🍙14〗─1─日本経済は世界恐慌による不況から立ち直れず、日本農業も国際的農業不況で打撃を蒙っていた。昭和11年。~No.59No.60No.61 @ 

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   ・   ・{東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 日本人労働者と朝鮮人労働者の対立。
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 佐渡鉱山での最大量金銀増産。
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 世界的な農業イノベーションで生産量が増加したが、消費量が増えなかった為に、世界中に農産物が溢れ値が急落して農業恐慌が発生した。
 農業恐慌が世界を駆け巡り、その影響が日本を襲った。
 イノベーションは、新しいモノを生み出す為に古いモノを破壊し、古いモノにこだわる者容赦なく犠牲ににする。
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・昭和11年
 前年からの持ち越し(古米) 994万石。
 生産高 5,746万石。
 輸入量 1,420万石。
 移入量 1,308万石。
 供給量 8,188万石。
 消費量 7,332万石。
 人口 7,002万人。
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 地表の表面積の6割近くをイギリス、フランス、ソ連アメリカの四ヶ国が占めていた。
 アメリカやイギリスは、排他的保護経済政策でブロック化して日本を植民地から締め出した。
 日本は残された地域に日本製品を輸出したが、それらの地域は貧しく日本製品を購入する経済力がなかく、日本経済は死活にかかわる苦境に追い込まれた。
 世界は、5つのイデオロギーに支配されていた。
 1,自由・民主主義。アメリカ、イギリス、フランス。
 2,ファシズムナチス・ドイツ、イタリア、スペイン、南米諸国、国民党中国。
 3,共産主義ソ連中国共産党中国。
 4,キリスト教バチカン
 5,その他。軍国日本。満州国イスラム諸国。
 軍国日本は、1から3までのイデオロギーと敵対した為に4のバチカンに接近するしかなかった。
 バチカンと両国関係を維持する為に、キリスト教改宗ユダヤ人を保護する必要があったが、人種や宗教で人を差別をしないという昭和天皇の御稜威に従ってユダヤ教ユダヤ人も保護する事にした。
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 1936年 日本経済は世界恐慌による不況から立ち直れず、日本農業も国際的農業不況で打撃を蒙っていた。
 日本人の人口増加と朝鮮人の不法移住で、国内の人口圧は異常なほどに高まっていた。
 警察当局は、朝鮮人の不法上陸で犯罪している事に警戒し、治安を回復する為に不法滞在者の検挙と強制送還に力を入れた。
 日本人労働者の為に国内の職場を確保すべく、安価な賃金で働く朝鮮人単純労働者の締め出しを行った。
 朝鮮人労働者は、不当差別として反日活動を行った。
 彼等を支援したのが、キリスト教会と共産主義者であった。
 異常気象による凶作で農業生産力は低下して、食糧不足を補う為に東南アジアから緊急輸入を行って急場を凌いでいた。
 特に借金苦に喘ぐ農村部は、希望を持てないほどの絶望的惨状に有り、貧困ゆえに農家の娘は都市部へと売られて行った。
 政府も議会も、八方塞がりで有効な打開策を出せずにいた。
 都市部のマルクス主義者は、暴力的共産主義革命の時は近いとして日本の惨状を歓迎し、更に日本を窮地に追い込み為に暗躍した。
 昭和11年 農学者稲塚権次郎が、品種改良で造り出した小麦「農林10号」の栽培が本格化した。
 日本の自給率向上に期待された。 
 アメリカなどの小麦は、一粒蒔いても30粒前後と貧弱であった。対して、農林10号は、背丈は高く、風雪に良く耐え、対播種量が100粒に近かった。
 戦後。アメリカは、岩手県農事試験場から農林10号を持ち去った。
 1月 ルーズベルト年頭教書「拡大や通商、人口の捌け口を求めている国々は、合理的かつ合法的な目的を獲得するに必要な忍耐を示す事に失敗している。これらの国は次の様な荒唐無稽な考えを抱いた。即ち自分達だけが使命を遂行すべく選ばれた者であって、他の諸国は自分達から学び、自分達に支配されねばならない、と。そして自分達は性急に、剣を法律とする古い信念に復帰しなければならない、と。私は諸君に、世界の人々が直面する現状がどんなに重大なものであるかを強調する。平和は多くの者ではないが少数の者によって危険にさらされ、自分勝手な権力を求める者によって脅迫されているのである」
 グルー日記「大統領のこの言葉は、これが向けられた者達の意識と良心に深く刻む込まれるだろう。これは日本の支那に対する侵入をストップさせはしないかもしれない。戦争に負けること以外に、日本を止めるものは何もないからだ。しかしこれが日本の国策と戦略に制約を加える力になるなる事は考えられる。あるいは一時的にせよ。日本の支那に対する侵入を緩慢化させる事はができるかもしれない。これはアメリカの日本に対する公開的警告である」
 広田弘毅A級戦犯・絞首刑)議会演説「遺憾な事に外国には、世界がいかに整頓すべきかについての個人的確信を他国に強いようと決心し、彼らの命令に反する者を、平和攪乱者として攻撃する傾きを持つらしい有名な政治家が何人かいる。自国の国家的抱負と国として負うべき義務とを知るのみならず、他国の立場をも了解し認識する者でなければ、世界の平和を論じる資格はない。他国の立場を了解し認識する事は、往々にしてその国の文化や文明を了解し認識する事によって遂げ得る。我々は過去に於いて輸入した西洋の芸術と科学を、我々の文明に付け加え適応させる事によって、国力と威信を打ち立ててる事に成功した。今や我々が我が国の芸術と文化を他国に輸出し、かくて国際的な良き理解と、世界文化の肥沃と、人類の平和と幸福の増進に貢献すべき時であると自分は信じる」
 グルー日記「アメリカは平和団体と女性の不戦主義によって支配される国だと、多くの日本国民が信じている様だが、それはとんでもない間違いだ。何度も横面を張られ、それもひどく張られれば、アメリカはその反対側の頬を張られる為に、おとなしく差し出したりはしない時が必ず来る。アメリカはこの事を日本政府と日本国民に対して示す様になるだろう。日本人は歴史を忘れがちだと私は思う。歴史はアメリカ人が世界中で最も激しやすい人間の一人だという事を示している。1899年、ほとんど一晩で燎原の火の様にアメリカ全土を席巻した激怒の波が、『メイン号を忘れるな!』のスローガンのもとに、政府、国会、一般人の多数の意思と希望に反して対スペイン戦争を引き起こした事実を、日本人は忘れている」
 ルーズベルトの激しい日本批判によって、東アジアの抗日勢力は勇気付けられ、極東アジアは新たな戦争に突入しようとしていた。
 2月26日 2・26事件。 軍部は、民主主義的政党政治では日本を救えないとして、軍国主義的独裁政治へと暴走し、政治への介入を強めた。
 世界中の民主主義国は、軍国日本の軍国主義を一斉に非難し、経済制裁を強めた。
 軍国日本の大陸侵略は、否応もなく加速した。
 国際世論は、軍国日本による大陸侵略を激しく非難し、侵略者日本軍と戦う中国人を応援した。
 3月 広田弘毅内閣は、日本が抱えている諸問題の解決するべく七大国策を発表して実行に移した。
 政府は、深刻化する人口問題を解決させるべく、関東軍が進めている満州移民計画を国策に引き揚げた。
 今後の20年間に100万戸、500万人を、満州に入植させる事を国策とした。
 開拓団の構成員は、貧農層である小作農や小自作農の次男以下とし、強制せず自主参加とした。
 この貧農層だけで、全農業人口の9割近くになる。
 9月17日 満州日日新聞は、海外移民政策の必要性を説く永田秀次郎拓殖大臣の発言を掲載した。
 「各国共各種障壁を設けて我が国民の発展を阻んで居りますが、幸いにして満州国は我国との特殊不可分の関係に鑑みまして、凡ゆる努力を以て、我が国民の来住を待っております。此の満州国の要望に応へ、優良なる国民の大量移住を図ることは独り満州国の産業開発を促進し文化の向上に資するのみでなく、困難なる我国各種社会問題を解決して明朗日本の建設に貢献するところ洵(まこと)に大なるものがありまして、満州移民こそ即ち日満両国同昌共栄の理想を顕現する最良の方途と言はねばなりません」
 日本政府は、人口問題と食料問題を包み隠さず国民に公表し理解と協力を求めていた。
 諸外国は、日本の新聞を額面通り読めば、軍国日本がどういう状況にあるかを理解できた。
 世界の有識者は、日本が進めている海外移民政策では人口過剰は解決できないと分析していた。
 「もし外国をして移入民に対する現在の制限を撤廃せしむる事が出来るならば、少なくとも一時日本における人口増加の圧力を緩和する事が出来るであろう。けれども毎年100万人づつ人口が増加するに対し移民の数は極めて限られたるものである事を知らねばならない」(第2回太平洋会議議事録)
 日本の専門家も海外移民政策には懐疑的であった。
 上田貞次郎「現在ブラジルその他への移民に対し政府は熱心に奨励しているに拘わらず、一ヵ年の移出数は2万に達しない。毎年100万近くの人口増加に対し2万の移民を行っても焼石に水である。……これを以って人口問題の解決とはなし得ない」(『人口問題』)

 


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