条は、欧米白人優位・日本有色人劣位である。
 明治に導入した近代化とは、伝統的非白人民族価値観を否定する人工的白人キリスト教価値観であった。
 明治以来の日本が直面した国内外諸問題は、この2つ価値観のせめぎ合いであり、1945年の敗北で伝統的非白人民族価値観は否定された。
 敗戦によって、日本は人工的キリスト教価値観を受け入れ、食糧・食生活・食文化はアメリカ化そしてグローバル化した。
 日本から伝統的民族的コメ・魚介類食の和食は消えていった。
 食糧のグローバル化によって、外国の安い食料が大量に輸入され、国内の高い食材は市場から駆逐されつつある。
 人口激減により、日本の生産農家は減少している。
 賢い日本人消費者は、高価な国産食材よりも安価な外国産食材を好んで買う。
 日本の衰退の原因は、日本人である。
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 日本人の中には、外圧を利用して利益・金儲けを企む卑しい日本人が少なからず存在する。
 それも、高学歴な知的エリート層に存在する。
 政治家、官僚、学者・教育者、マスコミ関係者、経営者・企業家・・・。
 その人数は、地方より都市に多い。
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 日本は明治維新の近代化によって人口爆発が起き(当時の総人口、約3,000万人)、1940年には総人口が7,000万人を突破して食糧輸入国に転落した。
 1950年代の高度経済成長期は人口爆発が続き、食料自給率も低下し、食糧不足を補う為に海外からの輸入量を増やした。
 同時に、日本人の食生活が日本食から欧米食に変わり、国内農産物の売れ行きが悪くなり、国内農家の収入を減らし廃業に追い込まれ始めた。
 そして、アメリカ食糧企業・国際食糧メジャーは、日本食糧植民地化を強化する為に、日米貿易交渉でアメリカ産のオレンジや牛肉など輸入拡大を押し付けてきた。
 食のアメリカ化やグローバル化で、日本人の日本産食材離れが加速化した。
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 2017年 日本政府は、日本民族日本人の命の糧ともいうべき死守すべき「農産物の種」を、農業のグローバル化と攻めの農業政策の為に国家の保護を廃止して、弱肉強食の国際市場に放り出した。
 日本の「農産物の種」は国際種子メジャーに支配され、日本の生産農家は国際食糧メジャーが人工的に作った「種」を購入して栽培する。
 農産物の種を手にした者が、人類を、国家を、人間を支配する。
 日本農家は、費用対効果の経営から、高価な国産種子ではなく安価な外国産種子を購入して栽培する事になる。
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 日本の農業は、衰退産業から消滅産業に移ってきている。
 誰も買わない放棄農地を、中国資本などの外国資本、その傘下の外資系日本企業が購入し大規模農地へと集約させていく。
 日本人農民に代わって外国人移民系農業労働者が、AIでロボット化された大規模農地で食糧を生産して、少子高齢化で人口が激減し働けなくなった日本民族日本人に食材を提供する。
 それが、「働かず食べて生きる」理想的な幸福な人生となる。
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 金を持った日本人消費者が「お客様は神様」として君臨する日本では、収益減少で苦しむ日本人農家を潰し、作業効率の悪い日本人農民を低賃金でよく働く外国人移民に代えるべきだと考えられている。
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 戦前までの日本は民族資本は、欧米のユダヤ系国際資本と熾烈な攻防戦を繰り広げていた。
 第一次世界大戦以降、日本が国際的地位を上げ非白人社会の指導者となった時、白人社会・ユダヤ系国際資本・国際軍事産業(国際的死の商人)は日本国・日本民族資本・日本軍事産業を潰しにかかった。
 それが、シベリア出兵以降の日中戦争や太平洋戦争の実情である。
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 2017年12月3日号 サンデー毎日「米国発遺伝子組換え作物の最先端
 日本が依存するコーンベルトの大変貌
 米国の穀倉地帯『コーンベルト』。ここは、いわば日本の穀物庫である。かつ生産される大豆やトウモロコシは、いまや大半が遺伝子組換え品種という。第3回は、穀物運搬の大動脈、ミシシッピ川の沿岸にある巨大倉庫を訪ね、米国農業の現実を直視した。
 青沼陽一郎
 米国中部を北から南に流れメキシコ湾に注ぐミシシッピ川。この米国最大の川を見たのは、3年前に取材で訪ねたアイオワ州のマスカティンという小さな河岸の町でのことだった。
 そこに、いまから32年前の1985年に中国の習近平国家主席がホームステイしている。
 当時31歳。河北省正定県の書記だった。同省のトウモロコシ視察団の随行幹部として渡米した。
 ……
 そのアイオワ州は全米でもっともトウモロコシが生産されている。隣接するイリノイ州ネブラスカ州ミネソタ州を合わせて全米のトウモロコシの50%を生産。大豆の生産も盛んなこの米国の穀倉地帯を『コーンベルト』と呼んでいる。
 ……
 『大豆は中国向けが増えている』
 ……
 果物、野菜にも遺伝子組換え
 若い彼らが農場経営に参入したのは03年から。その時には遺伝子組み換え品種が当然のように市場に出回っていた。だからもともと抵抗感もなく、当たり前のように作付けしていく。
 16年の米国のトウモロコシの作付面積の92%、大豆94%が遺伝子組み換え作物である。
 その傾向は、米国に限らず、同年のブラジルでは、トウモロコシの作付面積の84.6%、大豆の94.2%、カナダでは大豆の94%が遺伝子組み換え作物だ。
 一方、日本のトウモロコシの自給率は1%に満たない。あとの輸入のうち、米国に74.5%、ブラジルに24.3%と合わせて98.8%を依存している。
 これが大豆でも、自給率はわずか7%にすぎず、米国71.4%、ブラジル16.7%、カナダ10.9%と、輸入量の99.1%を遺伝子組み換え作付け大国から輸入していることになる。
 世界では、26ヵ国で遺伝子組み換え農作物が栽培され、その栽培面積は16年で1億8,510万ヘクタールと、日本の国土の約4.8倍に達している。遺伝子組み換え作物が市場に登場してきたのは1996年だから、約20年で急速に広まり、変貌を遂げている。
 日本に輸入されたトウモロコシや大豆は、飼料や加工材料となるから、消費者には食した実感は湧かないかもしれない。だが、甘味料や油、醤油(しょうゆ)などとなって、いわば間接的に日本人の体の中に入って来ている。
 それがいまでは、実に直接食べる果物や野菜にも遺伝子組み換え技術が使われるようになった。
 既にハワイでは、ウイルス抵抗性の遺伝子組み換えパパイアが生産され、日本にも輸入されている。
 数年前からは、バングラデシュやインドで、遺伝子組み換えのナスが栽培されるようになった。こちらは囓(かじ)った害虫が死んでしまう害虫抵抗性の品種だ。
 鮮度のよい野菜こそ、日本国内で栽培され、市場に卸されている。ひょっとすると、日本で作付けされる可能性だって否定できない。そうした世界の潮流の中に日本はあって、否応(いやおう)なくそこに巻き込まれている」


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